Section16 〜主との対面?〜

 階段を登りきると、ダンジョンに入ってばかりの頃とは比べ物にならないほど豪華な様子だった。等間隔で並べられた灯籠に火が灯っていて、壁もただの岩ではなく大理石に変わっている。


 「雰囲気が変わったな……」


 アミアルが周りを見渡す。


 「そうですね……豪華になって尚更空気が重みを増したように感じます」


 メニアも注意深く通路を観察している。

 やっぱり、このダンジョンを作った人が待つ部屋に近いのかな……気を引き締めていかないと。

 そして、しばらく通路を進んだところで……


 「これは……」

 「扉?」


 僕達の前には金で縁取られた木の大扉があった。


 「この先に主が?」

 「いや、でもおかしい。この扉の向こうになんの存在も感じない」


 アミアルが扉に手を当てて首を捻る。


 「扉が存在感を遮断するものというのは?」


 僕がそう訊くと、アミアルは首を横に振った。


 「その説もないことはないが、ほぼあり得ないだろう。向こうに大きな部屋があるのはわかる。だがさっきも言った通り気配からして誰もいないんだ」


 うーん、一体どういうことなんだろう……


 「とりあえず、開けてみませんか? 何かいたらその時はその時ですし」


 メニアの提案も一理ある。しっかりと準備をして警戒しながら扉を開ければ僕達なら対処できるだろう。


 「そうだね……行こう」


 扉の前まで歩いていき、手をかける。

 手前に引っ張り、扉を開けると……


 「え……?」

 「これって……」


 そこには、だだっ広い部屋の中に無数の扉が並んでいた。

 床が何層かに分かれていて、各層に扉が立ち並んでいる。右も左も同じ。壁一面が扉だった。


 「ひ、広すぎませんかぁぁぁぁあー!?」


 メニアの絶叫が部屋に響き渡る。


 「これ……手分けする?」

 「手分けしてもキリがなさそうですよこれ……」


 確かに扉が多すぎる。3人ではどうしようもないような気がする……

 ふとここでゼイラン達のことを思い出した。


 「あの人達、今どこにいるのかな」

 「そうだな。確かに心配だ。無事だと良いんだが……」

 「きっと再会できますよ。今もここのどこかで頑張っているはずです」


 そうだね、僕達も負けてられない……って、あれ?


 「メニアって、僕達がはぐれる前のことって知ってたっけ?」

 「え? 知らないですけど……あ」


 メニアが口元を両手で覆った。それを見て僕達が首を傾げる。


 「どうしたの?」


 と僕が聞くと、メニアは首をぶんぶんと横に張って、


 「い、いえいえ! なんでもありませんよ……さあ! 気合い入れていきましょう!」


 と言うと、先に行ってしまった。


 「あ、ちょっと、待ってよ〜」

 「まだこれからどうするかも決めてないんだぞ!?」


 と僕達は慌ててメニアを追うのだった。





 結局、僕らは手当たり次第全ての扉を開けるハメになった。

 ハズレの扉には罠や魔物がいたけど、僕とアミアル二人でなんとかなった。

 そして、あたりの扉を開けると、黄金の通路が僕達を待っていた。


 「はあ、はあ……やっとあたりだ……」

 「疲れた……」


 その頃には僕達はもうヘトヘトで、平気なのはただ見ていたメニアだけだった。


 「す、少し休みません? ほら、主の部屋まで近そうですし」


 メニアの提案だ。確かに一面黄金の壁、天井、床があり、さっきまで暗かったのが逆にもう眩しい。もう目の前と言っても差し支えないんじゃないかな?


 「そうだね、少し休もう……」


 と、そこら辺の壁に背を預けて座り込もうとした時……


 「なるホど、あノ扉の間を突破シたか」


 という声が聞こえてきた。


 「えっ……?」

 「誰ですか? あなたは?」


 とメニアがその声に尋ねる。


 「オや、生きていたノか。もう随分前にここニ閉じ込めラれてイたから餓死スるかアイツらノ飯にナっていタと思っタぞ」


 帰ってきたのはそう嘲るような声だった。

 それに対してメニアはふふん、と胸を張った。


 「大丈夫ですよ。今はこの2人がいるので!」

 「え、結局僕達頼み?」

 「……なるほドな。ならバ試してみよウではなイか。お前達の力ノ程を」


 と言ったと思うと、いきなり僕らを謎の浮遊感が襲った。


 「な……なんだっ!?」

 「何だか浮いているような……」


 そして次の瞬間、僕達はいつの間にか広い部屋の中にいて、目の前には椅子に脚を組んで座り、アームレストに肘を突き、その腕の手の上に頭を預けた人の姿があった。いや、これはおそらく魔物だ。

