第4話 オムライスは訪問者の予感
どこか恥ずかしいような気持ちで料理を進め、十分ほどたちほかほかのオムライスが出来上がる。
俺が冷蔵庫からケチャップを取り出すと、玲於奈は顔を輝かせて「それ貸して!」とケチャップを手に取った。
目瞑ってて、とゆるゆると頬を緩めた状態で言う玲於奈に、俺が抵抗できるわけもなく言われた通りに目を閉じる。
すると、間もなく数秒してから許可が下りた。
「ふふ。凪、見てみて」
何やらご機嫌になっている玲於奈の顔を見て、視線を下へと移す。
そこまで時間なかったよな、と思いながら下を向くと、湯気をたてているオムライスの上に赤い液体……………というとアレだが、ケチャップがかかっていた。
『天羽玲於奈』
そう玲於奈の名前だけ書かれていたそれは、「天羽」という部分だけ二重線を引いてあったり、星やハートが描かれていて。
俺は思わず数秒動きを停止すると、ぐうううと唸ってしゃがみ込んだ。
可愛すぎか。
え、どうしたの!?と慌てる玲於奈の顔を見たら熱い頬がさらに茹ってしまいそうだったので、頭を上げることはできなかったけれど。
さすがにこの顔を見られるわけにはいかないよなあ、とぼんやり考えた後、顔に集まった熱を下げるために顔を上げる。
冷房を付けていたため、ひんやりと涼しい風が顔に当たった。
やはり夏……………と言っても六月だが、冷房は必須だと再確認する。
隣を見ると、何やら真剣な、それでいて楽しそうな顔をした玲於奈がもう一つのオムライスにケチャップで何やら書き込んでいた。
その横顔をじっと見ていると、視線に気づいたのか作業が終わったのか、玲於奈が顔を上げる。
そして俺と目が合った瞬間にじわじわと顔を赤く染めている彼女をこれまた見ていると、玲於奈がいきなり顔の前に手を突き出した瞬間、なんだか間抜けな家のチャイムが鳴った。
母親が「面白いから」という理由でファミリー〇ート入店時の音にしたそれは、鳴り終わるよりも前にガチャリと扉が開く音がする。
嫌な予感………………というか確信を抱いてリビングに一つしかない扉を見ると、そのチャイム音を設定した張本人が、「凪、元気にしてる?」と顔を出した。
俺の母親―――――天羽香澄は、海外で勤めている夫がいながらもバリバリ働くキャリアウーマンだ。
高校生の息子を持ちながらも20代後半に見えるその人は、盛大に開けたドアをそのままにリビングへと足を踏み入れる。
そして俺の顔を見た瞬間、「大きくなったわねー。背も伸びたわー」と髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
ちなみに母が前回俺と会ったときは三か月前なので、そこまで身長は伸びていないはずである。
そんな母は、俺の隣にいた玲於奈を認めたとき、俺を見つけた時よりもはるかに嬉しそうな顔をした。我が母親ながらなかなかに失礼だ。
そしてそのまま玲於奈のもとに駆け寄り、顔を輝かせた玲於奈の顔ごと抱き込む。
玲於奈は自分よりも少しだけ身長が高い母に埋もれつつ、ぷはっと顔を出した。
「香澄さん!」
うちの母親も、玲於奈の母親も、「おばさん」や「〇〇ちゃんママ」などと呼ばれるのを嫌う。
そのため玲於奈も俺も、幼いころからそれぞれの母親のことを名前で呼んでいた。
そして母は玲於奈のことが大好きであり、玲於奈もまた母に懐いている。
しばらく親子のようにじゃれる二人を一瞥してから、俺はオムライスを食べようと席に向かった。
それを見た玲於奈は、何かに気づいたように「ちょっと待って!」と声を上げる。
驚いて振り返った俺の視線が後ろに向いたのを確認してから、玲於奈は二つのオムライスのうち一つを持ち上げた。
そしてそれをパシャリとスマホで写真を撮り、玲於奈は数秒操作した後に母の元へとオムライスを持っていく。
見てみて香澄さーん、と玲於奈が母に掲げてみせたオムライスには、ケチャップで『凪&玲於奈、結婚しました!』と書いてあった。
さらりと落とされた爆弾に俺が絶句すると、隣の母は息を呑んだのち、ぱあと顔を輝かせる。
「あらあらまあまあ!ついに!?ついにするのね!?」
「うん!私今日、凪と籍入れたんだ!結婚するね!ね?」
「あら、そうなのおめでとう!凪も隅に置けないじゃない!」
無邪気に、しかも全開の笑顔で俺に小首を傾げている玲於奈は本当に、本当に可愛い、が。
追加で投下されたダイナマイトに驚かないどころか、このこの~と言って結婚を歓迎している母。
お願いだから高校生の親として止めてくれ。
そんな当たり前の想いさえ届かないことを知っている俺は、やや諦めの色をその瞳に宿した。
「母さん…………」
しかしそんな視線を気にも留めず、挙句の果てには「玲於奈ちゃんを幸せにしないとね!」とのんきに呟いた母親は、自身の腕時計を見て悲鳴を上げると、どたばたと玄関へと走っていく。
俺は、先ほどオムライスを作っている間に握ったチキンライスを、忙しなく動き回る母に向けて放り投げた。
それを難なくキャッチした母は、そのままそれをカバンに入れる。
「ごめんね玲於奈ちゃん!もう時間がないから私戻るわ!」
「そこはご飯を作った俺に感謝してよ」
「結婚式はどこがいい!?」
「無視か」
けれど玲於奈も玲於奈で、目を輝かせてそれに返事をする。
「できれば外国がいいです!」
「任せて!ハワイとかベタだけどどうかしら?」
「気が早えよ。まずは日程だろ」
思わず俺が突っ込むと、玲於奈は「細かいことは気にしないの!」といってへらりと笑う。
それはリラックスして安心しきった笑顔で……………それをさせたのは俺じゃなかったのは残念だったけど、その笑顔を見たら、「もういいか」と思えるほど―――――可愛かった。
俺の
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