ダンジョン攻略編
Section13 〜いざダンジョンへ〜
馬車に乗ること幾ばくか、僕達は薄暗い森林に入った。
「もうそろそろ到着します」
馬乗りが振り返って報告する。
森の中のダンジョン……一体どうなっているのだろう……
隣を見ると、アミアルが険しい顔をして先を見ていた。
アミアル、緊張しているな。
と、考えてから僕はあれ、と思った。なぜか僕はアミアルがこんな感じの表情をしている時は緊張している、ということを知っている。記憶はないはずなのに……
とりあえず、僕はアミアルの手を上から握る。
その手は少し冷たかった。
「っ……?」
少しビクッとしてアミアルが僕のことを見る。
「緊張、してるでしょ」
「え……? どうして、わかるんだ?」
僕も本当はわからない。でも、これだけは言える。
「なんとなく……わかるんだ。記憶を失う前も、僕と君は一緒にいた。そうでしょ? だから頭で憶えてなくても、身体が覚えてるんだと思う」
「……なるほどな。それなら説明がつかなくもない」
「そうだね。記憶を失う前、アミアルに散々振り回されたこともちゃんと憶えているよ」
「ちょっ、それは今考えただろ!」
僕がわざとおどけてそう言い、それに対してアミアルがツッコむ。以前もこうして二人で楽しく過ごしていたのだろうか。
「……よし、緊張もほぐれたようだね」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
アミアルの手から冷たさはもうなくなっていた。
「お前達、見えてきたぞ」
ゼイランが何かに気づいたように少し身を前に乗り出すと遠くを指差した。見ると、確かに何か入り口のようなものが見える。
あれがダンジョンの入り口か……
それにしても、結構目立つな。どうして今まで見つかってなかったんだろう?
「よし、ここで止めてくれ」
「承知しました」
馬車がスピードを落とし、止まった。ゼイラン含め、メンバー全員が馬車から降りた。
ダンジョンの入り口の前に立つ。入り口はぽっかりと開いていて、入る者を受け入れるような、それでも何か拒むようなものを感じる。
「さあ、入るぞ」
僕達はダンジョンに入るのだった。
「罠や、暗がりから飛び出してくる敵に気をつけろ」
持ってきていた松明に火をつけ、それを掲げながら僕達はダンジョン内を進んでいた。
前来た洞窟とは違い、しっかりと切り出された岩が壁と天井を構成している。
「罠はおいらに任せてくれよ!」
「おう。いつも助かっているぞ、ウェレ」
ウェレと呼ばれた少年が少し先を行きつつ壁、床、天井をくまなく見ていく。
「あの人が罠担当?」
ゼイランに少し顔を寄せて訊いてみる。
「ああ。彼は " 眼 " が強くてな、見えないように配置された罠を次々と見破ってみせる。ダンジョンに入る時は毎回彼が罠を見つけていくんだ」
と言っている間も、ウェレはどんどん罠を見つけると印を付けていった。
しばらく進むと、通路が終わり何やら広い空洞に出た。
「一旦止まれ」
ゼイランを先頭に一度立ち止まる。
「少しずつ進んでいくぞ」
通路を進んでいた時よりもさらに警戒を強めて一歩、一歩と進んでいくと……
いきなり重い音が後ろから聞こえてきた。
「なんっ……」
振り返ると、もう遅かった。僕達が入ってきたところが塞がっていて、背後は壁のみになっていた。
「まずい、閉じ込められた!?」
「いや、向こうにまだ通路がある。そこに向かえば……」
と、僕達が入ってきた方向とは逆側にある通路への入り口へと向かおうとした時……
「ここカら先は通スわケにハいかナいよ」
突然、はっきりと聞こえるけど明らかに人のものではない声が聞こえてきた。
「誰だ……?」
「僕ハこのダンジョンの創造者……オ前達は僕の領地ニ入ってクるだけの覚悟ハあるノか?」
この声の主がこのダンジョンを創ったらしい。こんな建造物を創ることができるということはかなりの力を持っているに違いない。
「まズはお前達の力ノ程を試サせてもらうヨ」
という声が聞こえてくると、突如どこからともなく謎の生き物が現れた。
「魔物だ! 戦闘準備!」
ゼイランの一声でみんなが武器を構える。
それと同時に魔物が襲いかかってくる。
「ハアッ!!」
近接武器で、さらにリーチも短い僕は最前線で魔物に斬りかかる。
何も考えていないのかそれとも操られているのか魔物二体がそのまま連なって突っ込んでくる。
「遅いっ!」
スリッパの『打撃力』を使ってそいつらを二連続で弾き飛ばす。
「ふっ!」
一度しゃがんでから思い切り地面を蹴り、そのまま身体を横向きにひねりながら浮かせて空中で三度ターン。その間に背後にいる魔物にスリッパを投げつけ、当たったことを確認してから『座標共有Ⅰ』で手元に戻し、回転の勢いをそのままにスリッパで眼の前に来ていた魔物を強打する。
なかなか身のこなしも
自分の周りの魔物は片付いたので、辺りを見回してみると、流石は熟練、それぞれ上手く戦っていた。
いつか魔物達は姿を消していた。
「ほうホう……なカなかやルよウだな。ならばこレはどうかナ?」
次は、なんと獰猛そうな四足歩行の巨大獣を呼び出した。その獣は長い二股の尻尾をゆらゆらと動かす。
なんだか硬そうな感じだ。防御力が高い可能性大だ。
「なんだ!? アイツ……」
「見たことのない獣だ!」
他の人達も出会ったことのないタイプの魔物らしい。
「分析!!」
ゼイランが仲間の一人に命じる。が、
「……駄目です! 情報がありません!!」
「なんだと!?」
なんだって!? 相手が何をしてくるか、どんな攻撃が通用するのかわからない!?
