Section14 〜深淵の中での出会い〜

 あれ……ここは……

 目を開け、上体を起き上がらせる。床は相変わらず冷たく、固い。

 確か、大型の魔獣を倒したあと、床が消えて……

 辺りを見回してみても、明かりがなく、暗い。

 光に反応して襲ってくる魔物がいないか不安だったけど、何も見えなければ結局意味がない。仕方なく魔法で光を灯した。

 ……広い通路だ。壁があることはわかるけど、僕の光が届かない範囲まで道が伸びている。

 上を見上げてみても、天井と呼べるものはなかった。スリッパを使っても届くのかさえわからない。どれだけの高さを落ちてきたんだろう……

 すると、


 「う……うう……」


 という呻き声が聞こえてきた。

 アミアル!?


 その微かな声がする方向に駆け寄る。そこにはまだ意識を取り戻していないアミアルが倒れていた。


 「アミアル、大丈夫か!?」


 とりあえず揺さぶるのはやめておいて、呼びかけるだけしてみる。


 「あ……? お前、は……?」

 「そうだよ、僕だよ!」


 アミアルが起きあがろうとするので僕もそれを手伝う。

 まだ意識が朦朧としているのか、何度か瞬きをしながら、


 「お前が、どうしてここに……?」


 と呟いていた。


 「さっき、床が消えてここまで落ちてきたみたいだ。怪我はない?」

 「……ん、あ、ああ、大丈夫だ。すまない」


 いきなりアミアルは目をぱっちり開けて僕を見ると、まともな答えを返した。


 「良かった……それで、ここはどこだろう?」

 「そうだな……どの高さから落ちたかもわからないし、他の仲間達の姿も見当たらないな」


 そう、不安なところはここなんだ。このダンジョンに一緒に来ていた人達が誰一人見つからない。今こうやってアミアルと話せているのも奇跡によるものなのかもしれない。


 「……さて、ずっとここにいても何も始まらないな。少し辺りを探索してみよう……うっ!」

 「アミアル!?」


 アミアルが立ち上がったところでまた座り込んでしまった。


 「ああ……落ちた時に足を痛めてしまっただけだ。すぐに治る……って、あれ?」


 アミアルが右足首に手をかざす。でも何も起こらない。


 「ど、どうして……」

 「さっきフェルベイストと戦った時、たくさん魔法を使っていたよね。多分それで消耗しすぎたんじゃない?」


 結構大規模な刻印魔法も使っていたはずだ。おそらくそれで魔力がたくさん持っていかれたに違いない。


 「ああ……それもあるだろうが、何か別の理由がある気がするんだ……」

 「別の理由?」

 「なんだか……私の身体の中に別の何かがいる気がする。それが何かはわからないが、そっちに魔力を吸われている気がする」


 アミアルが自分の胸に手を当てる。

 うーん、よくわからない。それは前カフィアが言っていた『情報』と何か関係があるのかな?


 「でも、このままだと進めないな……よし」

 「わ、ちょ、何する気だ!」


 アミアルの膝裏と背中を腕で支え、お姫様抱っこの要領でそのまま持ち上げる。


 「ほら、これで移動できるでしょ?」

 「………」


 アミアルはちょっとだけ顔を赤くして抵抗していたけど、すぐに落ち着いて僕に全身の力を委ねた。


 「よし、先に進もう」


 この先にゴールがあるのかどうかさえわからない。でも少なくともここに答えはない。

 僕は歩き出した。





 しばらく歩いていると、微かに音がするのがわかった。


 「おい、何かいるぞ」


 僕の腕の中にすっぽりと収まったアミアルが辺りを見渡す。僕も息を殺して音源の方向を探った。


 「……こっちだ」


 アミアルが指差す方向にゆっくりと進んでいく……

 アミアルが言った方向は正しかったようだ。音はどんどん大きくなっていき、その音が誰かがすすり泣く声だと分かるほどまでになった。

 さらに近づいていく……

 すると、そこには座り込んで泣いている少女がいた。


 「君、は……?」


 僕もしゃがみ込んで恐る恐る尋ねてみる。アミアルも痛む右足を庇いながら降りた。

 するとその少女は顔を上げてこちらを見た。

 金色の髪に僕が今魔法で発している光をよく反射するシルバーの瞳。歳は僕と同じか少し下くらいだろう。


 「たす……けて、くだ、さい……」


 その少女は途切れ途切れでそう言った。


 「な、何があったの?」

 「私は……少し前にここに迷い込みました……」


 その少女は説明を始めた。


––––––彼女はここの近くにある家住んでいて、いつもこのダンジョンがある森に来ていた。ある日、いきなりこのダンジョンが現れ、好奇心で入っていった。

 暗かったので壁を触りながら少しずつ進んでいると、何かを踏んでしまったような感覚がして、いきなり床がなくなった。そして、目覚めたらここにいた––––––


 「たまたまおやつを持ってきていたから少しは耐えられるけど、もうしばらくここに一人。お父さん、お母さん……」


 と、また泣き出してしまった。僕とアミアルは顔を見合わせた。


 「……どうする?」

 「そうだな、少し見てみよう。魔力も少し回復した」


 と、アミアルは少女に手を翳した。手のひらサイズの刻印魔法陣が浮かぶ……


 「……ああ、こいつは敵じゃない」

 「そっか……」


 謎の安心感が僕の胸を満たす。よし、そのことがわかれば後やることは一つだ。


 「よし、じゃあ着いてきて」

 「えっ……?」

 「ここから脱出しよう!」


 僕が手を差し出すと、少女は顔を輝かせた。


 「……はい!」


 少女は僕の手を取った。


 「僕はウェルズで、こっちがアミアル。君は?」

 「私はメニアと言います。よろしくお願いします」

 「うん。よろしく、メニア」


 僕とメニアが立ち上がる。いつのまにかアミアルは治癒を終えていて、立てるようになったようだ。


 「さて、行こうか」

 「そうだね」

 「はい!」


 仲間が一人増えた。これだけでもかなり心強い!

