Section6 〜記念すべき初依頼〜

 「ふわあああ〜」


 目覚めて早々大きなあくびをする。寝ぼけ眼で周りを見て、いつもと違う景色に一瞬ドキッとしながらも、そういえば宿に泊まってたな、というのを思い出す。


 「ああ、起きたか」


 アミアルが何やらテーブルの上でお湯を沸かしていた。


 「何してるの?」


 アミアルはふふん、と得意げに笑うと、


 「今コーヒーを淹れているんだ。お前も飲むか?」


 と言った。


 「コーヒーって?」

 「そうだな、コーヒーとは、眠気を覚ますための飲み物だ」


 へえ、今の僕にちょうどいいかも。


 「じゃあ、もらうよ」

 「わかった」


 アミアルが僕の分のコーヒーをカップに注いでくれた。


 「熱いから気をつけろよ」

 「わかってる」


 湯気の立っている液体にふー、ふーと息を吹きかけて冷まし、一口飲むと……


 「にっが!?」


 吹き出しそうになった。なんだこれ、苦すぎる! 別の意味で目が覚めたよ……


 「あ、すまん、お前、苦いのは苦手だったか……?」

 「苦いなら先に言ってよ……」


 口の中にまだ渋い苦味が残っている。散々な目にあった……


 「じゃあこれを入れろ」


 アミアルが僕に何か小さな袋のようなものを差し出してくる。中には白い粉が入っているようだ。


 「これは……」

 「ああ。砂糖だ」


 おおっ、それは助かる!


