都市へ移住編

Section5 〜台車に乗って都市へ〜

 アルフダルワッド。全く聞いたことのない都市だ。あ、そういえば記憶がないから覚えてなくて当然か。


 「そのアルフなんとかって、知ってる?」


 アミアルに小声で訊いてみる。


 「アルフダルワッド、だな。アルフダルワッドは、マリィスから山を一つ隔てたところにある都市で、豊かな資源と海、外部との交流はマリィスに引けを取らない」


 僕はアミアルの話の前半分に惹かれた。つまり、アルフダルワッドはマリィスに近い。ということは……?


 「僕らはマリィスに帰れるかもしれない、ということ?」

 「ああ、その通りだ! まさかこんな巡り合わせがあるなんて!」


 アミアルも興奮が抑えきれないようだ。

 とりあえず、この草原からは出られる。僕らは一歩前進することができるんだ!

 そのまま、僕らは台車に揺られるのだった。





 何かが僕の身体を激しく揺らしている。しばらくすれば止むだろう、と思ったが全然収まらない。

 全く、何なんだよ……

 僕は瞼を開いた。


 「おい、起きろ! もうすぐ着くぞ!」

 「………?」


 気づくと、アミアルが僕を揺らしていた。さっきの激しい揺れはアミアルだったのか。てか、僕寝ちゃってたんだ……


 「で、寝心地はどうだったか?」

 「うーん、最悪だった」


 変な寝方だったのか痛む全身を労わりながらゆっくり起き上がると、


 「わあ……!」


 僕の視界いっぱいに人と建物があった。耳を包み込む喧騒と物音。覚えてないはずなのにどこか懐かしい。


 「ああ、そこのチビの言う通り、もうすぐ我々のギルド本部に到着するぞ」


 ギルド? これも聞いたことないな。


 「ギルドって何?」

 「はぁ……お前、それも忘れているのか……ギルドというのは、複数人が集まって経営する会社のようなものだ。だが、冒険者ギルドの仕事は主に戦闘や探索、遠征で、大きなギルドだと、メンバーになるにも試験が必要になる場合もある」


 へぇ、なるほどね。


 「ありがとうアミアル。僕達もメンバーになれるかな?」

 「わからん。だが、不可能ではないと思うぞ」


 ふーん。一つ楽しみなことが増えたな。


 「よし、到着だ! さっさと降りろ」


 ゼイランが僕らを急かすので、慌てて台車から降りる。


 「サッサとついてこい。変なことをしたら……分かるよな?」

 「大丈夫だって、僕らは怪しい人じゃないから」

 「それは怪しいヤツのセリフだ……」


 意外とゼイランもノリがいいかもしれない。僕らはおとなしく着いて行った。




 「いらっしゃいませ……あ、ゼイラン様、お疲れ様です」


 建物に入ると、建物の中は思ったより広く、人もそれなりに多かった。そのうち何人かは僕達のことを興味深げに見ていたけど、とりあえず気にしないことにした。部屋の奥の方の円形のカウンター中には若い女の人がいた。ゼイランのことを知っているのかな?


