第19話 二人でダメなら
「陽翔。どうすればいいと思う?」
「いや、どうしようもこうしようも。するしかないだろ、デート」
俺が至って真面目な顔で聞いているというのに、陽翔は苦笑するばかりである。
くあ、と小さく欠伸をしたそいつは、先ほど買ったばかりのコーヒーをごくりと飲んだ。
「まあ、誘えた時点で及第点なんじゃねえの? …………今も半分デートだけどな」
「一緒に買い物してるだけだろ」
「いやそれが…………何にもない」
呆れたように口を開きかけた陽翔が黙る。
それにしても本条達まだかよ、と呟いたそいつに相槌を打ちながら、俺は休日の予定を考えていた。
「でーと……………でーと。水族館か?」
「お、いいんじゃねーの」
俺が顔を顰めてぶつぶつと呟いていると、陽翔がうんと頷く。
でもなあ、と呻いた俺に、そいつは不思議そうな顔をした。
「何? なんかダメなの?」
「あいつ、水族館みたいに見るだけじゃ、絶対いろんなところに行って迷子になる……………」
「うん、保護者かな?」
目を遠くした陽翔が、「前途多難」と呟く。
はあ、と小さくため息をついたそいつは不意に懐を漁ると、二枚の紙を取り出した。
「さて。ここに、今週末リニューアルオープンする予定の遊園地のペアチケットがあります」
「なんで?」
なんか諸々の言葉よりも、長年の経験で疑問と疑いが先に出る。
別に裏はないって、と笑ったそいつは、ひらひらと
「いや、信用度ゼロなんだが…………なんでオープン前のチケット持ってんだよ」
「オレってそんなに信用ないのかよ…………。まあ、付き合いで貰ったんだ。家族で一緒にどうですかーって言われても、うちそういうの行かねえしなって思って。凪たちに使ってもらえるならちょうどいいや」
ほい、と言ってペアチケットを陽翔に渡される。
そこでそれが二枚あることに気づくと、俺は思わず眉を寄せた。
「……………おい。二枚あるんだけど。2×2で4人分だよな、これ」
「まあ、渡された分そのまま渡しただけだし。保護者同伴なら……………って、流石にデートでそれはないか」
クラスメイトの誰かに渡すか…………? とぶつぶつ陽翔が呟いているのが聞こえる。
合計4人分のチケットをポケットに突っ込んだ俺は、「ありがと」と陽翔に礼を言うと、苦笑された。
「こっちも貰いもんだけどな。ま、楽しんで来い」
クラスメイト達に初デートを見守られるのも野暮だろうし、それは処分しといてくれ、と言った陽翔に頷く。
その瞬間、遠くに人影が見えた気がして、俺はふっと顔を上げた。
「おーい! 買い終わったよー!」
「ちょっ、バカ!」
大きな声を上げてぶんぶんと手を振る彼女の口を急いでふさぐ。
ありゃりゃ、と慌てて口をふさいだ玲於奈は、にっこりと笑って持っている紙袋を持ち上げた。
「終わったか」
「うん」
それに駆け寄って玲於奈が持っていた紙袋を持つと、陽翔がひゅうと口笛を吹く。
それを横目に星那が「ん」と紙袋を突き出すと、陽翔が顔を歪めた。
「やだよオレ」
「じゃああんたなんのために来たのよ」
「親友の前途多難すぎる恋を応援するためだよ」
一に玲於奈、二に玲於奈、三に玲於奈で四に幼馴染じゃあな、と陽翔が肩を竦める。
聴こえてるぞ、とすねを蹴ると、呻いたそいつはちゃっかり星那の荷物を持たされていた。
「じゃ、帰るかー」
「んー」
ぶらぶらという言葉が似合いそうな歩調で二人が歩き出す。
さて俺も後に続こうかと一歩を踏み出した瞬間、「ああああ!」と玲於奈が声を上げた。
「どうした?」
「ちょ、ちょっと待って! 買いたいものがあって!」
あたふたとした玲於奈は顔の前で手を突き出すと、「そこで待っててー!」と言って駆け出していく。
にやにやと笑っている本条は何か知っているんだろうな、と思いながら、俺は陽翔に首を傾げた。
「なんだろうな? CDとかか?」
「オレは鈍い誰かさんに関わっているものだと予想するね」
「運動苦手な人のために何か買うのか?……………筋トレ用具とか?」
「そういうとこだよ」
◇◇◇◇◇