 壁はさまざまな高級な素材で飾り付けられていて、


 「玉座の間ヘヨうこソ。僕ノ名はミラルザ。しっかリと頭ニ刻み込んでおクれ」

 「お前がすべての元凶だな?」


 アミアルが一歩前に踏み出しながらミラルザと名乗った魔物に問いかける。


 「元凶とハ人聞キの悪い。僕はタだこノ地に大きナ家を建てタだけニ過ぎなイ。誰も殺してはイないし何の迷惑モかけていナい」

 「………」


 アミアルは黙り込んでしまった。

 確かに、ミラルザはダンジョンをここに造っただけで、誰かを率先して襲ったわけでは全くない。そう言う意味ではミラルザに罪はないんだ。


 「そっチの方が非はアるのでハないか? 他人の家ニ勝手に踏み込み、荒らシていく。それはお前達人間の世界では裁かれルべきこトなのデはないノか?」

 「くっ……」


 アミアルも反論できないでいる。


 「……マあ、そのこトはいい。お前達は何ノためニここに来たンだ?」

 「僕達はこの森に急にできたダンジョンの調査に来たんだ」

 「ふむ、で、ここニある宝や物資などヲ奪い帰るンだな」


 ミラルザが顎に手を当てて言う。僕はそれに対して両手を振った。


 「いやいや、そんなことはしないよ。……君が変なことをしない限りね」

 「え、最後怖くないですか?」


 メニアが目を丸くしながら僕のことを見る。

 え、怖かった? 別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……


 「変なこト……とは?」

 「そうだね……じゃあ、僕達の仲間はどこにいる?」


 そう僕が聞くと、ミラルザはピク、と動いた。


 「何か心当たりがありそうだね」

 「……奴らハこコにイる」


 ミラルザが左手を挙げると、床に倒れたゼイラン達の姿が現れていた。


「ゼイラン!」

「コイツらハ愚かだっタ。この僕に真正面かラ挑もウなんテ」


床に転がるゼイラン達を見下ろしながら哀れむようにミラルザが呟く。


 「……なるほどな。お前を倒す理由ができたわけだ」


アミアルがミラルザを睨みつける。


 「ゼイラン達を取り戻すぞ!」


 そう言うと、アミアルは早速炎の弾をミラルザに向かって飛ばした。それはミラルザが腕を少し振るだけでかき消された。


 「なるホど、こノ僕に挑むといウことか。いいだロう、場所を変エよう」


 途端にまた僕達を浮遊感が襲い、気づけば大きな空間に来ていた。


 「さあ、はじメようでハないか」


 とミラルザが指を鳴らすと、大量の魔物がミラルザの背後に現れた。


 「さっきノよりも強くナってイるから覚悟すルといイ。行け」


 ミラルザの合図で一気に魔物共が襲いかかってくる。


 「数が多くないか!?」

 「同感!!」


 この量、捌き切れるか!? メニアを守りながら戦わなければならないからさらにハードルは高い……

 くっ、考えている時間はないか……とりあえず戦うぞ!


 まずは先陣を崩そう。一番先頭にいるやつを光の刃で斬り裂き、その後ろにいたやつをアミアルの魔弾が撃ち抜く。

 そんな感じで一体一体確実に、かつ効率のいい方法で戦っていたんだけど……


 「くそっ、ダメだ、捌ききれない!」

 「どんどん押されていく……」


 メニアにも当たってしまうからアミアルも大規模魔法は使えない。だけど魔物はどんどん増えていく……このままじゃいつか押し負けてしまう……

 ふと、僕の頭にひとつの考えが浮かび上がった。

 今スリッパの先端から伸びている光の刃、それをさらに伸ばす。

 すると、光はどんどん長くなっていき、弾力性を帯びるようになった。

 これは……光のムチだ!