 僕達はまた進み始めた。








 もうどれくらい進んだだろうか。なんだかさっきまでの冷たくてツルツルした床じゃなくて、石レンガを並べたような床に変わっている。


 「なんだか、雰囲気が変わってきたな……壁もさっきの模様とはまた違っているぞ」


 本当だ。さっきは単調な幾何学模様だったけど、いつのまにか人のようなものがたくさん彫られている模様に変わっている。


 「もう少し先に何かがあるのかもね。注意して進もう」


 まだ今のところ罠という罠はない。でも油断は禁物だ。

 さらにそこから進もうとすると……


 「待ってください!」

 「えっ?」


 メニアの一言で僕達は立ち止まった。一旦メニアの方に向いていた視線を元に戻すと……


 「うわあっ!?」


 僕達の一歩先のところに床はなかった。

 恐る恐る中を見てみると……


 「なっ……!?」


 中にはたくさんの虫が歩いていた。でも、ただの虫ではない。普通のサイズの10周りも大きい昆虫が顎をがちがちと鳴らしていた。


 「な、な、なんだあれは!?」


 アミアルが僕にしがみつく。僕はバランスを崩しかけたけどなんとか踏みとどまった。


 「ちょっとアミアル、いきなりどうしたんだよ!?」

 「やめろ! 話しかけるな! どうしてこんなところに……うう……」


 どうしてこんなところに、というのはあの巨大虫のことかな?

 アミアルって虫苦手なんだ……と頭の中にメモしておいた。


 「あれ、メニアは大丈夫なの?」

 「問題ないです。いつも森に来ていますからね」


 とメニアは笑顔で言った。

 ああ、そうか。森に住んでいる生き物達と触れ合う機会が多いんだ。


 「でもこれ、どういうことなんだろう……」

 「これは予想なのですが、罠に掛かってしまった人の末路なんだと思います」

 「え!? この罠に掛った人はみんな虫になっちゃうってこと!?」


 と僕が目を丸くしてメニアに訊くと、


 「いやいや、そうじゃないです」


 と両手を振った。


 「おそらくここは罠の下……ここに来てしまった者は皆虫達の食糧になる運命を辿るでしょう。だから、私達も……」


 と、段々メニアの顔が青ざめてきた。


 「いや、大丈夫。僕達がいるからね。……まあアミアルはムシ苦手らしいけど」

 「いや、苦手なんじゃない! 虫を見ると思わず何かに抱きつきたくなるだけだ!」


 と僕の服に顔を埋めてモゴモゴ言っている。


 「それを苦手って言うんだよ……しかも結構ヤバい癖付きだし」


 僕が言い返しているところをメニアはぽかーんとして見ていた。


 「ああ、ごめん。今すぐここから離れたいよね」

 「……いいえ、そうじゃなくて、仲が良くて良いな、と」

 「えっ?」


 僕は思わずメニアをもう一度見た。


 「あっ、ごめんなさい。いきなりそんなこと言っちゃって。……でも、不思議ですよね、なぜかあなた方の会話を聞いていると不安なことも消えてしまいます」

 「う、うん、それは良かった」


 と僕がなんとか答えると、


 「そうですね……では、この状況をどうにかしないとですね」


 と少し微笑んだ後、メニアが前を向き直した。


 「うーん、どうする? 一旦戻る?」

 「さっきまでの道を見たところ、分かれ道もなかったので戻ってもあまり意味はないかと……」

 「そっかぁ……」

 「……あ、ちょっと見てみてください」


 メニアが虫達のいる窪みの向こうを指差す。見てみると、何か通路のようなものがあるのに気がついた。


 「あそこ……行けるかな?」

 「難しそうですね……どこか壁伝いで行けるところがあれば……」

 「いや、それは必要ないよ」

 「えっ?」


 僕のことを不思議そうにみるメニア。それに対して僕は得意げに笑って、


 「そんな時は、これを使うんだよ」


 と、ポケットからスリッパを取り出した。


 「え? それって……」

 「そう、スリッパさ」

 「? あの家で履くやつ……」

 「うん、そうだよ?」


 まだメニアは首を傾げている。


 「それを使って、どうするんですか?」

 「まあ見てて」


 僕はスリッパを通路の方へ思い切り投げた。


 「手を繋いで、すぐ!」

 「は、はい!」


 メニアが僕の右手を握る。

 僕はスリッパの方に手を伸ばす。

 僕達を、スリッパのところへ!

 次の瞬間、視界が変わり、目の前に窪みはなかった。代わりに後ろを振り返ると、さっきまで僕達がいた通路が見える。


 「こ、これは……」

 「そう。僕達は瞬間移動したんだ」

 「しゅ、瞬間移動!?」


 僕は頷いた。


 「僕のこのスリッパは特別なスリッパでね、いろんなことができるんだ」

 「特別って……瞬間移動できるスリッパなんて聞いたことありませんよ!」


 うん、でしょうね。聞いたことあったら逆にこっちが驚くよ。


 「まあ、これ以外にも色々できることはあるから、後で見せてあげるよ。とりあえず先に進もうか」

 「わ、わかりました……」

 「ほら、アミアル、虫さんはもういないから大丈夫だよ」

 「も、もういないのか……? って、また私を子供扱いしたな……」


 とアミアルはもう虫がいないことを確認してから僕から離れた。


 「よし、行こう」


 僕達は出口を探すためまた歩き始めるのだった。

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