「わかった。ここは私に任せろ」
とアミアルが言うと、途端に右目に何かが……
「な、なんだ? 目が……」
みんなも同じようだ。
「みんなの右目に『選定』の刻印魔法陣を刻印した。それでアイツを見てみろ」
言われるままその四足歩行の獣に目を向けると……
「じょ、情報が、頭に流れ込んでくる……」
右目を通して、その獣についての情報が一瞬で頭の中に入ってくる。感覚で例えるなら、「知らなかったもの」が即座に「既に知っているもの」に変わる感じだ。
名前はフェルベイストで分類は古代魔獣、硬すぎる表皮ゆえ物理攻撃はまず効かない。広範囲魔法を得意とする……らしい。
「物理攻撃が効かないときたか……ならば魔法で対抗するのみ! 魔法攻撃班!」
ゼイランが命令し、それを聞いた魔法攻撃専門のメンバーが前に並ぶ。もちろんアミアルも含まれている。
前に並んだ人々の一部は本のようなものまたは何か棒状のものを持っている。
これは魔導書と魔法杖だ。
魔導書と魔法杖で行使する魔法は装備魔法の一部で、両者とも直接の攻撃力こそ無いものの、そこに記された、または刻み込まれた魔法の情報を即座に取り出すことのできる便利なものだ。
「俺達は動き回って注意を逸らすぞ!」
近接戦闘専門の人達がバッと散り、フェルベイストの周りを走り回る。
「俺達は気にせず、お前達は魔法を使え!!」
パズが魔法攻撃班達に大声で伝える。さっきとは全然人が違うようだ。
本格的に魔法攻撃が始まった。雷、水、炎が様々な反応を起こしてフェルベイストを襲う。度々獣の超近距離で爆発が起こっているけど、おそらくそれはアミアルのものだろう。
僕はというと、
「ほっ、えっ、ちょっ、うわあっ!? おっとっと」
飛んでくる魔法とフェルベイストの尻尾攻撃をなんとか避けつつ周りを走る。その姿は到底かっこ良くは見えないかな……
「ギェオオオオオオ!!!」
急にフェルベイストが雄叫びを上げる。すると、唐突に尻尾を上げると、その先から何かエネルギーの塊のようなものを出現させた。
「アイツ、衝撃波を放つつもりだ! 一旦退避!」
みんながバックステップで距離を取り、僕は『座標共有』で遠くへ逃れる。
直後、地面が大きく揺れ、さっきまで僕達がいたところの床をひび割れさせた。
「危ねえな……後ちょっと遅れてたら俺達が割れてたところだぜ」
「ああ、そうだな。またこの攻撃が来るかもしれないから気をつけて行こう」
と、また撹乱に戻ろうとすると……
「ちょっと待って、あいつ、何かを溜めているよ?」
僕が何か異変を感じてフェルベイストを指差す。なんだか細かく震えている気がする。
「たしかに、何か妙だな」
「何をしようとしているんだ……?」
と誰かが言った途端、フェルベイスト身体の外側が分離し、それは瞬く間に魔物の姿になった。
「は!?」
「どういうことだよ!?」
「っ、まずい、魔法攻撃班が狙われる!」
そう、魔導書や魔法杖を使う人達は遠距離攻撃を得意としている代わりに敵に近づかれるとあっという間に陣形が崩れてしまうのが弱点だ。
「僕が行きます!」
スリッパを使って一瞬で魔法攻撃班のところへ戻る。
襲ってきていたフェルベイストの分身を次々と斬り裂き、叩き飛ばす。
「ありがとう。あとは私に任せろ!」
アミアルが風を使って分身を集め、その下に刻印魔法陣を展開する。そこからは炎の渦が現れ、分身を焼き尽くした。
「『焰渦』の刻印魔法だ」
「ナイスアミアル!」
僕とアミアルはハイタッチをした。
「お、おい、刻印魔法って、まさか……」
魔法攻撃班のうちの一人がおずおずと尋ねてくる。
「ああ、そうだ。古代の魔法師が扱った太古の魔法だ」
