第2話 好みのタイプ
突然だが、俺にはパートナーがいる。
ああいや、もちろんボケモンのサトルのようなものではない。
俺のパートナー、いわゆる『妻』は―――――学校ではなく、
「おい玲於奈……………正気か?」
「もちのろん!」
市役所で籍を入れた帰りに近くのコンビニで買ったハーゲン〇ッツを食いながら、玲於奈は俺の部屋の床に座っている。
そんな国民的アイドルは、少し時代の遅れた古い言葉を口にしてにこにこと頷いた。
その顔は確かに可愛かったが、俺はそれよりもその後のことが気が気ではない。
―――――帰りにはマスコミがこの辺りをうろついていて、幸い玲於奈はウィッグをかぶっていた上に住所もバレていないようだから、しばらくは大丈夫だけれど。
ひっきりなしに鳴っている玲於奈の仕事の用のスマホをちらりと見ると、そこにはおびただしいほどの通知が来ていた。
思わず手を伸ばしそうになった俺だが、なんとか自制心でその手を止める。
そんなどこか落ち着かない俺の様子を見て、玲於奈はそのスマホの電源を『ブチリ』と切ったのち、ぷくうと頬を膨らませた。
相変わらず可愛いな、ともはや日課のように呟くと、玲於奈は即座に顔を赤くする。
「凪っ!そういうのやめてって前から言ってるよね!?」
「そういうのって…………どういうの?」
「それを私から言わせる気!?」
ギャン!と吠える犬のように怒鳴った後、玲於奈は俺のベッドの上で膝を立てた。
心なしかしゅんとしたような玲於奈の顔に、俺は思わずびっくりして黙り込む。
「せっかく今まで凪のタイプにしてきたのに」
「タイプ?…………って、なんじゃそりゃ」
タイプも何も、俺は物心ついたときからずっと玲於奈のことが好きなのだ。
さすがにそんな告白は結婚した後には…………というか結婚した後だからこそ言えないけれど、とりあえずむくれた玲於奈の頬をつつきながら続きを待つ。
「やめんしゃい」と俺の手をしっかりとはたき落としてから、玲於奈は頬を膨らませたまま言葉を紡いだ。
「髪の毛だって一度も染めてなかったし」
「そういえばアイドル活動とかで染めたほうがいいってマネージャーが言ってたよな」
「それにずっと腰のところで伸ばしてたし」
「髪の毛とかの手入れが大変になるだろうから切ればいいって言ったのに」
「化粧だって全然してないし」
「それでその可愛さならすごいな」
「なんか最後の違うけどっ!なんか違うけどっ!」
俺の言葉に再び頬を朱に染めた幼馴染を見ながら、どこか怒っているような顔をしている玲於奈を見返す。
そんな俺をじっとりと見た後、玲於奈は覚悟を決めたように口を開いた。
「それ全部、凪がそういう女性がタイプだって言ってたからそうしたんだよ!!!」
「……………え?」
あっけに取られて何も言い返せない俺を赤いままの表情でふんと睨み、玲於奈は怒涛の勢いで喋り始める。
「髪の毛は地毛が似合う女性がいいとか、長さもロングが好みとか、化粧だってしてない人のほうが綺麗だって言ってたじゃん!他にも派手な人よりは清楚系がいいとか、スカートが似合う人も好きだって!!!」
「そんなこと……………」
いや、言ったな。確かに言った。
玲於奈がアイドルになる前に雑誌を見ていたとき、そんなことを言った気がする。
そんな小さな、しかも昔のことまで覚えている玲於奈の記憶力もすごいがと感心しながら、俺は眉に皺を寄せた。
「でもそれは、あくまでその人に似合っていたらの話だ。無理に玲於奈にその姿をさせる気はなかったし、むしろそれで玲於奈の活動を狭めていたのなら俺は嫌だ」
「それならいつも凪のままではありのままの私なら、可能性あるのかな?」
でも、似合ってるかどうかは自分ではわからないいい…………となにやらぶつぶつ呟く玲於奈が収まるまで待っていると、しばらくして自己消化できたのかいつもみたいなテンションが戻ってくる。
玲於奈さん復活ですか、と言うと、「任せたまえっ!」という相変わらずの言葉が返ってきた。
ご機嫌にふんふんと流行りの鼻歌を歌う玲於奈に、俺は、あ、と言って彼女の方を向く。
俺のベッドの上に座った玲於奈は、きょとんとした顔で首を傾げた。
「でも玲於奈、なんで俺のタイプになろうとしてたんだ?」
ふと思い出したように俺がそう聞くと、玲於奈は今までのどれよりも顔を真っ赤にして、「凪の鈍感っ!!!」とボケモンクッションを俺の顔面に押し付けうずくまる。
それ俺のクッションなんだけどなあ、とは何となく玲於奈に気圧されて言えなかった。
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