 「皆、しゃがんで!!」


 僕の一声でアミアルとメニアが頭を抱えてしゃがみ込む。僕は思い切りスリッパで魔物共を薙いだ。

 『打撃力Ⅱ』を載せた僕のムチはうなりを上げて魔物に襲いかかる。魔物はそのまま雪崩のように僕のムチになぎ倒された。

 ダンジョン内が静寂に満たされる。僕は光をスリッパの中に戻した。


 「……ほウ、思った以上にやるヨうだな。本来こコで疲弊した所を捉エてやろうかト思ったが、計画を変更すること二なりそウだ」


 ミラルザが1歩前に出る。


 「メニア、君は隠れていて」

 「はい……」


 メニアから返事は返ってきたものの、動き出す素振りは見せない。


 「……メニア?」

 「あ、ひゃい! すみません!」


 僕が名前を呼ぶとメニアはビクッとして噛みながらも返事をし、遠くに離れていった。

 よし、これで戦いに集中できる。


 「さあ、待たせたね、始めようか」

 「ふん、威勢がいイのも今のうチだ。お前達も奴らト同じ運命を辿るコとにナる」

 「行くぞ、アミアル!」

 「おう!」


 僕達はミラルザに向けて思い切り踏み出した。


 「さア、僕の攻撃ヲ避けられルかな?」


 ミラルザが僕達に両手を突き出す。そこから魔弾が飛び出してくるのかと思いきや……


 「……! 下だ!」


 アミアルが叫ぶ。それとほぼ同時に僕は左に、アミアルは右に跳び退いた。すると、さっきまで僕達がいたところの床からいきなりブロック状のものが飛び出してきた。


 「危なかった……ありがとうアミアル」

 「ああ、次は気をつけろよ」


 なんだありゃ!? こんなの初見で避けられるわけないよ! アミアルには大感謝だなぁ……

 恐らく、このダンジョンはミラルザによって造られたものだから、構造や地形はアイツの思うがままなんだろうね。さっき僕達が深淵に落とされたのもそれができるからに違いない。


 「おオ、今の攻撃を避けるルとは。なラばこれはドうだ?」


 今度は壁の両サイドから僕達目掛けてブロックが飛び出してくる。僕は『打撃力Ⅱ』を使ってブロックを打ち砕き、アミアルは衝撃波を発生させてブロックを破壊する。


 「っ、後ろだ!」


 咄嗟に背後を『防護障壁』で守る。すかさずアミアルが衝撃波で砕いた。

 

 「なカなかやルではなイか。やハりお前達は僕のコレクションに加わるのにちょうド良い」


 ミラルザが感服したように呟く。


 「コレクション?」


 僕は気になってミラルザに聞き返してみた。


 「そう。僕はコのダンジョンを作る前かラ人間どモを集めていた。殺さないヨうに慎重に倒してカら僕の住処に持って帰っテいたノさ。そシて、我が同胞を殺した罪をじっくリと苦しみナがら味わっテいくのさ……今隠れているその娘も、死にかけテいるとコろを回収シてから存分にいたブってやロうと思ったんだガな……あぁ惜しイ」


 僕は告げられた事実の恐ろしさと、恍惚な表情を浮かべながら喋る魔物に対して思わず身震いをした。恐らくこの会話を聞いているだろうメニアも顔を真っ青にしているに違いない。


 「そんなことが……許されるとでも思っているのか!?」


 またもやアミアルが食ってかかる。


 「罪もナい魔物を殺しタのだ、報いを受けるノは当然のコとではなイか?」

 「いいや、違う。私達は罪もない魔物を殺したりはしない」


 アミアルが胸に手を当ててそう告げる。


 「世の中には魔物共の被害を受けている人がいる。その人達の依頼を受け、人々を困らせている魔物を倒しているだけだ」

 「なんダと? 罪を我らの同胞になスりつケるというノか!?」


 ミラルザのオーラが増した……?


 「絶対二お前達は許さない。我が同胞ノ無念、必ず果たしテやる!」


 まずいまずい、怒らせちゃった!?

 でも、こっちも許せない。自らの目的の為に平和を脅かす魔物を正当化して人間を悪とみなすなんて、そんなことを認めることはできない。


 「「「行くぞ!!」」」


 僕達は同時に動き出した。

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