Section15 〜深淵からの脱出〜

 巨大虫ゾーンを抜け、通路を明かりで照らしながら進んでいく。


 「これ、本当に上に出られるのか……?」


 アミアルが不安そうに訊いてくる。


 「大丈夫だよ。絶対に戻れる道があるはずさ」

 「そうですよ! 可能性を捨てちゃいけません!」

 「はあ、能天気が一人増えたな……」


 僕とメニアの答えに、アミアルがため息をついた。


 「ほらほら、明るく行こうじゃん? ただでさえ暗いダンジョンなんだから暗い話ばっかりしてちゃだめだよ」


 と僕が謎理論を披露していると……


 「えっ?」

 「ん?」

 「あっ……」


 唐突に僕達の前に壁が現れた。


 「こ、これまさか……」

 「行き…止まり……」


 そんな、ここまで来て行き止まり!? そんなバカな!?


 「……仕方ないです、行き止まりは行き止まりですし……一旦あそこに戻りましょう」


 とメニアが振り返ろうとしたところで、


 「いや、ちょっと待った」


 とアミアルがそれを制止した。


 「どうしたのアミアル?」

 「この壁の向こうに道があるのかもしれない……しかももうあそこには戻りたくない」


 アミアルが言ったことの最後の方は声が小さくて聞こえなかった。


 「え〜? そんなことあるの?」

 「絶対にある」


 そこまで断言する何かがあるのかな……でも、とりあえずアミアルの感覚に頼るしかない。

 アミアルは壁のところまで歩いていくと、壁に手を当てた。壁に刻印魔法陣が現れる……


 「……あったぞ、向こうに空洞が」

 「本当に!?」

 「ああ、間違いない」


 マジか……本当に空洞があったなんて……


 「でも、どうやって行くんですか? 向こうに空洞があるとしても壁がありますし……」


 とメニアが顎に手を当てたところで僕はフフン、と笑った。


 「みんな、ちょっと下がってて」


 僕の言葉に一人は「またか」という顔、もう一人は不思議そうな顔をして後ろに下がった。


 「こういう時にもこれを使う」


 とまた僕はスリッパを取り出し、壁から少し離れる。

 靴を脱ぎ、本来のスリッパの使い方をするかのようにそれを右足につける。

 スリッパを履いた足を思い切り後ろに振り上げ……


 「頼んだよっ、スリッパ!!」


 蹴飛ばす要領で壁に向かって思い切り飛ばした。スリッパが壁に激突する……

 『打撃力Ⅱ』の威力はやっぱり凄まじかった。轟音がしたかと思うと、固いと思われた壁が木っ端微塵に砕け散ったんだ。ヒュオオ、と風が僕達の横を通り過ぎる。


 「………」

 「………」


 アミアルは呆れた様子、メニアは開いた方が塞がらないと言った様子だった。


 「どうしたの? 行かないの?」

 「あ、わ、はい! 行きます!」


 メニアが我に帰ったようにそう答えるので、僕は頷いて靴を履いた後、壁の奥へと進んでいった。やれやれと首を振りながらアミアルもついてくる。


 「ウェルズさん、あれって一体なんなんですか!?」


 歩いている途中、メニアがそんなことを聞いてきた。


 「えーと、僕のスリッパの能力の一つ、『打撃力』さ。それを使うと一撃あたりの威力が上がる」

 「上がりすぎじゃないですか……」


 メニアもげんなりしてしまった。


 「まあ、最近さらに強くなったからね。他にもまだまだあるから楽しみにしておいて」

 「まだあるんですか……?」


 メニアの「ええ〜?」といった感じの反応に僕はふふ、と笑った。


 「さて、その話は後にして……もうそろそろ出口なんじゃないかな」

 「えっ?」


 前を見ると、何か上に続く階段があった。


 「あれが上に続く出口なのか?」

 「やっと出られる……」


 と僕達が階段を登ろうとした時、


 「ここから先は通行禁止だ、死に損ない共」


 という声が後ろから聞こえてきた。振り向くと、鈍色のローブを着て長い杖を持った白髪の老人が立っていた。


 「お前は誰だ?」

 「フン、死に損ないに聞かせる名などない。お前達はここで潰えるのだ。このバルファによってな」

 「なんだと? ……というか、今名前言わなかったか?」


 確かに今「バルファ」って言っていたような……


 「だからお前達に聞かせる名などないと言っているだろう」

 「じゃああの『バルファ』というのは……」