「どうして……さっきも使っていただろ? どうしてそんな昔の魔法をお前が使えるんだ!?」
それを聞いたアミアルはふ、と笑って、
「才能じゃないか?」
と答えた。
「あんな子供に刻印魔法を扱う才能があるって言うの!?」
「あり得ない……が本物を見てしまった以上そうとも言っていられない……」
「ええ。紛いもない本物でした。情報通りです」
なかなかアミアルも凄いことを言ってくれるよ。まあ、それでアミアルの評判が良くなればそれでいいけど。
と苦笑いをしていると、
「魔法攻撃班! 今すぐそこから退避ーーっ!!!」
というゼイランの叫び声が聞こえてきた。
どうして、と思いながらフェルベイストを見ると、なんとフェルベイストは口の中で強大なエネルギーを溜めているようだった。それは僕達の方に向いている。
「まずい、逃げ……」
と言う頃にはもう遅かった。フェルベイストがエネルギーを解放し、そのエネルギーは僕達の方に真っ直ぐ向かってくる。
スリッパで防ぐか!? いや、駄目だ。こんなエネルギー、僕のスリッパでは受け止められない……
じゃあ、逸らす? いや……駄目だ。他にも戦っている仲間がいる。こっちの被害が抑えられても、そっちで被害が出てしまえば意味がない。
それなら方法は一つしかない。
僕の願いに応えてくれ、スリッパ!!!
僕はエネルギーの本流に対して真正面に立った。アミアルが刻印魔法陣を展開しようとするけど、それを手で制する。
どうして、と言う表情が返ってきたが、それに対して僕は「任せて」という意味を込めて頷いた。
どんどんエネルギーは近づいてくる。僕は腰を落としてスリッパを後ろに構える。
「ここだっ!!!!」
エネルギーに対して僕はスリッパを叩きつけた。
「く……うっ……」
やっぱり強い。何度も押し切られそうになるも、僕は必死に耐えた。
僕が試したのは『防護障壁展開』と『打撃力』の重ねがけだった。それを使ってフェルベイストに攻撃を反射する。
『打撃力Ⅰ』じゃ足りない……
さらに、次のレベルへ!!!
「うおおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げてスリッパを両手で押し込む。エネルギーはどんどん押されていって……ついに向きを変えフェルベイストの方に向かった。
大爆発。
「うわっ!」
衝撃波が僕達を襲いそのまま吹き飛ぶ。
「何が……起こったんだ?」
「おい、アイツはどこだ?」
煙が晴れる……そこには、黒焦げになったフェルベイストの姿があった。ぴくりとも動かない。
「勝った……のか?」
いくら待ってもまた動き出すことはなかった。
部屋中が歓声で満たされる。僕は疲れて座り込んだ。
ん? 見ると、少しスリッパが光っているのがわかった。分析板を出して調べてみる……
名称:スリッパ
分類:武器
特殊効果:『不壊』『忠誠』『シャープネスⅠ』
『打撃力Ⅱ』『座標共有Ⅰ』『防護障
壁展開Ⅱ』
となっていた。
おお、『打撃力』と『防護障壁展開』がⅡになってる!!!
「スリッパが成長した!!」
「ああ、それは良かったな」
見ると、アミアルも座り込んでいた。
みんなが喜びに浸っていると……
「マだダンジョンの始めノ方なのに……まあいイか」
と言う声が聞こえてきた。
「と言うことは、俺達は合格でいいのか?」
とゼイランが訊く。
「……いイよ、通してアげル」
みんなが安堵して、次の部屋に進もうとした瞬間……
「ト、言ウと思ッた?」
と言う声と共に、僕達が立っていた床が……消えた。
「う、うわああああああ!?」
僕達は奈落の底へと落ちていった……
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