 「ああ、ご苦労。それと、今回の遠征の成果はコレだ」


 と、僕とアミアルを少し前に押し出す。


 「ええと……例の未開の土地の件のものでよろしいでしょうか?」


 ゼイランは頷いて、


 「ああ。住むところもなさそうだから、連れてきた。保護してやってくれ。はした金だが、使うと良い。では、俺は忙しいから行く。またな」


 とだけ言うと、カウンターにお金を置いて出て行ってしまった。意外とゼイランは良い人なのかもしれない。


 「えーっと、初めまして。私はミルカと言います。お名前を教えていただけますでしょうか?」

 「私はアミアルだ」

 「僕はウェルズだよ」


 うーん、適当に着けられたから本当は嫌なんだけど……他に思い浮かばないから仕方がない。


 「ウェルズ様とアミアル様ですね? わかりました」


 と、ミルカと名乗った女の人は何かに僕らの名前を書き込んだ。


 「さて、自己紹介も済んだところで、あなた達のこの先について何ですが、今、住むところがない、ということでよろしいでしょうか?」

 「ああ。あの草原に僕らの家があったんだけど、崩れちゃったんだ。だから、どこか安全なところはないかな、と思ってたんだよね」


 ミルカは少し考える素振りをして、


 「そうですね……先程ゼイラン様から頂いたこのお金で、近くに宿があるのですが、そこに数日間滞在できます。その間にあなた達のこれからを決めていただきたいのです」


 と言った。


 「一体私達はどうすれば良いんだ?」

 「ええと、あなた達には三つの選択肢があります。一つ目は、自分達で事業を立ち上げる、2つ目は、どこか別の所で働くか、もう一つは、このギルドの一員になるか、です」


 僕はアミアルを見て、訊く。


 「どうする?」

 「もちろん、一つに決まっているだろう」

 「そうだね」


 僕は頷いて、ミルカに向き直った。


 「僕らは、ここで働くよ」

 「はい、ではこのまま受付を済ませましょう。名前はわかったので、このギルドのメンバーを証明するパスポートを発行しますので、少々お待ちください」


 というと、ミルカは奥の方に入っていった。




 少し待つと、ミルカは手帳のようなものと何かハンコのようなものを持ってきた。


 「これがパスポートとなります。これは通行証も兼ねているので無くさないようにしてくださいね」


 へぇ、これがパスポート……一番最後のページには僕の名前が記入されていた。


 「ですが、このままでは効力は発揮しません。ここにあなた自身で判子を押すことで初めてパスポートとして使うことができます。では、ウェルズ様からどうぞ」


 パスポートとハンコを差し出される。ハンコを持つと、少しだけ魔力が触れたのがわかった。おそらく自分とハンコの魔力の波長を比べて合致していれば本人だ、ということだろうね。僕はしっかりとインクをパスポートに押し付けた。


 「ではアミアル様……」

 「えっと、届かないのだが……」

 「あー、すみません……」


 アミアルが僕を見上げてくる。そんな顔をしないでくれ……


 「仕方ないなぁ。よっこい……しょ!」


 アミアルを持ち上げてあげる。アミアルもハンコを押した。


 「ありがとうございます。このギルドの仕組みやルール、依頼の受け方は全てパスポートの中に記入してあるので読んでおいてください。では、宿のチェックインなどは全てこちらで手配しておきますので、印をつけた地図を渡しますのでそこへ向かってください。パスポートを見せれば通してくれると思いますので、よろしくお願いします」

 「わかった」

 「ありがとう」


 僕達は建物を出た。


 「さて、僕らは明日から依頼を受けることにしよう」

 「そうだな、今日は疲れた。しっかり休むとしよう」


 地図を頼りに宿に向かった……





 「ここ……かな?」

 「ここ、だな……」


 僕らは宿(と思われる)建物の前にいた。

 ホントにこれ、宿なの? 壁の塗装も剥がれかけているし、ところどころにヒビが入っている。今にも倒れそうだ。


 「とりあえず、入ってみるしかないね……」


 僕らは意を決して建物に入るのだった。


 「ようこそいらっしゃいました」

 「………」


 僕達は言葉を失っていた。

 とても、綺麗だ。外装からは到底予想できないほど整えられている。床には上質な絨毯、天井からは見るからに上品そうなランプが吊り下げられている。

 内装にこんなにお金をかけられるなら外も整えた方がいいのでは……?


 「いかがしました?」

 「あっ、すっ、すみません。僕達こう言ったものなんですけど……」


 僕とアミアルはパスポートを見せた。


 「ああ、ウェルズ様とアミアル様ですね。話は伺っております。こちらが鍵でございますので、ごゆっくりお寛ぎください。お食事は2階です」

 「ありがとうございます。よし、行こうかアミアル」

 「そうだな」


 僕達は鍵に掘られた部屋番号のところに向かった。




 鍵を開けて部屋に入ると、部屋の手前の方に簡単な椅子とテーブル、奥にベッドが二つある木造の簡素な部屋だったけど、これまた居心地良さそうな部屋だった。


 「早速ご飯にしようか」

 「時間もちょうどいい、そうしよう」


 僕らは階段を登った。




 「たくさん人がいるなぁ」


 食堂に着くと、たくさんの人で賑わっていた。簡素な鎧を身につけていたり、剣を腰に下げている人がたくさんいる。


 「ここはギルドの冒険者が多いようだ」

 「そうみたいだね。じゃ、僕らも行こうか」

 「ああ」


 ここの食堂は食べ物ごとに別れているらしく、食べたいもののところにに行って受け取る、という仕組みになっているようだ。1人1つまでしか受け取れないらしく、受け取るには券が必要らしい。券は必要分だけ部屋に置いてあった。


