第9話 ナントカの神からのお告げ


「ああ、知ってたよ、お前がそういう奴だってことは………」

「何がだよ」



どこか大仰な仕草でため息をついてくる陽翔を睨みつけると、またもや大きなため息をつかれる。

さすがにイラついたので何か言ってやろうと口を開こうとしたが、その前に「おおっと待った」と口を塞がれた。



「………おい」

「それよりもさあ」



ややかき消すように放たれた言葉にしょうがなく口をつぐみ、目線で続きを促す。

その瞬間、ぐっと身を乗り出した陽翔はプレゼントを開ける前の子供のような表情をした。



「お前ら、どこまでいったの?」

「どこまでって…………」



その言葉に俺は言葉を詰まらせ、微かに頬が火照るのがわかる。

俺の反応を見た陽翔は口を緩ませ、うんうんと頷いた。



「やっぱお前も思春期だもんな、初心なお前らでもさすがにキスぐらいは――――」

「今日、手を繋いだ」

「………………………………………は?」



俺が緩み切った口元を隠すように小さな声でそういうと、陽翔は十秒ほどの間を開けた後に口を間抜けにパカリと開ける。

ちょっと待てよ、と言いながら陽翔は頭を抑えて俺を見た。

やはり頭が痛むのかその顔は引き攣っており、俺は目線はそのままでカバンを漁る。


陽翔はしばらく考えるように唸っていたが、その引き攣った顔のまま俺に向かって問いかけた。



「なあ、凪。お前、まさかそれだけとか言わないよな………………?」

「それだけってなんだ。結構頑張った方だろ!」



大声を出しかけた後に急いで声を潜め、それでも最低限陽翔に聞こえる音量で囁く。

陽翔はその言葉を聞いてピシリと固まり、数秒の間の後に天を仰いだ。


これ、手遅れだわ。と呟いた声はどこか哀愁が漂っているが、俺はその声を聴くと同時にカバンに突っ込んでいた手を抜く。

俺は外ポケットに入っていたそれを引っ張り出すと、ほいと陽翔に差し出した。


陽翔は天から意識を戻してくると、俺の手のひらに載っているものを凝視する。



「…………………頭痛薬?」

「ああ。お前、さっきから頭が痛そうにしてるだろ?これは市販薬だし、お前がいつも使ってるやつだから安心しろ」

「やべえ、気遣いの場所が絶妙にずれている…………」

「どういう意味だ?」

「頭痛の種を増やしているのは目の前にいる誰かさんって話だよ」



そういうと陽翔は何かを諦めたような顔をしてふっと息をつき、「頭痛薬ありがとさん、受け取っとくわ」ともらったものをその場で飲み干す。

お大事にな、と俺が言うと、どーもと死んだ目で返された。解せない。



「これでも今日だけで配給過多なんだが…………」

「まあ、両片思いだったのがいきなり両想いになったんだもんな」

「ん?」

「いや、結婚おめでと、って言ったんだ」



その言葉に僅かに頬が上気するのを感じ、ついと視線を逸らす。

「やめろ、如月さんはともかくお前が顔を赤くしても気持ち悪いだけだ」と言った陽翔を無視し、俺は机に突っ伏した。

つんつんとつむじを突いてくる陽翔の手をべしりと払いのけた後、俺はもうこの話は終わりだ、と言ってため息をつく。



「オレはお前の将来が心配でアドバイスをしているだけなのに…………」

「俺はお前が日本の将来を背負っていると知った時から、この国の行く末が不安だがな」

「やだなあ、将来安泰じゃん」



こんな逸材他にいないよ? と言った陽翔は、いわゆるエリート―――――将来の総理大臣とされる人物である。




―――――国内最難関高校と呼ばれるこの櫻野高校では、変人が多い。

ここは、何も知らない人からしたら『超エリート校』、内部の事情を知っている人からは『「サクラ」の高校』と呼ばれる程、世間と内部のイメージは違う。

櫻野高校は、一般的には国立だけでなく海外の大学にまで合格者を出しているエリートがいる高校で通っているが―――――実際は、先程も供述した通り変人が集まる場所だ。


誰かが「流しそうめんをやりたい」と言おうものなら流しそうめん機を持ってくる。

誰かが「ピザを食べたい」と言おうものなら出前を頼む。


……………だったらまだよかったのだが。



生憎この学校は、外部には「優等生」という皮を演じてきたエリート問題児ばかりが集まるのだ。



誰かが「流しそうめんをやりたい」と言おうものならクラスの誰かが竹から持ってきて加工から始め。

誰かが「ピザを食べたい」と言ったらどこからかレンガを持ってきて、窯から作る始末である。


そして偶然というか必然というか、その学校に集まる教師も変人ばかりであった。


授業中には豚汁を作っては、販売をして。

放課後には縫物をしては、ことあるイベントがあるごとに生徒に配る。


そんな個性的な学校にいる個性的過ぎる生徒たちは、そんな日常を手放したくがないために学業をきちんとやる、というのがこの学校の仕組みであった。

ちなみに外部にはエリートを取り繕っている櫻野高校の内情は、どこから次代のエリートへ漏れるのかというと、それは先輩たちが親にばれないように声をかける、という代々伝言ゲームの仕組みである。



そのため――――――基本的に、櫻野高校には選ばれたエリート変人しかいないと共に、何らかの事情で自由を求めてきた縛り付けられてきた、社会的な立場が高い人達が多い。

そしてその者たちはせっかく手に入れた自由を失わないように、外面だけは選ばれたエリートを演じ続けている、というわけだ。



先程内股をかました本条も、『本条財閥の跡継ぎ』という超がつくほどのお嬢様なのだから、人は見かけ……………いや、本条の場合は行動か、によらないとはよく言ったものだと思う。



そんなことを考えていると、「さて、そろそろ切り上げるか」と言って陽翔が席を立つが、「ああ、そういえばまだ聞いてないことがあったんだった」と俺はそいつを呼び止めた。

不思議そうに振り返った陽翔を手招きし、俺は口を開く。



「おい。結局、子供ってどうやって作るんだ?」

「あー…………」



俺がそう言って陽翔に問いかけると、そいつは何かを考えるように顎に手を当てた。

そして俺を見てふむと一つ頷き、俺の髪をぐしゃぐしゃにする。



「おい、やめろ」

「凪くんは本当にピュアだね」

「やかましい」



俺がベシリと手を払うと、陽翔はバチンッとアイドル顔負けのウインクをする。

それに身を震わせて「お前のせいで鳥肌たったぞ」と捲った袖を見せつけると、そいつは失礼な奴だ、と言いながら口元に弧を描いた。



「いいか、凪。ありがたーい陽翔様のお告げを、よーく聞いとけよ」

「は?」

「ゴホン。…………えーナントカの神、陽翔は、天羽凪に試練を与えます」

「ナントカの神…………」

「さて、天羽凪くん」



にやっと、陽翔がとても楽しそうな……………例えるなら、肉を眼前にしたライオンのような眼をした。



「――――――今週末、君の奥さんとデートをしてきてください」

「はああああっ!?」



思わず席を立ちあがった俺の耳には「伊吹、いい仕事した!!」と歓声を上げるクラスメイト達がいた。




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今年一年ありがとうございました!!!!!

ここまで読んでくださってる皆様本当にありがとうございます!!!!!


明日も投稿します!!!

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