 とメニアが尋ねると、


 「なんだと!? なぜわしの名前を知っている!?」


 なんて驚きだした。なんなんだこの人……


 「……フン、まあ良い。どうせここで絶えるのに変わりはない」

 「口で言ってるだけじゃなくて、やるなら早くしたらどうだい?」


 僕も負けじと言い返すするとバルファは少し目を開いて、


 「……ほう、なかなか言うではないか。では早速始めていくとしようか」


 と言うと、杖を床に突いたすると、バルファの足元から赤色と青色の光が出てきて、それは人の形を取った。顔はない。


 「まずは肩慣らしだ。行け」


 赤いのがどこからともなく剣を取り出し、走ってくる。青い方はまだ動かない。


 「僕がやるよ」


 スリッパ片手に一歩踏み出す。

 大振りの剣を受け止め、押し返す。赤いのは半歩下がると横向きで剣を振った。

 それを弾き、すぐさま胴体を光の刃を出したスリッパで斬りつける。すると、なんとその赤いのは宙返りをして避けて見せた。


 「なるほど、簡単にはやらせないよ、とね」

 「当たり前だ。力の程もわかった。お前も行け」


 青い方は本のような物を取り出した。


 「行けるか、アミアル!?」


 袈裟斬りの要領で振り下ろされる剣をいなしながらアミアルに向かって叫ぶ。


 「ああ! 問題ない!」


 アミアルは頷くと、すかさず刻印魔法陣を展開した。


 「ほお、見たことのない魔法ではないか。どのような効果があるのか楽しみだ」


 アナタ何もしてないでしょ……というツッコミを飲み込みながら剣とスリッパを合わせる。

 もうそろそろ決着をつけないと。いつまでもここにいるわけにはいかない。

 僕は光の刃に『打撃力Ⅱ』を乗せ、敢えて赤いやつの剣を叩いた。威力に耐えきれず、剣が手から飛ぶ。

 その隙を見計らって『打撃力』を『シャープネス』に切り替える。そのまま赤いやつの胴体を真ん中から斬り裂いた。

 赤いやつの身体が崩れていく。そして、そのまま消えてしまった。

 さて、早くアミアルに加勢しよう。

 とアミアルのところに向かおうとした時……


 「!?」


 いきなり炎の玉が飛んできて、身を後ろに引いて避ける。


 「行かせんぞ」


 今の攻撃の主、バルファが杖を僕の方に突き出している。

 そんな……今戦いに入ってくるのか。つくづくよくわからない人だ。

 僕はバルファと向き合った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は今青いやつと激戦を繰り広げていた。

 結論から言うと、実力は予想以上だった。

 思わぬ角度からの攻撃、申し分ない威力、そして速さ。

 つまりバルファ本人はこれよりも強いはずだ。

 早く決着をつけなければ……


 「っ……」


 また死角からの氷柱攻撃だ。スレスレのところで避ける。お返しの炎弾攻撃。

 ……やはり防がれるか。

 まあ力の程はわかった。早く決着をつけよう。

 同時に二つ刻印魔法陣を展開する。そこから炎が噴き出し、青いやつはそれを難なく防いだ。

 が、それはフェイクだ。こっそり下に展開していた刻印魔法陣から鎖が青いやつの動きを封じる。

 そのまま広げた手をそいつに向けると、刻印魔法陣が青いやつの周りにいくつか現れた。


 「……じゃあな」


 そのまま手をぐっと握ると、幾つもの超高温の光の線がそいつを貫いた。青いやつは身体が崩れていき、そのまま消えてしまった。

 早くアイツの援護に行かなくては……

 赤いやつと戦っているであろう私の相棒に向かおうとしたその時、


 「な……なん、だと……?」


 私の相棒であり私のパートナーはバルファの目の前で倒れていたのだった……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 僕はバルファの魔法を避けながら打ち返しながら戦っていた。

 でも、なかなかの実力だ。隙が全然見つからないし、しかも近づけない。


 「ふっ!」


 何とか一瞬の隙を見計らって懐に飛び込み、スリッパを振る。バルファはそれを杖で防いだ。

 そう、この老人、杖が強い! さっき『シャープネスⅠ』を使ってみたところ全く効果がなかった。

 さらにこの身のこなし。普通に身長の高さより高く跳んだり、空中で回転したりしている。この人、本当に老人か?