 僕は袋を破って開けると、さらさらっ、と中のものを全て黒くて苦い熱々の液体の中に入れた。


 「ちょ、おい、入れすぎじゃないか!?」

 「大丈夫だよ」


 よくかき混ぜて〜ちょうど冷めたらしいから一気にグッと飲んだ……


 「甘ぁ!?」

 「言わんこっちゃ無い……」


 僕とアミアルは楽しい(?)朝のコーヒータイムを過ごした。




 「今日は記念すべき初任務の日だ」


 食堂で朝食をとり、宿から出たところで僕が意気込む。


 「うまく行くといいが……」

 「心配無い、今回は俺がついているからな」

 「「うわあ!?」」


 いきなり背後から声がしたので、ビクッとしながら振り向くとそこには腕を組んだゼイランがいた。


 「そんなに驚かなくてもいいだろうが。昨日はよく眠れたか?」

 「おかげさまで。あんなにいい宿があるとは思わなかったよ」

 「そうか、気に入ってもらえて嬉しいぞ」


 ゼイランがハハ、と笑った。


 「そういえば、昨日防具と武器を作ってもらえる、と言う話だったけど、できたの?」

 「問題ない。すでにギルドに届いている」


 流石はギルド、話が早い。


 「じゃあ早速行こうか」

 「いや、待て」


 いきなり止められ、僕らは首を傾げた。


 「どうしたの?」

 「お前達、鍵はどうした?」

 「鍵は僕が持っているけど……」


 ポケットから自室の鍵を出してゼイランに見せる。


 「その鍵だが、任務に向かうときは受付に預けなければならないのだ」

 「どうして?」


 僕が訊くと、ゼイランはため息をついて、


 「そんなこともわからないのか。もし任務中、問題が発生して鍵を紛失したらどうする?」


 と逆に僕らに訊き返してきた。


 「そ、それは……」

 「だからだ。そんなことにならないように、前もって預けておくんだ」

 「はーい」


 僕は宿に戻って鍵を預けた。


 「預けてきたよ」

 「よし。では向かうとしよう」

 「「おーー!」」





 「ゼイラン様、ウェルズ様、アミアル様、おはようございます」


 ギルドに着くと、昨日と同じ受付の人、ミルカが僕達に向かってお辞儀した。


 「ああ、おはよう。例のやつは届いているな?」


 例のやつ、とは僕達の装備のことだろう。ミルカは頷いて、


 「もちろん、ありますよ。少々お待ちください」


 と言うと、奥の方へと消えて行った。




 「お待たせいたしました。鉄の胸当てを2つ、肩当てを一セット、剣を2振りですね」


 ミルカから差し出されたそれは、僕の体の大きさにぴったりフィットした。装備を作った人はどうやって採寸を取ったんだろう……

 ちなみに、アミアルはワンピース姿なので肩当てと肘当てはなしだ。


 「あ、そういえば、僕達に剣はいらない」

 「どうしてだ? 武器がなければ戦えないだろう」

 「それだけどね、アミアルは魔法を使うし、僕はもう武器を持っている」

 「そうだったか、アミアルは武器を使わないのだな。だが……」


 ゼイランは怪訝そうな顔で僕を見た。


 「ん? お前は武器を持っているのか?」

 「うん、僕の武器は……」


 スリッパを取り出し、ゼイランに見せる。


 「これさ」

 「……は? 確かこれはお守りだと……」

 「いや、黙ってて悪かったんだけど、これはちゃんとした武器だ。見てみるといいよ」


 ゼイランは信じられないような表情で僕のスリッパの情報を表示させた。しばらくすると、彼の目は驚きに見開かれた。


 「なんだと……? これが、武器だと言うのか!? つまり、お前は俺を騙した、と言うことなのか!?」

 「ああ、ごめんごめん。でも怪しいことはしてないからいいでしょ」


 両手をぶんぶんと振って弁明(言い訳)する。ゼイランは呆れたようにやれやれと首を振って、


 「はあ、過ぎたことは仕方がない。全く、何が何だかわからないことだらけだ。じゃあ剣はいいんだな? ならば俺が回収しておこう。ひとまずギルドに置いておくか」


 と言うと、ゼイランはミルカに剣を2本渡した。


 「では、ゼイラン様はいかがしますか?」

 「今回はこの三人で任務を受ける。何かいいものをあるか?」

 「そうですね……」


 ミルカは帳簿のようなものを開くと何かを探し始めた。


 「……これなんていかがでしょう、テルパ村の村長からの依頼で、『他の村との交易に使っている道が魔物に占拠されて通れず困っている』そうです。これにしますか?」

 「いいだろう、ではこれにする」

 「はい。では書類の記入お願いします」

 「わかった。お前達もよく見ておけよ」


 と言うと、ゼイランはペンを取って紙に情報を書き始めた。


 「ここに依頼を受注した日付、受注者の名前、を書いて、受付人にパスポートを見せる。そうすれば、あとは受付人が申し込んでくれるから、思ったより簡単だ。ほら、お前達もパスポートを見せろ」


