第24話 コーヒーカップ

「あー、楽しかったね!」

「もうほんと勘弁してください」



にっこにこの満面の笑みで笑いかけてくる玲於奈に対し、俺はやや目をそらしながらそう答える。

えー、なんでー、と不服そうに膨らませた玲於奈の頬を、俺はぐっと押しながら目をすがめた。


うー、と玲於奈が呻き声を小さく上げる。



「あのなあー、騒ぎになったら、いくら色んなもので誤魔化してるからってバレるときはバレるんだからな」

「はーい」



返事とは裏腹にあまり気に留めてなさそうな玲於奈の態度に苦笑する。

ぐりぐりと頭をいきなり撫でまわし始めた俺に、勢いつられて一緒に頭を回しながらも彼女は俺を見上げた。



「それで、次はどこに行くの?」

「どこでもいいけど。ジェットコースターのコーナー行く前にどこか行きたいところあるか?」



お化け屋敷に入る前に居れたマップをかばんから取り出すと、背伸びした彼女がそれを見る。

なんだか苦しそうだなと苦笑し少しかがむと、至近距離で目が合った玲於奈がふわりと笑った。



「ありがと、凪」

「.......................ありがとうございました」

「なんで凪がお礼を言うの」



ふふっ、と再び笑った玲於奈はうーんうーんと悩みながら真剣な様子でマップに見入っている。

今のところ楽しんでいる彼女の姿に、俺はほっと胸をなでおろした。


『あの日』のような――――玲於奈が屋上から飛び降りようとしていた危うさは、もうない。



「玲於奈、決まったか?」

「えーとね」



遊園地久しぶりだから迷っちゃうけど、と前置きした玲於奈が、上目遣いで俺を見上げてる。

どこでもいいぞ、と気を遣っているらしい玲於奈に声をかけると、彼女は途端にぱあっと目を輝かせた。


なぜだかものすごく嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。



「じゃあ..................ここ!」



勢いよく玲於奈が指さしたところを覗き込むと、どうやらここからあまり遠くない場所であることがわかる。

しかしそのアトラクションが何なのかが目に入った瞬間、思わず俺の喉の奥からうめくような声が思わず漏れ出た。



「...................げえっ」






◇◇◇◇◇





「きゃーっ、楽しい――――っ!」

「..................」



くるくると回される乗り物――――コーヒーカップの中、目の前にはしゃいでいる玲於奈、そしてぐるぐると歪んでいるその背景からそっと目をそらす。

玲於奈が楽しそうでよかった、と思う反面今すぐ降りたいという気持ちもあり――――だがしかし楽しそうな玲於奈を邪魔する事なんてできずに、やっぱり俺はうつむいたまま込み上げる吐き気を抑えた。



「死にそ..................」

「大丈夫、人間こんなもんでは死なないから! もっとまわそー!」

「玲於奈って時々Sっぽいとこあるよな..................」

「え? そう?」



せめて回さないなりゆっくり回すなりしてくれたらこちらの気も楽なのだが、なんでも全力であり、そして久しぶりに遊園地に来たことではしゃいでいる彼女にはそんな気持ちは通じない。

ぐるぐると回るコーヒーカップとともに歪む視界、はしゃぐ玲於奈、吐きそうな俺。


カオスだろうかと目を遠くした先に、見慣れた茶髪とアイスブルーの髪が目に入った。



(..................ん?)



けれど次の瞬間には玲於奈の手によって勢いよく回された風景により二人の姿は消えていて、振り返るとそこにはもう誰もいない。

偶然か、と思いつつも、野次馬根性が豊富であるあいつらに、頭に『尾行』という単語が思いついたのはやむをえないだろう。


しかし、「時間があったら問い詰めてみるか」という思考も回る景色によって一瞬で消え去り、ただ俺は吐き戻すのを我慢する作業に逆戻りした。



「凪ー、楽しいー?」

「すげーたのしい」

「ほんとに?」

「ちょーたのしい」

「うっそだあ」



あはははは、と楽しそうに笑った玲於奈を視界に居れることで何とか我慢し、逆に回る景色は目に入らないように全力をかけた俺は悪くない。

あと一分あと一分と呪詛のように呟いた長いような短いような地獄の一分間が終わり、先ほどまで殺しにかかっていた乗り物がゆっくりと止まっていく。


正直、生きてる心地が全くしなかった。



「ありがとうシャバの空気」

「凪、この乗り物は外だよ」

「新鮮な空気がおいしい」

「だからここは外だってば」



ふらふらとコーヒーカップから離れ、近くに会ったベンチに座る。

飲み物いる? と首を傾げた玲於奈に小さく首を横に振ると、そっかと言って隣に腰かけた。



「ごめんね、無理させちゃって」

「いや、それはいい.........別に全然いいんだ.........」

「全然いいって顔してないよ?」



変なところで意地っ張りだよね、と袖口を口元に当て小さく笑った玲於奈に「返す言葉もございません」と答え、ベンチの背もたれに体重を預ける。

同じく背中を預けた玲於奈が、空を見上げながら口を開いた。



「コーヒーカップとか、バイキングとか。そういう系ダメなの、変わってないね」

「成長してなくて情けないばかりです」

「...............ううん、変わってない方が安心するから」



にこ、と笑った玲於奈に息を呑むと、玲於奈が勢いをつけてベンチから立ち上がる。

玲於奈の態度に頭を掠めた違和感を振り払い、差し出された手を取りながら俺自身もゆっくり立ち上がると、「それじゃあ」と満面の笑みを浮かべた玲於奈が振り返った。



「もう一回、のろっか」

「嘘だろ」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




前話前々話が読まれていない方多めなので、一応確認された方がいいかもしれません。

それと季節系番外編が消えている理由についても近況ノートで後日報告します。

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