それから約15分後。
息を切らした玲於奈がぐびっとお茶を飲む。
この一杯のために生きてたんだぁ! と言った彼女の言葉に苦笑いしながら、俺は荷物を持ち直した。
「じゃ、そろそろ…………」
「待って!」
帰ろうか、という言葉を遮り、玲於奈がふんすと鼻息荒く引き留める。
その言葉に俺は目を瞬いて振り返ると、仁王立ちしている幼馴染を見つめた。
「玲於奈? 何か買い漏らしでもあったか?」
「凪にプレゼントしたいものがあります!」
じゃじゃんー! と効果音を自ら言いながら、玲於奈が両手を突き出す。
俺よりも数回り小さいその手のひらには――――――
「万年筆?」
「そう! 前に凪がペン壊れたーって言ってたでしょ? それで、先月「いいな」って言ってやつを急いで買ってきたんだけど…………」
「…………」
「え、えっと……………だ、ダメ、だった?」
少しだけ不安そうな顔をした玲於奈が、上目づかいで俺を見つめる。
それにぐっと息をのんだ俺は、それを静かに受け取った後、玲於奈に笑いかけた。
「ありがと、玲於奈」
「ううん、凪にはいつもお世話になってるし! それに………」
それから玲於奈は少しだけ口ごもると、目をキョロキョロと泳がせる。
俺が首を傾げると、彼女は覚悟を決めたように口を開いた。
「——————末永くお願いしますっていう、結婚の証、的な意味でもある、し…………」
そう言って、玲於奈は顔を赤く染めて俯き、俺の顔をそっと見上げる。
あっ、でもちゃんとしたのも買うからね!? と慌てて叫んだ玲於奈は、その後本人にとっての言い訳をし始めた。
「こ、これは普段使い用? みたいな感じで、ちゃんとしたのもちゃんと? 買うし、えっとこれは………そう! 普段から私のことを身近に感じてて欲しいみたいな………って何言ってるんだ私!!!」
「……………玲於奈」
「いや身近に感じてほしいっていうか、その私自身だと思ってほしい…………? って本当に何言ってるんだろうね!?」
「…………………玲於奈、も、やめ」
俺の顔を見た玲於奈と、そして側にいた星那と陽翔が口をあんぐりと開けるのがわかる。
自分自身の顔が真っ赤だと知っている俺は、息をついてしゃがみこんだ。
「…………っ、本当に、……………もたないから」
驚いたようにずっと俺の顔を見つめる3人から隠すように、俺は手を顔へ移動させる。
けれども赤くなっている頬が隠れるはずもなく、俺は陽翔の手を借りながら立ち上がった。
「……………死ぬ」
「いや死なねえから」
項垂れてそうぽつりと呟くと、すかさず陽翔が突っ込みを入れる。
星那の方は「凪が照れるとこっちまで照れてくるじゃん…………」と言った玲於奈も頬を抑えているのをチラリと一瞥し、小さく苦笑する。
「こんなんで明日のデート、大丈夫かなあ……………」
その言葉に、二人だけでこれ以上はもたない、と思っていると、ふと頭に微かな違和感がよぎる。
先ほどまで頬に当てていた手を顎に移動させると、俺は小さく首を傾げた。
(二人だけで?)
そう思った瞬間、俺の頭にある案が浮かび上がる。
そして、同じく顔を赤くしている玲於奈も何かを思いついた表情をしていて―――――目が合った。
「玲於奈!」
「凪!」
うん、と頷いた俺たちは顔を見合わせて、それぞれ隣にいる人を引っ張り出す。
目を白黒させたそいつらは、何が何だかわからないという顔で俺たちを見た。
「陽翔(星那)も一緒でいい!?」
「「はあっ!?」」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日の夜10時はハイファンを投稿するので、少し早めの投稿です。
気が向いたらハイファンの方も読んでくださると嬉しいです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」とおもっていただけたら、星を入れてくださるととても励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます