Section 1 〜気づいたらよくわかんないところに飛ばされてた〜
そ、草原!?
「一体どういうこと!?」
『わからない……私が目覚めたのもお前が目覚める一日前……その時にはすでにこの家はここにあった』
なんだそりゃ!? つまり、誰かがわざとここに転移させたようなものじゃないか!
「とにかく、一旦外に出てどうなっているか見に行こう」
『そうだな。だが、私は意識のみの存在と成り下がってしまった……故に、私はこの中でしか活動ができない』
そっか……
「そういえば、君の名前は?」
『なんだ? 忘れたのか……っと、そういえば記憶を失っていたのだったな。私はアミアル。お前とかつて共に戦った仲だ……とまあそれはいい。とにかく、何が起こったのか把握してきてくれ。生憎、私はここから動けないからな』
かつて一緒に戦った、か……僕に何があったのかわからないけど、今はこの状況を飲み込むしかない。
とりあえず、外の状況を把握しておかないと。かなり不安だけど、ここにずっと閉じこもっていても何も始まらない。
扉を開けて、慎重に外に出る。顔を上げると……
「わあ……!」
僕の視界いっぱいにだだっ広い草原が広がっていた。気持ちいい風が吹き抜け、草を撫でる。
でも、誰もいない。思った以上にしんとしている。
これまた慎重に、いつでも家に逃げ込めるようにゆっくりと草原を歩く。
家の扉から右を向いて少しのところに森が見えた。そこはまた今度行くことにして、扉から真っ直ぐに進む。
家から少し離れたところで一旦振り返ってみると、そこには木で枠組みされたレンガ造りの家がぽつんと建っていた。
こうやって見ると、どれだけ草原が広いのか、どれだけ自分がちっぽけな存在だったかがよくわかる。
……って、変にしみじみしてる場合じゃない! まだ太陽は高く登っている。もう少し進んでみよう。
しばらく歩くと、何やら違和感を感じて立ち止まった。そして、よーく見てみると、ちょっとだけ景色が歪んでいるところがありその周りを小さな粒子がキラキラと舞っている。
「なんだろう……」
その歪みを見ていると、いきなりそれは光りだした。
「うわっ!?」
思わず後ずさる。でも、何か惹かれる感覚――手を伸ばせ、と言っているような感じ――がした。
恐る恐る手を伸ばし、その歪みに手を翳すような格好になる。すると、その光は僕に吸い込まれていった。
「……? なんだったんだ? 今の……」
手を戻してグーパーグーパーしても何も起こらない。
ふと、何かアイデアが湧いた時のようなものが僕の頭を貫いた。
そのアイデアのまま、僕は手を握りしめる……
「えっ?」
握りしめた手の中で、何かが光り輝いている。
それをそのまま前に突き出す。すると、その光は物質となって直線上に飛んでいった。
「わあ……」
初めてのようで、何故か懐かしい。確かこれは……
「魔法……」
そう呟いた途端、それがスイッチとなったのか、僕の頭の中が何かでいっぱいになった。
「!?」
思わず頭を押さえる。無理やり何かを頭に詰め込んでるみたいだ……!
しばらくその気持ち悪い感覚と格闘し、それが治ったところで僕は大きく深呼吸した。
「とにかく、一旦帰ろう」
アミアルなら何かわかるはずだ。僕はまっすぐ振り返り、家に帰った。
『なるほど……つまり、お前は魔力、そして魔法を取り戻した、という訳だ』
「うん。僕がその光を吸収して、魔法を発動したことで一部の記憶を取り戻したみたいなんだ」
でも、自分の名前についての記憶とか、今までの経緯の記憶はまだ取り戻してない……
「そういえば、アミアルは僕の名前を覚えてる?」
『それがだな……私もお前のことを覚えていないのだ。こうなる直前までのことは覚えているが、お前がどんな人だったのか、記憶がないのだ……』
そんな……自分が誰かわからないって、一番あってはダメなことなのでは……?
