第3話 料理はダメ、絶対





玲於奈が威嚇してしばらくたった後、たわいもない話をだらだらと続ける。

そろそろ昼かなと思ったとき、玲於奈のお腹から豪快な音が鳴った。


すこし顔を赤らめ俯く玲於奈に、俺は床から立ち上がって廊下に出る。

ぱたぱたと後を追いかけ来る玲於奈の歩幅に合わせながら、俺は一階へと降り立った。



「何するの?」



不思議そうに呟いた玲於奈に、「何が食べたい?」とエプロンをがさごそと漁りながら問いかける。

途端に顔を輝かせた玲於奈は、ちょっと待ってて!といったのちに数分で戻ってきた。

その手には愛用のエプロンが抱えられており、隣にある玲於奈の家から持ってきたものだろうと考えられる。


玲於奈がエプロンを付けるのを確認しながら、俺は部屋にある掛け時計をちらりと見た。



「ええと、作るのは十分ぐらいかかるよな……………」

「ねえ凪、私まだ食べたいもの言ってないんだけど。ねえ聞いてる?私が食べたいのは、」

「「オムライス!」だろ」



俺がお馴染みの食材を冷蔵庫から取り出しているのを見て、玲於奈はどこか悔しそうに唇をかみしめる。

けれどそれはどこか弧を描いていて、玲於奈が怒っていないことを表していた。

そんな彼女に対し、俺はいつものようにしっかりと言い聞かせる。



「玲於奈。…………包丁だけは、握るなよ。あと鍋も触るな。それとフライパンもダメだし、」

「ちょっと!それなら私なにもできないじゃん!ただでさえいつも凪に作ってもらってるのに!」



そう反論すると同時に、玲於奈はその形の整った唇を可愛らしく尖らせた。


―――――天羽家と如月家の親は、基本的に日中は家にいない。

どちらもエリート出世コースを外れることなく乗り続けてきたため、仕事で多忙…………という言葉では表せないほど忙殺されているからだ。


そんなこんなで、俺達は小さいときから自身で料理を作る必要があった。

だがしかし齢5歳にて、俺達は悲劇に直面することになったのだ。



「―――――お前、料理できないだろ!」



そう、玲於奈は壊滅的に料理が下手だった。

いや、下手という言葉では足りず、玲於奈が手を出した食材は全て劇物に生まれ変わるほど、彼女の料理の腕はひどい。

具体的にいうと、料理番組では玲於奈が作ったように見せかけて、陰でスタッフが文字通り血と汗と涙を流して頑張っているほどひどい。


けれど玲於奈は料理というものに憧れがあるらしく、なかなか料理をすることを諦めない。

そんな一度決めたら猪突猛進の玲於奈に合わせるのがいつもの俺なのだが………………これだけは譲るわけにはいかなかった。

何しろ、俺の命がかかっているのだ。


それでもまあ、俺だって鬼ではないのだから、料理を教えようとしたこともある。

だが玲於奈の料理センスは、人とは一桁ほどレベルが違うのを実感しただけだったのだ。


「米を洗う」と言えば洗剤を取り出して洗い始め。

「火を通す」と言えばそのまま炭にし。

「油をかける」と言ったら瓶1L全て使い切る。


そんな人に、誰が根気強く教えられるというのだろう。

いや、根気強く教えようとしたが、改善されなかったというのが正解か。



それでも、落ち込んでる玲於奈好きな人を見るのは嫌なので。



「こういうのは俺に任せればいいだろ。…………夫婦なんだし」



少し迷った挙句に最後の一言を呟くと、玲於奈はわかりやすいほどに顔を赤く染めた。

しかし俺自身すらも頬が火照るのを感じて、「やっぱり言わなければよかった」と少しだけ後悔する。



けれどちらりと横を見ると「そっかあ、夫婦かあ~~」とへらりと笑い、緩んだ頬を抑えている玲於奈がいて。

俺は、言ってよかったな、と少しだけ――――――――そう、少しだけ思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る