第28話 一方そのころ尾行組〈陽翔〉


「…………えっと」



あの話・・・はまだ消えてなかったのか、という焦りが頭を支配する。

隣をチラリと見上げると頭の上に「?」を大量に浮かべながら含んだお茶を吹き出さないように口を抑えている本条を見て、オレは自分で解決するしか無いことを悟った。



「元々はそういう話も出たかもしれないけど、けどあの婚約・・は白紙に————」

「こんやく?」



そこまで口走ったところで、何も分かっていないような顔をしている少年にハッとする。

それを見て慌てて口を閉じた瞬間、強烈な痛みが腹部を襲った。



「いっつぅ………お前、流石に肘鉄は酷いだろ…………」

「あんたが余計なこと言おうとするからでしょ」



流石に焦りすぎ、と言われた言葉に頷き、小さく深呼吸をする。

けれど次の瞬間首を捻って本条の様子を見ると、何ともないすました顔でダラダラと首筋に汗が流れているのを見て、オレはふっと吹き出した。



「意地でも表情に出さない『氷姫』は健在のよーで」

「ぶっ飛ばすわよ」

「割と仕草に出るんだよな、お前」



ははっ、とオレがもう一度笑うと、絶対零度の氷の視線が飛んでくる。

けれど生憎その視線には慣れてしまっているオレは、それをスルーしてさらに笑った。



「…………『氷の貴公子』さんは逆に昔と違ってよく笑うようになったようで」

「おいマジでそれ痛いからやめろよ黒歴史だぞ」

「ほんとにダサい」

「半分お前のせいだからな!?」

「人のせいにしないで、見苦しい。あんたの行動の結果でしょう?」



鼻を鳴らした本条に言い返せず、オレはぐっと黙り込む。

そうこうしているうちにいつの間にか迷子センターに着き、オレは繋いでいた手を離して手を振った。



「じゃ、見た感じ母さんも来てるらしいし、またな」



ありがとうございます! と頭を下げながらこちらに駆け寄ってきた、伝えられた通りの格好をした女性に向かい、オレは軽く子供の肩を押す。

「ママ!」と嬉しそうに声を発したその子供は、進もうとした後不意にくるりとこちらを振り返った。



「あのね、おねえちゃん。おにーちゃんと結婚してないなら、僕が大きくなったら僕と結婚してくれる?」

「…………ん?」

「えっと…………私?」



大きな目を隣にいる女子に向けた男の子は、じっと答えを待つように見つめる。

それをパチパチと目を瞬いて見つめた後、そいつはふっと表情を緩めた。



「うん。別に、」

「――――――ダメ」



オレが本条の腕を引っ張ると、そいつはバランスを崩してオレの腕の中に入る。

は? と地響きのような声で見上げたそいつの顔を見ないようにしながら、視線を男の子に合わせるようにしゃがみこんだ。



「こいつは、ダメ」

「なんで?」



不満そうに頬を膨らませたそいつに、こんのマセガキ、とくしゃりと頭を撫でる。

もちろんいいとこのお坊ちゃんなので対応には気をつけているのだが、心配性の本条が蹴りをかましてきたけれど無視だ無視。



「こいつ、オレと約束してるから」

「……………なんの?」

「ナイショ」



ふっと笑うと、その子はもともと素直な子なのか、それなら仕方ないかあ、と呟く。

それでも少し涙目なのが分かって、オレは小さく苦笑した。



「じゃあな、少年」

「ん、ばいばい、おにーちゃん! おねーちゃん!」



大きく手を振っている子供に手を振り返し、見えなくなったところでオレは勢いをつけて立ち上がる。

その瞬間本日二度目の肘鉄が飛んできて「おい」という抗議の声と共に振り返ると、視線が合わないそいつが口を開いたのだけが見えた。



「伊吹ってホント馬鹿だよね」

「どこがだよ」



知ってる、という言葉を飲み込んで、オレはいつも通り反発するような言葉を返す。

それにそいつは鼻を鳴らすと、不意に小さく呟いた。



「もう、思い出せないな」

「…………あっそ。オレももう忘れたよ」



何を、なんて分かりきったことは聞かないで、オレは端的に言葉を返す。

じゃあなんであんなこと言ったのよ、と顔を上げた本条に、オレは肩をすくめてみせた。



「別に。マセガキを落ち着かせるためだよ」

「…………へえ」



そう言ってもう一度顔を俯かせる—————その前の表情を見て、オレは小さく目を見開く。



(…………そんな顔を、させたいわけじゃないのに)



ああ、またこれだ。

ままならなくて、どうしようもなくて、けれど自分では制御できないこの感覚。




あいつを引っ張った時、驚いたようにこちらを見上げた彼女の顔が、脳裏に焼き付いて新しい。



…………まだ、こんな気持ちは認めたくない。

けれど、情けない自分がいるのも————すでに目を逸らすことが出来ないほどになっているのも、知っている。


けれど、「これ」は、『恋』なんて綺麗なものじゃなくて、『愛』なんて美しいものでもなくて、ただ一つ。



「————もう一回、振り向かせてやるから」



もう一度、彼女を————『本条星那』という人間を、正面から見たいと。




いつの間にか目を合わせることが出来なくて、反対側を向いてしまっていたそいつを引っ張ってでもこちらを見て欲しいと思ってしまったから。


見てろ、とオレが笑うと、そいつは目を見開く。

その顔に満足してくるりと踵を返して凪を探すと、後ろから絞り出したような本条の声が聞こえた。



「…………『もう一回』なんて、なんで一回は貴方を見てた前提なのよ…………」




———————————————————————




テストがやばい。

とにかくテストがやばいと言うことを書き残してニ週間くらいお休みをいただき作者はしばらく勉強します。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら星を入れてくださると嬉しいです。

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