ふう、と家の天井を見上げる。そこで僕は辺りが暗くなっているのに気がついた。
「もう夜だ」
『そうだな。明かりはあるだろうか?』
そういえばそうだ。真っ暗になってしまってはまともに行動できない。
ランプはある。でも、明かりをつけるには燃料が必要だ。
そこで問題なのは、自分がその燃料をどこにしまったのかわからない、ということ。
結局探し回った結果見つからないまま真っ暗になってしまったため、僕の魔法で明るくすることにした。
「やっぱり魔法って便利だな〜」
魔法についての記憶を取り戻したとはいえ、まだ基本的な魔法しか思い出せていない。探検を進めていくうちに記憶を取り戻していこう。
「そういえば、ご飯はどうしよう?」
『私は必要ないが……』
まさか、燃料も見つからなかったってことは、食糧もないなんてことは……
あった。食べられそうなものは家中を探してもなかった。
「まずいよ、ずっとこんな状況だったら死んじゃうよ!」
『どこかで調達しなければならないな。まあ、身体を持たない私には必要ないが』
「いちいちそんなこと言わなくてもいいよ! 現実問題、どうする? 草原には何もいないし、食糧なんて……」
僕はふととあることを思い出した。
「そういえば、家から出て右の方に森があったな……そこならあるかな?」
『可能性はある。行ってみるか?』
「いや、今はやめておくよ。こんなに暗いと怖いしね。明日になったら行こう」
今夜は我慢するしかないか……
「じゃあ、アミアル、おやすみ」
『おやすみ』
僕は寝室に向かい、ベッドに潜り込む。
今日はいろんなことが起こった。でも、明日も忙しいぞ〜。
そんなことを考えながら、僕は眠りに落ちた………
『起きろ!』
「おわあ!?」
びっくりしたあ! なんだなんだ!?
「どうした!? 何かあったの!?」
『朝だから起こしただけだ』
なんだ……僕は深いため息をついた。
「もうちょっと優しく起こしてもらってもいいのに……」
『最初はそうしたさ。だが、なかなか起きないからこうしたのだ』
あ、そうなの……
「それはごめん」
『まあいい。だが、何か懐かしいような感覚がしてな。私達が記憶を失う前もこのように生活していたのかもしれないな』
そっか……これまでの生活を思い出せないのがもどかしい。早く記憶を取り戻したいな……
『とにかく、お前にはやるべきことがあるのではないか?』
あ、そうだった。食糧を調達しないといけないんだった。
「じゃあ、行ってくるよ」
『少し待て』
「ん?」
アミアルが何か言いたそうだ。
『森の中には何があるかわからない。護身用の武器でも持っていくといい』
「でも……武器という武器はないよ?」
『これがある』
と、何かが僕の方に向かってゆっくり飛んでくる。それは……
「スリッパ?」
『そうだ』
「……え? スリッパ?」
『そうだ』
「……え?」
スリッパって……武器なの!?
「もう一回確認していい? スリッパが、護身用の武器?」
『何度も言わせるな、そうだと言っているだろう』
………
「いやいやいや、冗談はやめよう? スリッパでまともに戦えるわけないじゃん!」
『私は冗談は言わない。それを使って食糧を調達するのだ』
ええ〜? スリッパが?
でも、彼女がそこまで言うならそうかもしれない。一応……戦えるのかもしれないし。
僕は浮かんでいるスリッパを手に取り、持ち上げたりひっくり返したりして見てみる。
なんの変哲もないベージュ色のスリッパに見える……
つま先が開いているタイプだ。まあこれは特に関係ないだろう。
「……じゃあ、行ってくるよ」
『気をつけてな』
僕はスリッパ片手に家を出た。
「確か森はこっちだったな……」
家から出て右の方に向かう。すると、見えた。たくさんの木が立ち並んでいる。
「ちょっと怖いな……でも、行くしかない! 僕の未来のためだ!」
わざと声に出して自らを鼓舞する。そのまま僕は森に突入した。
森は暗く、魔法で照らさないと見えづらいほどだった。
道中、いくつか木の実のようなものを見つけ
た。食べられるかどうかはわからないけど、とりあえすいくつか集めておくことにした。
そして、森に入ってしばらくすると、何か四足歩行の生き物に出くわしたんだ。
「あれは……」
自分で動いている。生き物で間違いないだろう。
猪? いや、それならもう少し身体が太いはず……って、どうしてそれは覚えてるんだ? いや、それは後だ。
少しずつその生き物に近づいていく……
その生き物が僕を視認した瞬間、
「ヴオオオオオオ!」
いきなり雄叫びを上げたと思うと、僕の方に向かって突進してきた!
