第8話 そういえば、知らない

俺らが唖然として固まっていると、先程とは違う男子生徒が苦し気に口を開いた。



「俺らがどれだけ…………どれだけ、お前らの結婚式を待ちわびていたことか…………!!!」



長年の想いを吐き出すようにそういった男子に、周りは同じく重々しく頷くと、おもむろに拳を突き上げた。



「国民的アイドルが、三年間! 同じクラスだと知ったときの嬉しさを上回る絶望! そして嫉妬!」

「教室でいちゃつくんじゃねえよ! こっちが惨めになるだろ!絶対結婚式はみんなで乱入してやるって前々から打合せしてたんだよ! こっちは余興までするつもりでいるんだぞ!」

「お、おう…………準備がいいな…………?」



滝のような涙を流しながらむせび泣く男子に向かい、残りの女子が冷ややかな視線を向ける。

かと思うと、それは一瞬のうちに笑顔へと変わった。



「天羽くん、如月さん、結婚おめでとう!」

「まさか二人がこんなに早く結婚するなんてね~」



…………あの、それだとどちらにしろ俺たちが結婚する前提になっているんですが。


だが先ほどの女子の視線を見た後ではそんなことも言えず、俺はただただ沈黙した。

沈黙は金である。


そんな歓迎ムードのクラスの内、女子の団体の中で一人の女子が進み出た。

その女子の顔を見ると、玲於奈はパッと顔を輝かせて歩み寄る。



「星那!」

「れ―! 結婚おめでと! なーもやるじゃん!」



玲於奈が女子生徒――――――本条星那に近づいてにっこり笑うと、彼女はそのまま玲於奈のことを抱きとめた。

サイドポニーテールにしたその髪はさらりと揺れ、俺に向かってぐっと親指を突き立てる。

俺の奮闘を知っていた星那はこちらを見て笑い、俺へとにじり寄ってきた……………と思ったとき、男子の集団から声が上がった。



「おい本条! お前抜け駆けすんじゃねえ! 最初に詳細を聞くのは俺だバカ!」

「むさくるしい男子は黙ってなよ! 最初は私に決まってるでしょアホ伊吹!」



飛んできた声に星那はフン、と鼻息を荒くすると、先程声が上がった男子生徒の元へと足を思い切り振り上げる。

それは綺麗な弧を描いて目的の場所にあたり、「内股」という最も恐ろしい技が決まり。

ぐあ、と呻いた聞き覚えのある声は、男子にとって大事な部分であるところを抑えてうずくまっていた。



「…………うわあ…………痛そう………」

「アレは痛い、男は特に…………」



それを確認した俺と周りの男子たちはブルリと震え、思わず蹴られていないはずの場所を抑える。

そんな俺らをちらりと見ると、星那は微笑み、玲於奈は心配そうな顔で星那へと問いかけた。



「…………星那、大丈夫なの?」

「ん? 何が?」



そうだ玲於奈、星那へとぜひ忠告をしてくれ。

そんな男子一同の想いを知らず知らずのうちに託された玲於奈は、ちらりと星那の足を見る。



「中…………見えてない?」

「ああ、だいじょぶだいじょぶ! ちゃんと短パンはいてるから!」



ぺらりと何の気負いもなくスカートをめくった星那に、俺達は何とも言えずに黙り込むが、当の本人がそれに気づかないのだからそれはまるで意味をなさない。


しかし玲於奈は、その言葉を聞いて「そっか、ならよかった」と言ってほっとしたように笑った。

それを信じられないような顔で見た男子たちはふっと何かを諦めたような顔をすると、そろそろと後ずさる。


何かを恐れるようにブルリと震えた彼らの目には、未だに呻いている男子生徒の姿がまるで生贄のように映っていた。

だが俺は一人玲於奈へと顔を向けると、「友達に会えてうれしい」と満面の笑みを浮かべている姿を見つめてぐっと唸る。



……………すまんみんな、俺の奥さんが可愛いから今日のところは許してくれ。



せめてもの代わりに、「結婚式は挙げてないから」と付け足す。

その言葉で一瞬で歓声が上がった教室を見ると、俺は今までと当たり前の日常に安堵して、緩んだ口元を隠すように手で覆った。






◇◇◇◇◇






「痛え………ガチで痛い」



くそう、と呻きながら起き上がることができない男子生徒――――――伊吹陽翔を見て、俺は呆れながらも手を差し出す。

それをガッチリと掴んだ後に全体重をかけてきたそいつは、「さんきゅー」と言いながら椅子に座った。


そして時々下を見て「痛い」と呟く陽翔には、正直同情を禁じ得ない。

なんとも言えない表情でそれを見ていると、ふと目の前に影がかかる。

俺らが同時に上を向くと、陽翔は顔をしかめた後、その主を睨みつけた。



「何してくれてんだよ」

「伊吹がアホなこと言うからでしょ」

「本条がバカなこというからだわ」

「そういうのを直した方がいいと思うよ、変態」

「そういうのを善処した方がいいと思うぞ、性悪」



バチバチ、と効果音が出そうなほど睨み合っている二人の間に、星那の後ろから現れた玲於奈が「すとーーっぷ!」と入る。

そういうところが可愛いよな、と言ったら「私は凪のそういうところが好きだよ」となぜか当たり前のように言われた。

思わず硬直した俺の顔を見ると、玲於奈は一瞬遅れて自分の言ったことを理解したのか、ぱたぱたと手を振り回す。

その顔は、まるで茹ったように真っ赤だ。



「いや、あのねっ!? 凪のそういう思ったことをね、口に出すところが好きというか、凪と子供産んだら素直な子なのかなとか…………!!」

「玲於奈の子も美人で可愛くなるんだろうな」



頬を袖で抑えながら慌てたようにそういう玲於奈に同調して頷くと、隣にいた陽翔と星那が「ん?」と言ってこちらを向く。

そのまま真顔で「ねえ、参考までに聞くんだけど、子供ってどうできるか知ってる?」と聞いてきた二人に、俺達は顔を見合わせて首を傾げた。



「「……………そういえば、知らない」」



ピシリ、と目に見えて固まった二人に気づかず、俺達は頭にクエスチョンマークを浮かべながら唸り続ける。



「結婚したら勝手にできるんじゃないのか?」

「キャベツを持って二人で食べたらできるとか聞いたことある」



あーじゃなかったけ、あれそうだっけと言いながら玲於奈と話していると、隣にいた二人がフルフルと震えていることに気づく。

不思議に思った俺たちが声をかけようとした瞬間、俺は陽翔、玲於奈は星那によって手が添えられている…………なんて生易しいものじゃない、逃がしはしないとでも言いたげに、それはもうえげつない力でがっしりと肩を掴まれていた。



「「少し、話をしようか」」



そういって俺を教室の端へ、玲於奈を屋上の階段へと連れていく二人の目は、全く笑っていなかった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



今までの話だと6話が変わってます。


また、次の話の「第9話 ナントカの神からのお告げ」、続けて「第10話 今どきの中学生でも」のそれぞれ後半から、初代と流れが変わっていきます。



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