第11話 まともな大人が欲しい、そんな人生でした
「そういえば、よく親御さんは結婚なんて許してくれたよな」
授業が終わり、学校の帰り道。
「どうせ家に帰っても誰もいないから」と電車に乗らない俺たちの家までついていくと言い張った星那と陽翔と一緒に帰っていた。
そんな時、不意に言われた問い…………というより純粋な疑問というように言った陽翔に向かい、俺は苦笑いする。
玲於奈がそれを聞いてコテリと首を傾げた後、数秒唸った。
「許してくれたって言うか…………事後報告?」
「「???」」
これが一番正しいかな、と呟いた玲於奈に、問いかけた二人が疑問符を浮かべる。
「まあそれが妥当かもな」と俺が玲於奈を援護するような言葉を言うと、二人はさらにそれを増やした。
「事後報告…………って、証人欄は? 親のサインは? してもらってないの?」
「いや、してもらった。というかそうじゃないと結婚できないしな」
「ということは…………どういうこと?」
「………凪?」
眉を寄せた陽翔が、説明を求めるように続きを促す。
まあそうなるよなと俺が苦笑いすると、彼らたちはさらに不可解そうな顔をした。
「そもそも結婚する…………ことになった日、俺はまず母さんの職場に行ったんだ」
夕飯の時間になると、母さんは社食ではなく色々な場所で食べる。
それを知っていた俺は、受付のフロントで母が出てくるまで待っていたのだ。
「でも、結局三十分ぐらい待っても母さんが来なくて。そしたら、仕事が詰まってるらしくて、よかったらフロントに預けてください―って言われたんだよな」
それで、そのまま預けたと。
俺がそこまで説明すると、星那が「なんでそれが事後報告になるの?」と首を傾げる。
ここから先を言うのは身内の恥だな、と俺が言うのをためらっていると、そうそう、と口元を袖で押さえた玲於奈が笑った。
「それでその結婚届、実は15分で帰ってきたんだよね」
「「は?」」
ふふふふ、と玲於奈が心底可笑しそうに笑う。
俺が顔を渋めると、それさえも面白いというように玲於奈が唇を上げた。
「さすがにおかしいよねーって言って中身確認したら、何故かちゃんとハンコは推してあってさ」
「「ん?」」
「誰かが間違えて押したんじゃないか!? って話してたら、多分香澄さん…………凪のお母さんの部下っていう人がね、わざわざフロントまで来たんだよ」
あ、香澄さんは取締役なんだ、と玲於奈が付け足す。
へえ、と目を見開いた二人に、さっきから言動がシンクロしているなと俺はひっそりと笑った。
「で、きちんと中身は伝えて、そのうえでハンコは押したらしいんだけど」
「ほお」
「中身を全然見てなかったらしいんだよね」
「「なんて?」」
真顔で固まる二人に、俺は補足するために横から言葉を付け足そうと口を開く。
けれど咄嗟に何を言っていいかわからず口を占めた結果、妙な沈黙が出来上がった。
「…………えっと、まあ。その人が言うには、ちゃんと結婚届ってことも伝えたは伝えたらしいんだけど。仕事が切羽詰まりすぎて…………俺から届いたものってこともあって、全然内容を確認せずにハンコを押したらしいんだよ」
「……………すごい、多分大切なこと言ってるのはわかってるのに、全然理解できない」
「同感だな」
俺が後頭部を掻きながら目を逸らしてそういうと、二人が理解不能と決断を下す。
そんな二人に、俺は頭を押さえて右手を挙げた。
「一応弁解させてもらうとだな。仕事ではしっかりした人なんだ」
「まあ、役職的にそれはなんとなくわかる」
「ただ、プライベートになると一気にダメ人間になるだけで…………」
「ああ…………いるよなそういう人。それでその処理はしっかりした人がやんなきゃいけないっていう……………」
「そうそれ」
少しだけ遠い目をした陽翔がチラリと星那を一瞥する。
「そんなの誰かいたっけ?」と首を傾げた星那から視線を逸らすと、「で?」と言った陽翔は今度は玲於奈を見た。
「じゃあ、如月さんのところは? 話を聞く限り、凪のお母さんの後にいったんだろ?」
「うん。でも、お母さんは香澄さんの友達をやってるんだよ?」
玲於奈がにっこりと笑ってそういうと、陽翔が「ああ…………」と何かを悟った目をする。
「なるほど、つまりまともな大人がいなかったんだな??」
「「…………否定できません」」
先ほどの笑顔はどこにやら、玲於奈はむむむと唇を窄める。
可愛い。
ではなくて。
「んんんんんん」
俺が思わず赤面して口から出かかった言葉を無理やり打ち消す。
何を見せられてるんだろう…………と呟いた陽翔と星那の言葉を聞こえなかったふりをしていると、ふと玲於奈が立ち止まった。
「着いたよー」
「じゃあオレは凪の家にそのまま行こうかな」
「なら私とれーもそっちに…………って、それじゃいつもと同じか」
「別に一緒でいいだろ」
「たまには新鮮味も欲しいじゃん」
「野菜じゃないんだからよ…………」
呆れたようにそういう陽翔と星那のやり取りを聞いて、「んー」と玲於奈が頬に人差し指を当てる。
細いその指は数秒何かを考えるように頬を何度か押した後、小さく声を上げた。
「…………玲於奈?」
なんだか、嫌な予感がする。
そう思いながら俺が奥さんを見ると、彼女は溢れんばかりの笑顔をしていて。
嫌な予感は当たるものだという言葉をその笑顔で何とかかき消していると、彼女は「はいっ、私、立候補!」と声を上げた。
「…………何が?」
そういった後、俺は小さく息を吸って、吐く。
それで心の準備ができたかと聞かれれば、それは絶対に「ノー」だった。
「みんなで私の家に来ようよ!」
そういった玲於奈の笑顔は、きっと過去一で可愛かったと思う。
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昨日投稿した分の追記で言った通り、今日から1週間ほど毎日投稿します。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、星を入れてくださるととても嬉しいです!
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