自殺しようとしている国民的アイドルの幼馴染に「お前の何にでもなってやる」と言ったら、次の日夫になっていた件。

沙月雨

国民的アイドルとの結婚

第1話 自殺と電撃引退と……………結婚?




「……………玲於奈れおな?」



ふと俺—————天羽凪あもうなぎが、学校から帰ろうとしたとき、いつもは学校にいないはずの幼馴染が屋上にいた気がした。

なんとなく嫌な予感がして、今までの最高速度であろう速さで、存在しない五階――――屋上への階段を駆け上がっていく。

普段なら屋上は開いていない。開いていないが―――――。



(頼む、気のせいであってくれ……………)



やっと屋上まで辿り着いたと思ったとき、その扉は閉まっていて。

喜んだのもつかの間、そこから冬の寒さをしめすように隙間風がこれでもかと吹いていた。


ギイイ、と音がして、風によりゆっくりと扉が開く。

驚き固まる俺の視線の先には、『この先危険のため、立ち入り禁止』との張り紙がされているフェンスを軽々と越えようとしている幼馴染がいた。


冬の季節風に吹かれたその姿はなんとも言えず儚げで、俺は一瞬だけ見惚れてしまう。

だがその後に首を振り、吹き付ける風の中、俺は目先30メートルの先の人間の腕を掴んだ。



「何やってんだよ、玲於奈」

「………………凪?」



まるで学校内で声をかけられたかのように―――――何事もないように首を傾げる玲於奈を見て、俺は顔を険しくさせる。

そんな俺の顔を見て、玲於奈はにっこりと笑顔を作った。



「ん-、何やってんだよ、と言われたら屋上に立っています。としか言えないんだけど…………」

「真面目に答えて」



とりあえず腕を掴んでフェンス内に戻し、俺は幼馴染と向かい合う。

どこか緊張した面持ちで答えを待つ俺に、玲於奈は今日の天気を答えるみたいに、いつも通りの笑顔で答えた。



「そうだなぁ『何をしようとしているか』と言われたら…………」



俺が掴んでいた手をそっと放し、玲於奈はくるりと優雅にターンする。

染めていない茶色の毛が、ふわりと風に舞った。



「死のうとしてた、が正解かな」



ひゅっ、と。

息を吸った音と、息を吐いた音が重なった。


そしてその言葉を理解したとき、俺の心にはどうしようもない恐怖が押し寄せた。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。


玲於奈は、俺にとって日常の中に当たり前のようにいた幼馴染で、友達で、親友で、――――好きな人だ。


失いたくない。

こんなにも大切な人を、俺は失いたくない。

そう思う一心で、俺は玲於奈へと問いかけた。



「なんで、死のうとしているんだ!」



そしてそんな想いを表わすように、自分の口から出た言葉は荒げていて、それが逆に俺の心を落ち着かせる。

そしてそんな俺の言葉を聞いたとき、玲於奈は再び笑顔を作ろうとして………………くしゃりと顔を歪めた。



「私、もう嫌だ…………………!!!」



アイドルなんて、やりたくない。


そういった玲於奈が涙を流しているのを見て、俺は自身がどれだけ無力だったかを思い知った。





――――――如月きさらぎ玲於奈れおな、と聞いたら、きっと100人のうち98人が顔を連想することができるだろう。

だって彼女は、それほどまでに有名で国民的な………………アイドルだ。


現役高校生、スタイル抜群、顔はもちろん整っている。


モデルとしても活躍していた時期がある玲於奈は、アイドルとして活動したその年から爆発的な人気を得た。

番組だって引っ張りだこで、バラエティ番組やドッキリ番組、ラジオどころかドラマの主演だって当たり前。

そんな国民的アイドルである彼女は、人気と比例するように忙しくなり、逆にそれらとは反比例するように休みがなくなった。


土曜日や日曜日?そんなの、番組の収録やライブ、握手会だってある。

それなら平日?平日なんて、ドラマの稽古やボイストレーニングの稽古がある。


それならば、『如月玲於奈』の一人の人間としての休みはどこにある―――――そう聞かれたら、答えることができないのが、今の状況だ。





「―――――もう、私アイドルなんてやめたい…………」



嗚咽を漏らしながらぼろぼろと泣く幼馴染の髪を撫でる。

それは毎日ケアしていただろうその努力の証か、とても触り心地が良かった。


そんなことにも胸が痛み、俺は「…………もう、いいから」と呟いた。

え、と小さく声を出して涙が零れる顔を上げる幼馴染に、俺はゆっくりと告げる。



「もう、アイドルなんてやらなくていいから」

「………………いいの、かな」

「ああ」



迷ったように呟く玲於奈の言葉に、安心させるように頷く。

でもそしたら、と何かを続けようとした玲於奈の言葉を遮って、俺は再び口を開いた。

一生自分の想いなんて告げられなくてもいい、ただこれで、玲於奈が生きてくれるのなら。



「なあ玲於奈。俺は、お前のためなら盾にだって剣にだって、ヒーローにだって。お前が望むなら、悪役にだってなってみせる。だから、お願いだ」



お願いだから、死なないでくれ。


そう弱々しく呟いた俺に、玲於奈は小さくこくりと頷く。

とめどなく零れ落ちていた涙はもう頬を伝っていなくて、俺は大丈夫だと安心した。



「……………ねえ、凪」

「ん?」

「本当に何にでも、なってくれる?」

「もちろん」



頷いた俺を見て、玲於奈は最近ずっと見ていなかった弾けるような笑顔を返す。



「そっか、ありがとっ!」



そう言ってもう一度笑った玲於奈に、「ああ、玲於奈を止められて良かった」と俺は再び思いを噛みしめた。













「―――――ということで、如月玲於奈さん………………いえ、天羽・・玲於奈さんですね。これで手続きが完了しました。」



そう言ってにこやかに告げる市役所の女性を見送った後、俺は待合室に映ったテレビを隣にいると一緒に眺める。



『速報です!国民的アイドル、如月玲於奈が電撃引退を発表しました!繰り返します!国民的アイドル―――――』



テレビの前で繰り広げられるカオスを見て意識が遠のきながら、俺はにこにこと笑っている玲於奈国民的アイドルを見る。

そんな彼女は、俺と目があった瞬間親指を上げて快活に笑った。



「やったね凪、私も今日から人妻だよっ!めでたしめでたし!」

「んなわけあるかっ!」

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