第26話 一方そのころ尾行組〈陽翔〉


お互いに気まずそうに目を逸らしている男女を見て、オレは大丈夫かと目を細める。

しかし次の瞬間、『馬鹿らしくね』と聞こえた言葉に、オレは思わずその場で地団太を踏んだ。



「あいっつ! 何やってんだ!?」



恋愛音痴だとはずっと思っていたが、さすがに限度というものがある。

思わず飛び込んで行きそうになる足を必死に押さえつけていると、後ろから聞き慣れた声がした。



「何してんの、伊吹」



呆れを多分に含んだその声音は、どこか冷たさを感じさせるもの。

久しぶりに聞いた————感じたその雰囲気に、オレは苦笑いしながら振り返る。


そこには案の定アイスブルーの髪をサイドポニーテール………ではなく、今日はハーフアップにしている女子と目が合った。



「別に。何してるも何も尾行ですが、何か? 本条」

「尾行ですが何か? じゃない。何開き直ってんの」



軽蔑するような目も何もかも、親友とその想い人————アイツの妻の前では表さないもので、だからこそ最近ではご無沙汰していたため久しぶりの感じがする。


だからと言ってオレはドMではないので、全く嬉しくもないのだが。


あ、フードコーナー入った、と本条が呟いたのが聞こえ、オレは慌てて二人を覗き込む。

なにやらホットドッグを食べている中、突然如月さんが凪の方にそれを突っ込んだのが見えて、オレたちは小さく声を上げた。



「先制点は如月さんだ」

「しかし勢いよく攻撃は決めたはいいものの、恥ずかしくなってトイレに逃げていく」

「…………恋愛って基本格闘技だよな」



いつタオル投げよう、とオレが一人ごちると、顔を赤らめた凪がしゃがみ込む。

なんで本命の前ではそんな顔をしないんだか、と言った本条の声に、オレは心底同意した。



「あ、帰ってきた帰ってきた」

「伊吹、将来ストーカーにならないでよ………」

「ならんよ多分」



しばらくすると如月さんが帰ってきて、二人が合流する。

コーヒーカップ行きたい! と叫んだ如月さんの声が聞こえてオレも歩き始めると、同じタイミングで何故か本条も動き出した。



「え? お前も尾行すんの?」

「は? するけど?」

「ちょっと言いたいことあるけど、とりあえずさっきまでの諸々の発言を謝って欲しいです」






◇◇◇◇◇






「お、定番のお化け屋敷か」

「どうする? 待っとく?」

「いや、どうせなら楽しみたいからな」

「あんたといて楽しめるなんて、私は爪の先ほども思ってないけどね」

「こっちもな」



かわいくねぇ、とオレが顔を顰めると、隣にいるそいつは何も気にしてなさそうにお化け屋敷に入っていく。

しかし踏み出した足と共に微かな違和感が頭を掠め、俺は小さく首を傾げた。



「…………お化け屋敷?」



私立黒羽中学————オレと本条が通っていた、所謂『お金持ちが通う学校』では、通っている生徒のこともあり文化祭の予算は多い。

そして中学校最後の文化祭では同じクラスのオレらはお化け屋敷をしたはずだが…………文化祭準備に関し、本条との記憶がない。


やるべきことはやるやつだし、サボっていた訳ではないと思うのだが————



「…………あっ」



次の足を踏み出したとき、脳裏にある映像が思い浮かび、オレは足を止める。

しかし次の瞬間目の前に飛び出した物に、オレは目を瞬いた。



「ゔぼぉぇあああああぁぁぁぁ」

「これ、お化けか? 思ったよりも子供騙し——————」

「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

「っだあびっくりしたぁぁ!」



お化けよりも後ろから聞こえた大絶叫にびっくりし、オレは肩を揺らす。

お化け役の人もびっくりの大声量に、オレはやはり記憶は正しかったと頭を抱えながら後ろにいるそいつの手を引いた。



「……………は、陽翔!?」

「あんな大絶叫をいつ出るかわからないお化けのたびに聞かされるオレの身にもなれ! そっちの方にびくびくするわ! ってことで早く出るぞ!!」



勢いのまま走り出し、途中で飛び出してくるお化け役の人とともについでに後ろからも飛び出してくる絶叫を聞き流しながら通り抜ける。

「なんで今日来るカップルは非常識ばっかなんだよ!」と聞こえてくる叫び声に、多分二組だけだしカップルという点に対しては一組だけだから許してくれと心の中で謝りながら、オレは最終地点である墓地までたどり着いた。



「っはあ、はあ............大分、進んだんじゃないか?」

「............なんで」



同じく肩で息をしながらも不思議そう............というか不審げにオレを見つめる本条を無視して歩き始める。

最後にっっはあ、と大きく息をついてから、オレは呼吸を整えながら口を開いた。



「............ただ、三年前の文化祭で」



それを見たのは、本当に偶然だった。

忘れ物を取りに来た帰り、なぜか人がいない場所で一人で淡々と文化祭の作業をしている本条が目に入って。


その顔が真っ青だったのが見えて、オレもただその隣で何となく作業をしていただけ。


そう告げると、そいつは驚いたように目を見開いた後、すぐに目を伏せる。

何でそんなこと覚えてるのよ、と小さく呟かれた言葉に、オレはぎゅっと手を握る力を強めた。



「いたっ」

「............っ、すまん」



最初に握ったきりずっとそのままだった手に気づき、オレは慌てて手を放す。

しかし細いその腕には微かに握られた跡がついていて、オレは小さな声で謝って顔を伏せた。


――――お化け屋敷の外を出て少し先に行った場所では、凪と如月さんが見える。

その二人がコーヒーカップに入ったのを見た後、本条の顔を見て――――そしてその顔が三年前と同じように真っ青なのが見てわかり、オレははあっと息を吐いた。



「だっせーの」

「……………人には得手不得手があるの」



バレてるみたいだから隠さないけど、と付け足した本条は、少しむくれているようにも思える。

その横顔を何気なくじっと見つめていると、欠点を認めたのが恥ずかしくなったのか微かに頬を赤らめた彼女は、一気に不機嫌な顔をして背中をくるりと向けた。



「おい、どこに行くんだよ」

「化粧室! 言わせないでよ」

「あーそーですか」



見るからに不機嫌な顔をしてすたすたと歩きだした背中に声をかけるが、それも無駄な事だったと悟る。

けれどもそもそもの原因は自分にあることは分かっていて――――けれど彼女も悪いのだと言い訳してしまう。



「……………だって、あれは不意打ちすぎるだろ」



『陽翔!?』



—————何がダサいって。


何気なく出た、そんな一言で狼狽える自分が。

たった一人の少女に名前を呼ばれただけで脈打つ心臓を制することもできなくなる自分が。




—————まだ、彼女の腕を掴んでいた手のひらは熱い。



「だっせー…………」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――





大変久しぶりの投稿となります。一気に投稿できそうですとか抜かしておいてまことに申し訳ございません。

コメントの方は作品別にちょっとずつ返していますので、長い目で見て頂けたら幸いです。


個人的に好きな二人の組み合わせなので今回の話も楽しんでいただけたら............いいな............! と思いながら書いておりました。

次回は星那視点での二人の話となります。一週間以内には投稿できそうなのでどうぞよろしくお願い致します。



少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら星を入れてくださるとうれしいです。

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