第18話 恋愛偏差値マイナス達の頭脳戦
「恋愛初心者じゃなくて、恋愛偏差値マイナスだったか…………」
「なんの話だ」
来週のデートの予定を組みながら、俺に当てる服を変えた陽翔を見返す。
これも違うな、と呟いたそいつは、右手で持った青のパーカーをハンガーラックへと戻した。
昨日の恋愛講座から一日経ち、翌日。
午前中はほとんど寝て過ごし、午後からきたこのショッピングモールでは、家族連れなどでごった返している。
そんな中ある一軒の服屋にて、どうやらなかなかお気に召さないらしいそいつは、かれこれ30分ほど迷っていた。
「んー…………これ、とか?」
代わりに白のシャツを俺の胸元に当てると、「これも違うなー」と言いながらまた唸る。
俺がそれを横目に目を遠くしていると、陽翔は顔を顰めて呟いた。
「うーん…………凪の目は綺麗なんだから、なるべくそれに合わせたい…………。でもなあ……………」
「別に俺は何でもいいんだが」
「如月さんに少しでもよく思われたくないの?」
「…………頑張る」
「ならよし」
白いシャツ、そして紺色の上着を俺に当てて頷いたそいつは、うんと頷いて隣に置いておく。
その様子を見ながら、俺は陽翔に向かって首を傾げた。
「お前、そんなんでも御曹司だろ? 服とか自分で選ばないんじゃないのか?」
「そんなんでもって…………。まあ、自分で選ばないと、普段着ないような高いやつばっか買われるんだよ。だから自分で選ぶようにしてるんだ」
「なるほど」
金持ちだからこその悩みか、と呟くと、「そそ」と小さく苦笑する。
それにふうん、と言いながら頷いていると、陽翔は足の長さを図り始めた。
「うわ、足長っ……………モデルか?」
「どこにでもいるただの一般人だな」
「ただの一般人はそんなに顔がキラッキラしてねえよ」
「それお前が言うのか?」
「オレはそもそもの話一般人じゃないし、自分の顔が客観的にみてどう思われるのかぐらいはわかってるぞ」
そいつは半眼で俺を睨むと、ふうと小さくため息をつく。
そしてそのままチラリと横を一瞥し、呆けたように陽翔を見ている従業員を見てウインクした。
そうすると……………その女性店員は「きゃあああああ!」と黄色い悲鳴を上げて顔を抑える。
それを見て俺は顔を歪めると、陽翔をじっと見つめた。
「お前……………いつか刺されるぞ」
「自覚してないやつの方がよっぽどたちが悪いと思うけどなオレは」
そういうとそいつはズボンも決めたらしく、先ほど選んだばかりのシャツと上着をレジに持っていく。
俺が慌てて財布を出そうとすると、陽翔は唇の端を小さく上げた。
「今日はオレのおごりな。ま、金持ちの気まぐれとでも思ってくれ」
「うわ…………すごいしっくりくる」
「超失礼」
そう言ってそいつは財布からカードを出して支払い、店を後にする。
またのお越しをお待ちしております! という言葉が妙に力強く…………そしてトーンが高いのは気のせいではないだろう。
罪な男だ、と呟いて、俺たちはこれからどうしようかとベンチに座る。
30分ほどゲームセンターで時間をつぶして帰るかという結論に至ると、陽翔が「どっこいしょっ」と言って勢いよく立ち上がった。
「じゃ、行くぞおじいちゃん」
「いや今の場面的に逆では」
「オレの方が先に立ち上がったからお前がおじいちゃんな」
「はやもん勝ちの精神の極論だな」
はあ、と俺がため息をついてその手を借りながら立ち上がろうとすると、不意に支えられていたそれから力がなくなる。
勢いあまって地面にぶつかる直前だった俺は、顔を顰めながら文句を言うために陽翔を見た。
「おい、危うく地面と…………」
「なんでいるんだよ、本条」
いつもより少しだけ顔を歪めた陽翔の顔が目に入る。
嫌悪感にも見えるその表情は、どこか…………と考えたところで、俺が手を出すべき問題じゃないと首を振った。
陽翔の視線の先を追うと、案の定本条…………それと玲於奈が目に入る。
心底驚いたような顔をした彼女の顔を見て、「このショッピングモールがうちから近いなら、隣の家の玲於奈も近いんだよな」と冷静に考えた自分がいた。
けれどもそれとは別に、動作は停止するものである。
ビシリ、と固まった俺に、どうやら俺より早く回復したらしい陽翔がため息をつくのが聞こえた。
◇◇◇◇◇
固まること数秒。
陽翔に「ほらっ、早く誘え!」と肘鉄を食らったことによりハッとした俺は、ぎこちなく玲於奈の方へと近づく。
頭の中では、昨日の夜、陽翔に言われたことを懸命に思い出していた。
(…………えっと)
ダブルバインドやドア・イン・ザ・フェイスなどの恋愛心理を使う必要はなし。
まずは会話を続けて、それから自然に遊びに行く流れを作る、と。
(いや難しくないか!?)