 僕達は慌ててカウンターの上にパスポートを置いた。ミルカはそれを受け取ると、裏の方に消えていった。

 でも、確かに簡単そう。それなら僕にもできそうだ。

 そんなことを考えていると、ミルカが戻ってきた。返却されたパスポートを受け取る。


 「はい、受付完了しました。ではお気をつけて行ってらっしゃい」

 「うむ、行ってくる」


 僕達は建物を出た。


 「なあ、少しいいか」

 「ん?」


 ギルドを出て右に曲がったところでアミアルが小声で僕に尋ねてくる。


 「ちょっとここに刻印魔法を展開したいのだが」

 「え? どうして?」

 「時短のためだ」

 「……いいけど」


 まだ目的がよくわからない。とりあえず頷くと、アミアルは少し微笑んで地面に刻印した。


 「これでよし……と。私が何をしたかは後でのお楽しみだ」

 「ふーん」


 気にならないこともないな。まあ、後でわかることだし、今は依頼のことに集中しよう。


 「おい、お前たち、何をしているんだ、早くいくぞ」


 少し離れたところでゼイランが僕達を呼んでいた。


 「今行く!」


 僕達はゼイランのところに走って行った。




 「テルパ村は少し離れたところにある。それ故、ギルドから馬車が支給されるのだ。馬車は馬乗りが操縦してくれる」


 ゼイランの言葉と同時に馬乗りが会釈をした。

 おお、気が利くな、ギルド。


 「早く乗るぞ、遅れたらかなわん」


 ゼイランと馬乗りを含めた四人は馬車に乗ってテルパ村へと向かった。




 「ここがテルパ村です」


 馬車に揺られてしばらくすると、馬乗りがそう言った。確かに、土と茅葺の屋根でできた家がポツポツと見えてくるようになった。


 「ご苦労、近くに留めておいてくれ」

 「わかりました。では、ゼイラン様のお帰りをお待ちしております」


 馬車を止め、僕達は馬車から飛び降りた。馬乗りにお礼をして、ゼイランについていく。


 「まずは村長に話を聞こう。情報収集だ」


 少し目立つ木造の村長の仕事場らしき建物を見つけ、そこへ入る。


 村長は少しだけ高そうな机の前に座っていた。そこにはたくさんの紙の束があり、業務に追われているのがわかる。


 「勤務中に済まない。私が依頼を受けたゼイランだ。魔物について詳しく教えてはくれないか」

 「おお、これはこれはありがたい。私はこの村の村長、ヴェイスドという者です」


 ヴェイスドと名乗った老爺さん(?)はゼイランを見た途端に顔を輝かせた。スッと立ち上がり、ゼイランと握手した。

 まだ健康そうな人だな。


 「私が依頼した通り、他の村との交易路で魔物が出没していて、通れないのです」

 「その交易路というのは?」

 「こちらです。ついてきてください」


 ヴェイスドが外に出る。僕らもそれに続いた。


 「この道をまっすぐ行った所が交易路です」



 村長仕事場を出て左に曲がって少し進み、家と家の間を抜けると少し広い畦道が続いていた。その向こうに魔物がいるらしい。


 「当時、その魔物に遭遇した者どもが命からがら逃げてきたのですが、彼らの言っていたことが少し奇妙でしてね」

 「奇妙?」


 ゼイランが聞き返す。


 「ええ。彼らによると、その魔物は言葉を話すのだそうで」

 「言葉を話す……だと!?」


 ゼイランが驚きのあまり、目を丸くしている。何がおかしいのか、と思ったけど、それは後で聞いた方が良さそうだ。


 「本来、魔物は言語は使わない筈ですが……本当に九死に一生、という状況らしかったのでね、聞き間違い、ということもあり得ますが」


 ヴェイスドが首を振る。


 「……わかった。このゼイラン、必ず使命を果たして見せよう」

 「本当ですか、ありがとうございます! では、ご武運を……ところで、その2人は?」


 ヴェイスドが僕達二人を見る。


 「ああ、こいつらか? こいつらは期待の新人だ。今回、俺と依頼を受けることになった」


 ゼイランが僕とアミアルの頭の上に手を置く。ヴェイスドはハハ、と笑って、


 「そうでしたか。あなた達も気をつけてくだされ」


 と言った。


 「「はい」」

 「さあ、行こう。助けを求めている人がいる」


 ゼイランが剣を抜き、魔物があるであろう方向を差す。それを見ると、とても頼もしいように見えた。


 ヴェイスドの見送りを受けながら僕達は任務へと向かった。





 「どうしてここに魔物が現れるようになったんだ?」


 しばらく歩いて両脇に林が広がるようになってきたところでアミアルがゼイランに尋ねる。


 「それのことだが、本来魔物が集団行動を取ることをすること自体が稀なのだ。丁度いい住処を見つけてそこに何匹か集まる、ということはよくあるのだが……このようなところに集団で活動し、さらには言葉を話すときた。何かが魔物どもの間で起こっているに違いない」


 ゼイランも難しい顔をしている。


 「ところで、僕達はあとどれくらい歩けばいいのかな?」


 僕の質問にはゼイランもアミアルも答えなかった。代わりに、


 「へっ、お前達の旅はここで終わりだ」


 と言う声がどこからともなく答えた。


 「何かが来るぞ、構えろ」


 と、ゼイランがいつでも抜剣できるように柄に手を添える。僕はスリッパに手をかけ、アミアルは周りを見渡す。


 「お前は誰だ!」


 ゼイランが叫ぶ。帰ってきたのは嘲るような笑い声だった。


 「ここで死ぬお前らに教える名前なんてねぇよ。まあ、とりあえず小手調べでもしてやろうか。やれ、お前達!」

 「っ!!」


 その掛け声と共に、人型だけど、人とは明らかに何かが違う生き物が僕らを取り囲んだ。


 「一体どこから!?」


 ゼイランが驚くのも無理はない。なぜなら、体を隠すものはどこにもない筈なのに、どこからともなく現れたからだ。でも、僕の注目しているところはそこじゃなかった。

 アレが魔物か。いや、でも何か見覚えがある。アレはまさか……


 「あの時の化け物?」


 僕の呟きは2人には聞こえなかったようだ。アミアルもゼイランも現れた魔物に集中している。


 「イェアッ!!」


 棍棒を持った魔物のうち一体がよくわからない言葉(のようなもの)を発しながら突っ込んでくる。それを合図とするように、どこから手に入れたのか、古びたナイフや槍を持った周りの魔物もやって来る。


 「戦闘開始だ!」

 「「おお!!」」


 僕らは魔物を迎え撃った。

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