 券を一枚持ってステーキのところへ向かう。


 「一つお願いします」

 「はいよ」


 券を一枚差し出す。すると、厨房のおばちゃんはそれを受け取ると、料理人に「ステーキ一丁!」と告げた。


 「はい、お待ちどうさま」

 「ありがとうございます」


 木の板に乗った鉄板の上で美味しそうな音を立てるステーキを持ちながら席へ向かう。


 「アミアルはカレーにしたんだ」

 「ああ。私の大好物だからな」


 ふーん、アミアルの好きな食べ物はカレー、っと……頭の中にメモをしておこう。


 「さて、いただくとしようか」

 「そうだね」


 いただきますをして、ステーキにナイフを入れる。ありがたいことにナイフとフォークの使い方の記憶は残っていた。

 一口サイズの肉を頬張る。


 「ほ、ほいひい……」

 「ん? なんだって?」


 おいしい、と言おうとしていた。

 本当に美味しい。焼いた時に出ていってしまうはずの肉汁がしっかりと閉じ込められている。味付け方法が違うのかな、今度色々と試してみよう。


 「これ、本当に美味しいね。今まで食べてきたのとは比べ物にならないよ」

 「それはよかった……が、記憶を失ってからステーキを食べたの、これでまだ2回目だぞ?」

 「あ、バレた?」


 そんな感じで和気あいあいと食事をしていると……


 「おいおい、子供連れでここに来るなんて、珍しいもんだな」


 と声がした。振り向いてみると、体つきの良さそうな半袖の身軽な男が僕らを見ていた。


 「いや、僕らは親子じゃないよ。同じギルドのメンバーさ」


 男は少し黙る。その直後、


 「は……はははっ! お、お前らみたいなのが、ギルドのメンバー! 笑わせないでくれよ!」

 「何かおかしなことでも?」


 アミアルも会話に加わった。


 「お前ら、そんな格好で戦おうってのか? ギルドナメすぎだろ!」


 まだその男は笑いが収まらないようだ。挙げ句の果てには「おい! こんなやつがギルドのメンバーだとよ!」と周りに叫んでいる。いつのまにか僕達の周りには人が集まっていた。


 「そんなみすぼらしい格好でまともに戦えるわけないだろ」


 とか、


 「まさかそこにいるちびっこもメンバーか? 冗談も程々にしろよ」


 などと口々に言っている。


 「コイツら……一旦シメるか?」


 アミアルが小声で訊いてくる。今にも魔法を発動しそうだ。


 「いや、ここで事を起こさない方がいい」

 「でも……」

 「いや、大丈夫だ」


 アミアルが不思議な顔をしたところで……


 「お前達、何をしている」


 と聞き慣れた声がした。


 「ぜ、ゼイラン様!? どうしてここに!?」

 「何をしていると言っているんだ」

 「は、はい、このギルドに無防備の格好で入ろう、と言う者が現れまして……」

 「ふむ、話を聞こうではないか」


 ゼイランが一歩僕らの方に進むと、一気に人々が横に移動し、僕達までの道ができた。ゼイランが僕らを見ると、


 「ああ、お前達だったのか」


 と少しだけ目を丸くした……ような気がした。


 「うん、僕らもギルドで働くよ」


 ゼイランを見上げて自信たっぷりに言う。


 「な、ゼイラン様になんて口を!?」


 と言う声が聞こえてくるけどそれはスルーする。


 「そうか……歓迎するぞ。だが、確かにその格好では心許ない。お前達に簡単な鎧と装備を新調してやる」

 「本当に?」


 ゼイランは頷くと、


 「ああ。鍛冶屋ギルドの方に話をつけておく。……だが、ギルドに入るからにはきっちりと働いてもらうからな。いつかこの借りも返してもらうから、そのつもりで頼むぞ」


 と少しおどけた様子でそう言った。


 「期待しておいてよ」


 僕も少し笑ってそう返した。


 「はは、そうだな。ここにも慣れただろう、しばらくはここで過ごすといい。そして、お前達」


 ゼイランが振り向いて男達を見る。


 「コイツらは期待の新人だ。仲良くしてやってくれ。では、ウェルズ、アミアル、また会おう」


 と言うと、出ていってしまった。

 あの人、一体何者なんだ……?


 「ウェルズ、と言ったな? お前……ゼイラン様とどんな関係なんだ?」


 さっきの男が聞いてくる。


 「うーん、僕の友達、かな?」

 「な、なんだとっ!?」


 そんなに驚くことかなぁ、結構良い人なのに。


 「あんなやつがゼイラン様と友達……?」

 「そんなことがあり得ていいのか……?」

 「いや、でもゼイラン様はコイツらと気さくに話していらっしゃったし……」


 と言う声がちらほらと聞こえてくる。


 「まあ、そういうことだよ。君も僕と仲良くなろう」


 と手を差し出すと、


 「ふ、ふざけるなっ! お前とは仲良くならん! 俺はもう出るぞ!」


 と言って食堂から出ていってしまった。その後も僕達に絡もうとする人は現れず、僕らは充実した夕食を楽しんだ。

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