第13話 なんでこの短時間で


「いやわっか。若すぎだろ…………」

「さっきからそれしか言ってないなお前」



写真を何度もじっくりと見返す陽翔にチョップを入れる。

飲み物出すの手伝え、と言った俺の言葉にうなずいたそいつは、その後声を上げて立ち止まった。



「凪。さっき、男の人のこと『冬夜さん』って言ったか?」

「……………ああ、言ったな」

「冬夜さん…………『冬夜』? ―――――もしかして、『如月冬夜』か?」



流石にそれは、と言いかけた陽翔の視線が、写真へと向く。

俺が玲於奈を仰ぎ見ると彼女が頷いたのを見て、俺は静かに肯定した。



「ああ、そうだな」

「…………………嘘だろ」



はは、と乾いた陽翔の笑いが、引き攣った。


『如月冬夜』。

国民的アイドルとして名を馳せる玲於奈とは違い、彼は――――――国際的な、俳優である。


やはり血は争えない、というべきか。

ハリウッド俳優として八年前まで・・・・・世界中で活躍していたその俳優は、ある日突如姿を消した。


『体調不良』と言い張るには、もうとっくに年月は過ぎている。

そして人の口に戸は立てられぬというべきか、どこからか情報が漏れた。


『とても正確で精密な』情報。

それが問題だった。



かろうじて笑顔という状態を保っていた陽翔の顔が、驚きで塗りつぶされていく。

そんな陽翔に、彼女―――――如月冬夜の娘である玲於奈は、何も気にしていなさそうに笑うのだ。



「そうだよ。――――――入院してるんだ、うちのお父さん。八年間、ずっと目を覚まさないまま」





◇◇◇◇◇





「よしコイン!」

「お前コインにつられてばっかじゃなくてジャンプをしろよジャンプをおおおっ」

「知ってるか、一コインを笑うものは一コインに泣くんだ」

「とりあえず目の前の生命維持ゴールだろ!」



アワワワワ! といってグレープジュース……………ならぬ毒沼に突っ込んだ可哀想な兄貴が消えていく。

協力プレイという名のそれは、実際は息が合わないとプレイすらできないのだということを、俺は久しぶりに感じていた。



「……………ゲームなんて久しぶりだな」

「そーだな。二年ぶりぐらい?」

「あのときもやかましかった……………」

「主に凪のせいだけどな」



ふっと遠い目をした俺に陽翔が突っ込みを返す。

別に今は直したからいいだろ、と呟いた言葉は悲しいことに、何とも華麗にスルーされた。





―――――その後、玲於奈は「やだな、そんな深刻な顔しないでよ」と笑って。

呆然とする陽翔と複雑な顔をする星那に口をとがらせると、もーっ、と大きなため息をついた。



「本当に気にしてないってば」



そう言ってもう一度笑った玲於奈に、俺は胸がズキリと痛むのを感じた。


―――――玲於奈は、いつも『笑って』いる。


どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、……………例えそれが、他の人には到底耐えることができないような重すぎる事実でも、彼女は何事もないかのように平然と笑う。

それは一見強そうにも見えるかもしれないけれど、ふとしたことで壊れてしまうものなのに。


それなのに、玲於奈は―――――彼女の笑顔には、落ち込んでいる人さえも元気にしてしまう力があるのを、きっと彼女自身が一番理解してしまっていた。

だからきっと彼女は、『アイドル』になった。



――――――それが例え、彼女自身に負担がかかっていようとも。

彼女は、人のために無理ができてしまう人間だから。

けれど今回は相手の方の人が多すぎるから、彼女が無理をする前に止めるべきだと、皆が考えていたことで。



そして俺は、そのことを誰よりもわかっていたはずだった。

あの日…………玲於奈に想いを伝えることを諦めた日、彼女が八年前・・・・・・と同じような・・・・・・顔で笑い・・・・、壊れる寸前だと知った俺は―――――遅いかもしれないけれど、今度こそ彼女にそんな思いはさせないと、そう誓ったはずだった。



―――――俺はそんな風に、人のために笑っている玲於奈を守るために。

誰かのためじゃなくて、自分のために彼女が笑えるようにするために、彼女との結婚を決めたのだから。






(……………―――――例え、それが玲於奈が本当の好きな人を見つけたら終わってしまう、『仮初め』の夫婦だったとしても)



そんなことをぼんやり考えながら、ゲームをして楽しそうに笑っている玲於奈の顔を見つめる。

しばらくそれをぼおっと見つめていると。俺の視線に気が付いたのか、彼女は不思議そうに首を傾げた後微笑んだ。



「凪? どうかした?」

「…………いや、何にもない」



「あ、やばい!」と楽しそうに声を上げて笑う幼馴染を、目を細めて見つめる。

紆余曲折がありながらも玲於奈と星那がゴールしたのを確認してから、俺はソファから立ち上がった。



「ん、凪。どこ行くんだ?」

「それを聞くなよ。単なるお花摘みだ」

「うわ、凪に世界一に似合わない言葉」

「じゃあ世界一うるさいお前はおとなしく待っとけよ」



揶揄い交じりに返してくる陽翔にそう返すと、俺は歩きなれた廊下を進み、用事を終わらせると手早く戻ってきた―――――はず、だった。


いや、はずだったではない。きちんと戻ってきたのだ。

そう、戻ってきたのに。



リビングのテーブルには大きなアルバム。

床にはおそらくアルバムその中に入らなかったのだろう数十枚の写真が散らばている。


『凪と玲於奈の成長アルバム』と書かれたアルバムの表紙を見て、俺は顔が引きつるのを何とか抑える。

俺の足元まで滑ってきた一枚の写真には――――………中学校の入学式にてふてくされた顔をしている、俺。



目の前には三人の高校生が集まり、何やらそのアルバムを見てはしゃぎながらテーブルを囲んでいる。



「―――――なんでこの短時間でそんなことが可能なんだよ!」






――――――――――――――――――――――――――――――――――




はい、普通に忘れてましたすみません。



シリアスううううと見せかけてからーのラブコメに戻っていくスタイルで。

しばらくシリアスはお休みモード。きちんとラブコメしていきます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、星を入れてくださると大変嬉しいです。


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