「れ、玲於奈。…………えっと、買い物に、来たのか?」
「う、うん、そうだよ」
俺がぎこちなく話しかけると、彼女の方もぎこちなく返事を返す。
そして返された返答にあたりまえだろうと頭を抱えそうになりながら、俺は頭を必死で回転させていた。
―――――一方そのころ、玲於奈もまた頭を働かせていた。
(ええっと)
女性は軽々しくデートに誘うのはよくなくて、…………あれ、凪なら問題ないんだっけ? で、でも相手に誘われた方がいいんだよね。
な、なんだっけ……………そ、そうだ「焦らす」んだ。
焦らす、焦らす。自分から相手を誘うんじゃなくて、相手が誘ってくるのを待つ…………というか、相手に誘われるようにする。
「そ、そういえば凪、私、週末空いてるんだ」
「そ、そうなんだ、な」
この二人、勉強面では頭はいいが、恋愛になるととことんポンコツである。
星那と陽翔の二人から『恋愛偏差値マイナス』とひそかに呼ばれていることを知らない二人は、はたから見たらなかなか滑稽な様子でお互い必死に会話を続けていた。
「久しぶりに休日遊べるから、どっか行きたくて」
「どこか遊べる施設とかっ、いいかもな」
「そうそう、私も行きたいなーって」
お互い目を合わそうともせず、いつもと違ってぼそぼそと交わされる会話を聞いて星那と陽翔が頭を抑える。
こりゃだめだ、と呟いた声は、あいにく頭脳戦を繰り広げている二人には聞こえていなかった。
「………………じゃあ」
「う、うん。また学校で」
―――――俺が小さく別れを告げると、玲於奈が気まずげに言葉を返す。
さきほどからぎこちない玲於奈の様子に、俺は何かやらかしたのかと必死に今までの行動を掘り起こす、が。
しかし特に玲於奈を怒らせた記憶はなく、俺にできることは刺激を与えないように玲於奈をそっとしておくことだった。
(でーとは、無理だ)
諦めよう。
そう結論付けて星那と玲於奈に手を振り、呆れたような顔をしている陽翔の隣に並ぶ。
その瞬間、ぐいっと袖が何かに引っ張られて、俺は思わず振り返って口を小さく開けた。
「…………玲於奈?」
俺が彼女の名前を呟くと、玲於奈はむうと顔を膨らませる。
その顔に俺が目を瞬いた瞬間、玲於奈はさらに袖を握る力を強くした。
「私、週末空いてるって言ったのに。凪は誘ってくれないの?」
俺を見上げるようにした風の玲於奈が、少し拗ねた顔をしているのが分かる。
それに俺はぐっと息をのむと、その袖にあった手を取った。
「玲於奈、週末遊びに行ってくれませんか」
その言葉に少し不思議そうな顔をした玲於奈は、次第に顔を明るくしていく。
うん! と頷いた彼女に口を緩めていると、隣からぼたぼたと音がした。
「「失礼」」
「…………何やってんだよお前ら………」
「「鼻血出た」」
「見たらわかる」
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