 「甘い、甘いぞ! 我が使い魔を倒したとはいえこの程度ではわしには勝てん!」


 距離をとったバルファの杖の先端から冷気が噴き出す。それを食らうと凍らされてしまうので、何とか横跳びで避けた。


 「おっと、そこは危ないぞ」

 「何を言っ……」


 途端に、僕の全身を何かが走り抜けた感覚がした。全身が強張り、動けなくなってその場に倒れる……


 「な、ん……? ま、さか」

 「ホッホッ、気づくのが遅すぎるぞ」


 痺れて動けない……いつのまにかバルファは床に魔法陣を描いていて、そこが擬似的な雷の床になっていたのか……

 これは……してやられた。


 「ウェルズさん!」


 メニアが走り寄ってくる。


 「く……るな!危険だ! 僕は……大丈夫だから」


 何とかそう叫ぶと、メニアははっとして、頷いてからまた安全地帯まで戻った。

 床に倒れたままの僕にバルファが近づいてくる。


 「さあ、もう終わりか?」


 ダメだ、どうすれば……今も僕の下で魔法陣は発動していて、僕の身体を痺れさせ続ける。

 と、その時、


 「バルファ! お前は許さない!」


 という声が聞こえた後、バルファがいきなり後ろに跳び、その直後、さっきまでバルファがいたところの床を魔弾が抉った。


 「アミ、アル……」

 「大丈夫か? 何があったんだ?」


 アミアルが僕のすぐそばで片膝をついて屈む。


 「だい、じょうぶ。とにかくバルファを……」


 とはいえまだ痺れている。動けるようになる目処がまだ立っていない。


 「でも、お前……」

 「僕も、後で、加勢す、る。だから……頼ん、だよ」


 アミアルは少し黙った後頷いて、立ち上がった。


 「ホホ、話は終わりか?」

 「お前はタダではおかないぞ。覚悟しろ」


 アミアルが刻印魔法陣を展開する。


 「良いだろう。だが、すぐに決着をつけるのも面白くない。ゆっくり楽しもうではないか」


 バルファも杖を構える。


 「「行くぞ」」


 刻印魔法陣からは炎が、バルファの杖からは風が飛び出してくる。それらはぶつかり、ダンジョンを揺らす。

 ……って、見てる場合じゃない! 僕も何とかしないと……

 とりあえず、この魔法をどうにかしないと。とはいえ、魔法を無効化する方法なんてわからない……

 ふとそこで僕が今着ている服を思い出した。

 アンテルイが言っていた『おまじない』……今はそれに縋るしか無い。

 僕は心の中で念じた。


 アンテルイさん、助けてください!!


 ……………

 身体が動くようになってきた。さらに、だんだん痺れもなくなってきて、僕は立ち上がることができるようになった!

 よし、これでいける! ありがとう、アンテルイ!

 僕はスリッパを掴んでバルファの元へ向かった。




 バルファとアミアルは熾烈な魔法戦を繰り広げていた。

 タイミングを見計らってバルファに斬りかかる。


 「なっ……貴様、どうやってわしの魔法を!?」


 ギリギリのところで僕のスリッパを避けながら僕に問う。僕はふ、と笑って、


 「これは……おまじないだよ。僕が今着ているこの服……贈り物のね」


 と答えた。


 「おまじないだと……? ふざけるな! たかがおまじないごときでわしの魔法が破られるわけがない! とんだハッタリを抜かした罰を受けるといい!!!」


 バルファが近距離で炎魔法を使う。僕は無駄のない動きでスリッパを杖の前に持ってきて、『防護障壁展開』を使う。障壁はしっかりと炎を防いだ。

 僕がバルファの目の前を通り過ぎたところにアミアルの雷攻撃がバルファを襲う。


 「なっ……」


 流石のバルファも反応しきれなかったのか、杖が吹き飛ばされた。


 「しまった……!」

 「そこだあっ!!」


 武器を失ったことに狼狽えるその隙を見逃さず、思いっきり足を踏み込んで向きを変え、バルファに迫る。


 「はああああっ!!!」


 僕は『シャープネス』を最大限に乗せた光の刃でバルファを袈裟斬りにした。


 「ぐはぁ………」


 そのままバルファは仰向けに倒れ込んだ。


 「……まさか、このわしを倒すとはな……」


 倒れたままバルファは口を開いた。


 「いいだろう、認めてやろうではないか。だが、少しだけ話を聞いてはくれないか」


 何かあるのかな? とりあえず僕達はその話を聞くことにした。


 「実は、わしはまだ生まれてから長くない」


 え!? でも「わし」って言ってるし、完全に見た目も老人だ……まあ確かにあんな身体能力を持っているから不思議だな、とは思ったけど。


 「わしは『外』の人間と会ったことがないのだ。まあ、だからなんだ、と言われたら終わりだがな。だが、お前たちは『外』の人間だろう?」


 僕は頷いた。すると、バルファはふ、と笑ってから、


 「まさかお前達が最初で最後とはな……まあいい。さあ、この階段を登るといい。この先には我がダンジョンの長が待っている」


 と言うと、目を瞑った。それからもう動くことはなかった。


 「ふー、勝った……」


 なんだかとても疲れた。多分僕達が戦ってきた中で一番強かったと思う。


 「お……終わりましたか……?」


 メニアがビクビクしながら出てくる。


 「うん。勝ったよ。だからもう安心して」


 と僕が言うと、彼女は僕達のところは走り寄ってきた。


 「お疲れ様です。さあ、早くここから出ましょう!」

 「ああ。次はついにこのダンジョンの持ち主と会うことになるだろうな」


 アミアルが階段の上を睨む。階段の上は闇に包まれていてよく見えない。でも、その先に何か大きい何かが存在していることを感じる。


 「よし……行こう」


 僕達は階段を登った。

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