第5話 メッセージと結婚
玲於奈の笑顔に見惚れていると、ふいに母親がにやにやと俺たちを見ていることに気づく。
何かを仄めかすように細められた目は俺と玲於奈の間を行き来していたが、少し経ったところで「あ、取引先に間に合わなくなっちゃう!」と唐突に叫んだ。
母はヒールの高い靴を履いて玄関の扉を開けると、そのまま言葉通り嵐のように目の前から消えていく。
それを何もできずにただ見送ると、先程の騒がしさが嘘のように、家じゅうがシン…………と静まり返った。
「………………取り敢えず、冷める前に飯食うか」
俺が誰にともなく呟くと、玲於奈はどこかぼんやりした様子で首を縦に振る。
少しぽかんとしたような顔の玲於奈が可愛かった…………と思ったのは、恋は盲目と一概に言えない。
◇◇◇◇◇
先程までいたリビングに戻ってきた後、隣にあるダイニングテーブルへと座る。
まだ毒気を抜かれた顔をしている玲於奈を見ながらも、俺はオムライスを食べ始めた。
カチャカチャという金属の音が、静かな空間にやけに響いた。
俺は『天羽玲於奈』と書かれたオムライスを食べながらも、何となく『天羽』の部分だけを残すように食べる。
……………別に、少しだけ惜しいとか思ったわけではない。
すると食器の音で我に帰ったのか、玲於奈は「あっ」と言ってそそくさとスマホをチェックし始めた。
俺はその様子を見守りながらも、少しだけ冷えたオムライスを無造作に口に突っ込む。
―――――その瞬間、玲於奈が本日二回目のダイナマイトを投下してきた。
もう少し正確に言うと、油が並々と注がれた中に酒を入れ、さらにその中にダイナマイトの塊を投下してきたというべきか。
「…………あ、凪!お母さんから結婚おめでとうってメッセージが来た!」
まあ結果論から言うと、俺は一度口に突っ込んだオムライスを吹き出した。
汚いのは自分自身でも重々承知だが、これは不可抗力ともいえるだろう。
玲於奈が勢いよく突き出してきたスマホの画面には先ほど俺の母親にも見せたオムライス―――――『凪&玲於奈、結婚しました』とケチャップで書かれたものを撮った写真がメッセージチャットに送られていた。
そして、その宛先には。
「あの、玲於奈さん……………?俺には、その宛先に「お母さん」―――詩織って書いてあるように見えるんだが…………」
「うん、そうだよ!お母さんにも早く報告した方がいいかなって思って!」
俺が恐る恐る尋ねた質問は笑顔で肯定され、俺はふっと意識が遠くなる。
それを目の前の笑顔で何とか耐えたとき、俺の脳内にはどう見ても大学生ほどにしか見えない女の人―――――玲於奈の母親である詩織の姿が浮かび上がった。
それを頭を振って打ち消し、俺は再び液晶画面を見つめる。
『お母さん、私結婚したよ!』
『まあ、おめでとう!お相手は凪くん?』
『うん!』
『いいわねえ、結婚。でも、もう少し早くしてもよかったんじゃないかな~』
………俺達の周りにはまっとうな人間がいなさすぎる。
いや、いるにはいるが、地球の反対側にいる人間に声をかけるのもな。
一瞬だけ浮かんで来た父の顔を思い出し、「やはりあいつにはあまり助けを求めたくない」と首を振る。
そのまま手渡されたスマホをスクロールすると、少々衝撃が強い言葉が目に入ってきた。
『結婚といったら子供よね!』
『お母さんは私一人だけ産んだよね』
『私は玲於奈ちゃんがいたら十分だったの!ところで、いつ子供はできる予定なの?』
『たくさん!』
…………どうやら玲於奈は、容姿だけでなく気が早いところも母親から受け継いだみたいである。
さすがに黙っていられなくなった俺は、玲於奈に向かって抗議の声を上げた。
「玲於奈。さすがに詩織さんでも正式な挨拶はしないといけないだろ」
「別にそんなのいいよー。それとも凪は私と結婚するのが嫌なの?引き伸ばしたいの?」
そう、俺は間違ったことを言っていないはずだ。
「いや、そうじゃなくて。そもそも、高校生で結婚とか早すぎるだろ。だから一応知り合いでもきちんと挨拶はするものだ、と俺は思う、んだけど………………」
間違っていることを言っていない、はずなのだ。
そう確信を持っているのに、どんどん言葉がしりすぼみになる。
なぜかというと、不服そうな顔で
その俺を睨んでいる張本人の彼女は、可愛らしく口を尖らせながら頬を膨らませた。
「今時堅苦しい挨拶なんて相手も迷惑がるだけだよ!」
「そうか……………」
そうか…………?
俺は顎を手で支えながら低く唸った。
(いや……………いつかは
ぐるぐると思考が回る中で、玲於奈が顔を近づけてきて首を傾げる。
「それとも凪は、私と結婚したくなかったの?」
「いや、そんなわけじゃ、」
「やっぱり私が奥さんじゃ…………嫌?」
「ぐっ」
そう言って不安そうにする玲於奈にコンマ数秒も空けずに首を振ると、玲於奈はぱああああっと顔を明るくした。
それでもその後、我に帰ったようにごほんと咳払いをして「んふふ、これは演技でした。引っかかったー!」と慌てたように、でも嬉しそうに袖で口をにこにこと押さえている玲於奈を見て、俺は自身の火照る頬を仰ぐ。
―――――俺はどうやら、
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