「うわわわわ!?」
間一髪でそれを避ける。生き物は振り向き、僕を睨みつけながら「グルルルル」と喉を鳴らす。
まずい……完全に標的にされてる。どうすれば……
と考えたところで、自分の右手にスリッパを握っていることを思い出した。
……今はこれしかない。この
またその生き物が突進してくる。僕はそれを避けずに、真正面でスリッパを構える。
「はあああああ!」
スリッパを振り上げ、生き物の脳天にスリッパを……
振り下ろした。
スパーーーン!!!
スリッパから出たと思えないくらい小気味良い音が出たと思うと、生き物は勢いのまま地面に叩きつけられ、地面が陥没した。
あ……これ、死んだね。まさかとは思ったけどこれ程とは……
なんか、申し訳ないな。スリッパなんかで叩かれてやられるなんて、とこの生き物も思ったことだろう。
それはともかくとして、
「そもそも、これ……食べられるのかな?」
せっかく倒したのに、食べられなかったらもったいないし、尚更申し訳がない。
たしか、物の情報を調べられるものがあったはず……! 思い出せ、思い出せ!
「……これだ!」
動かなくなった生き物に向かって何かを摘むように親指と人差し指をくっつけた手を差し出す。そのまま親指と人差し指を開くと……
「やった! 成功だ!」
僕の目の前には光る板が現れた。
「えーっと……」
その板には次のような情報が表示されていた。
名称:不明
分類:生物
生息地:不明
生態:不明
含有成分:タンパク質、ミネラル、魔力晶その他
人間に有害な物質なし
特殊能力:なし
名前がわからない、か……そりゃあ仕方ないか。まだここは未開の地。知らないことしかないだろう。でも、この生き物の成分はわかった。十分食べられるぞ!
というわけで、木をスリッパで切って集めてから一旦家に帰ることにした。
「ただいま〜」
『帰ったか。どうだった?』
僕はその生き物を床の上に置いた。
「やったよ、アミアル! 食糧調達成功だ! スリッパも役に立ったね!」
『それはよかった。やはり物は見かけによらないな』
「そうだね。ごめんね、スリッパのことを馬鹿にしてて」
『いいさ、使えることがわかってもらえただけでいい』
さっきこの生き物を調べたみたいに、スリッパも調べられないかな?
生き物を調べた要領でスリッパの前に板を出す。
そこには……
名称:スリッパ
分類:武器
特殊効果:不壊、忠誠、シャープネスⅠ、打撃力Ⅰ、魔力貫通Ⅰ、防護障壁展開Ⅰ
え!? 強くない!? 壊れないってどういうこっちゃ!?
「『忠誠』って何?」
『『忠誠』とは、所有者が決定した後、その所有者の同意がない限り所有権が移動しない、という効果だ。所有権を持たないものが扱っても、特殊効果は発動しない』
わーお、壊れない上に攻撃力、防御力もある、さらにはその効果は持ち主である僕にしか使えないときたか。流石はスリッパ、いろんな認識が崩れそうだ。
「色々あったからお腹が空いたな。これを調理して食べよう!」
生き物を(スリッパを使って)解体し、寝室に向かって右、調理室と思われるところに向かう。
アミアルの指示に従ってかまどに食糧と燃料(さっき切ってきた木)を入れて中までしっかりと火を通した。
「よし! ステーキの完成だ!」
う〜ん、我ながら素晴らしい。いい匂いが僕の鼻を包み込んだ。
「いただきま〜す」
ナイフやフォークやらはなかったので手で持ってステーキにかぶりつく。
熱っ…でも、美味しい! でも、後何か足りないものが……
調味料だ。
「また今度色々試してみようかな。調味料があればもっと料理の幅が広がるぞ!」
この肉に含まれている『魔力晶』っていう物質のお陰でちょっと魔力も増えたようだ。
こんな生活も悪くない。このままここにいてもいい気がしてきた……
でも、そうさせてはくれないのが現実のようだ。
次の日の朝、何か嫌な予感がして窓から外を見てみると……
「ええっ!?」
草原には見たこともないような怪物がウロウロしていた。
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