第12話 お父さん、お母さん

「お邪魔しまーす」

「おっじゃまー」



陽翔と星那がぽいぽいっと靴を履き捨てた後、行儀悪く廊下を走っていく。

それに苦笑いしながら俺が靴を直していると、隣にきて手伝ってくれた玲於奈が嬉しそうに微笑んだ。



「伊吹くんと星那がうち来るの久しぶりだから、なんだか嬉しいなあ。いつもなんだかんだで集まるのは凪の家だし。隣なのに」

「まあ…………女子の家と野郎の家じゃ勝手が違うだろ」



俺が靴をそろえ、立ち上がって歩きながらそう言うと、「私はそんなことないと思うけどなあ」と玲於奈が首を傾げる。

お前、俺の家に無防備で入ってくるのもいい加減やめろよ、と俺が顔を顰めてそういうと、彼女はさらに不可解そうな顔をした。



「入っちゃダメなの?」

「…………あのなあ、俺だって男だぞ?」

「うん」

「いやうんじゃなくて」



こくりと頷いた幼馴染に、俺は少しの気まずさと恥ずかしさに顔に熱が集まるのが分かる。

ウロウロと視線をさまよった果てに結局目を合わせなかった俺は、右上の方を見ながら口を開いた。



「俺だって男だし。それに、……………夫婦になったから」

「え?…………………あ」

「……………は、ハグとか、するかも…………しれないだろ」



俺が顔を逸らしながらそういうと、玲於奈の顔もつられて赤くなる。

「そ、それは確かに大変だ…………!」と言った玲於奈は、真っ赤な顔を手で押さえた。



「こ、これから気を付けるね」

「ああ」



俺が重々しくうなずくと、隣から「でも、やっぱり勿体なかったような…………」とぶつぶつ声が聞こえてくる。

その声に俺が首を傾げて玲於奈を見ると、彼女は首を振った。



「だ、ダメだ! ちょっと最近は浮かれすぎだ!」



その声に、俺もハッとして頬を叩く。



(…………俺も調子に乗りすぎだ。今までの距離感に戻らないと。…………でも、いつか。いつかはハグぐらいできるように…………!)



各々で拳を握り締める傍ら、少しだけ開いている扉から覗いていた二つの瞳が、「こりゃだめだ」とため息をつき合ったとかなかったとか。





◇◇◇◇◇





「―――――で、お前らは結局何をしに来たんだよ」



俺がリビングではしゃいでいる二人にそう言うと、そいつらは悪びれもせずに「夫婦生活はどんな感じなのかと思って」とさらりと答える。

それに俺が顔を顰めると、玲於奈がまあまあと宥めながらも二人を見た。



「でも私、ほとんど凪の家にいるんだよね。だから、見るなら凪の家の方がよかったかも」

「……………どうしたお前ら」

「「神よ、私は今生きていることに感謝をしています」」



ダラダラと鼻血を垂れ流しているそいつらは、何故か手を組んで祈りをささげるポーズをする。

それはそれでいい……………と言った星那と陽翔の言葉は、不思議そうな顔をしている新婚夫婦の耳には届かなかった。



「じゃあ、やることなくなっちゃったわけだけど、どうすんの?」

「んー、とりあえず今日は泊まっていい?」



俺が少しめんどくさくなってそう聞くと、星那から質問が返ってくる。

その言葉に玲於奈の顔を仰ぐと、「星那が泊まるの久しぶりだから嬉しいな」と笑った幼馴染の顔が見えた。


それに口を綻ばせた後、ニヤニヤしている二名の視線に気づき口を真一文字に結びなおす。

自分でも不機嫌そうな顔をしているのは承知しながらも、俺は視線を陽翔に映した。



「陽翔は?」

「んー、オレも泊まろうかな。オレも如月さんの…………ってまだ何も言ってないって! 怖い怖い! さすがに冗談に決まってるだろ!?」

「当たりだ、冗談じゃなかったら殺してた」

「いやあれはもう殺る気だっただろ! オレ達の二年間の友情はどこに行ったんだよ!?」

「玲於奈との18年間に比べたら…………な」

「それを言われたら何も言えねえじゃんか!」



凪がいじめてくる! と叫んだ陽翔の声を無視する。

そんな俺たちの会話を無視して部屋をきょろきょろと見渡していた星那が、「あっ」と小さく声を上げた。



「これ、れーの写真?」

「ん?」



星那が指さした方を見ると、そこには1枚の写真立てがある。

木製のフレームの中の写真には、美しい一組の男女がいた。



「ああ、これは違うな」

「え?…………れーじゃないの?」

「あ、これ?」



たたたっと駆け寄った玲於奈が、その写真を星那から受け取る。

その写真を嬉しそうに見つめた玲於奈に、星那と陽翔の頭に疑問符が浮かんだ。



「これ、本当に如月さんじゃないのか?」

「ああ」

「じゃあ誰なの?」



本当か? と半信半疑な陽翔に再び否と答えを返すと、ますます訳が分からないという顔をされる。

そこから続けられた星那の質問に、玲於奈は破顔しながら写真を抱きしめた。



「これはね―――――私のお父さんとお母さんだよ」

「「はいっ!?」」



どう見ても20代前半ほどにしか見えないその二人に、リビングでは二名の叫び声が聞こえた。







◇◇◇◇◇







「……………え、じゃあこれは25年以上前の写真ってこと?」

「いや、違うな。8年ほど前の写真だ」

「じゃあれーのお父さんとお母さんは、超絶早く結婚してれーを生んだってこと?」

「ううん、違うね。確か20代後半だったと思うよ」

「「どういうこと!?」」



そこまで昔でもない、そしてとても早く玲於奈を生んだわけでもないという話を聞いた二人は、ますます不可解な顔をする。

答えは単純だ、と言った俺の言葉に、「どこがだ」という複製音が付きそうな顔をした二人が振り返った。



「これは、詩織さんと冬夜さん……………玲於奈のお母さんとお父さんが35歳くらいの時の写真なんだけど」

「すげえ…………若く見えるな」

「そう、それが答え」

「ん?」



思わずと言ったように呟いた陽翔の言葉に正解を送ると、星那が首を傾げる。

ちょっと待って、と言った星那は額を抑えると、恐る恐るというようにこちらを伺った。



「つまり、れーのお父さんとお母さんは、本当にすごーーく若く見えるだけっていうこと?」

「「そういうこと」」

「そんなことってあるか!?」



どう見ても20代前半、盛っても20代後半だろ! と叫ぶ陽翔の声に、まあそうなるよなと苦笑いする。



「ちなみに、凪のお家もそんな感じだよ」



付け足された玲於奈の話に、「じゃあこの二人もそうなるのか…………」と呟いた陽翔の言葉は全力で聞こえないふりをした。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――






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