Section2 〜平和な日常、即終了〜

 「な、何が起こってるんだ!?」

 『何があったのか?』


 そっか、アミアルは外の様子がわからないんだ。


 「外でよくわかんないやつらがあっちこっちを歩いてるんだ!」

 『それはまずいな。いつかこの家も危険に晒されるかもしれん』


 とはいえ、どうする? さっきちらっと見ただけだけど、数はかなり多かった。あんなのを一人で対処できるとは思えない……

 ここに立て篭もるか?

 いや、いつこの状況が改善されるかわからないし、次に食糧の問題が浮かんでくる。今この家にある食糧はあの生き物の残りのみ。あれではもう2日も持たないし、そもそも腐ってしまう方が先だろう。

 だから……僕は戦うしかない。大丈夫、僕には最強のスリッパがあるのだから。


 「じゃあ……行ってくるよ」

 『勝てるのか?』

 「うん……、僕にはこのスリッパがあるからね」


 僕は手に持ったスリッパを少し持ち上げる。


 『……そうか。ならば、生きて帰れよ!』


 僕はハハハ、と笑った。


 「大丈夫、やばかったら家に逃げ帰ってくるよ。そうしたら思う存分笑ってくれ」


 とだけ言って、僕は家から飛び出した。





 家から出た途端、化け物達は僕の方を向いた。

 早速気づかれた!

 よく見ると、化け物にはさまざまな種類がいた。四足歩行、二足歩行はもちろん、大きいもの、小さいもの、目の数が一つしかないものからたくさんあるものまであった。少なくとも容姿からはとても「動物」とは呼べないもの達ばかりだった。

 長い鉤爪を持った怪物が襲いかかる。爪をスリッパで弾き、胴体に思い切りスリッパでぶっ叩いた。そのまま僕の身体よりも高い怪物は吹っ飛んでいった。

 よし、これなら戦える!


 「グルグルグル!!」


 別の怪物がヨダレを垂れ流しながら殴りかかってくる。

 僕のスリッパは『シャープネス』がついている。それを利用して、その怪物の太い腕を斬り落とした。


 「グッ、グルルッ!?」


 ありえない方法で腕を斬り落とされたことに驚いているようだ。


 「ヤッ!」


 そのまま怪物を蹴り飛ばし、視界の端に映った後ろの化け物を叩き飛ばす。

 なんだか、懐かしいな……昔もこんな感じで戦っていたのかな……




 かれこれずっと戦っているが、全く数が減る様子がない。

 何かおかしい……どこかに秘密があるはずだ。戦闘をしながら、敵が増え続ける理由を探すことにした。



 理由がわかるまでそう時間はかからなかった。


 「なるほど……森の方から出てきているのか」


 そっちの方を早急に対処しないと埒が明かないな。

 よし、プラン変更!

 僕は戦闘を中断し、森の方へ向かうことにした。途中、邪魔をしてくる奴らもいたけど、そいつらはスリッパでどこかへ吹っ飛んでもらった。




 どこからアイツらは出てくるんだ……?

 森の中で身を隠しながら怪物達が向かってくる方向とは逆の方向に向かっていた。幸い化け物達は感覚は鋭くないらしく、葉っぱと葉っぱの間に隠れていれば見つかることはなかった。

 そして、僕は怪物の出所を特定することができた。


 「ここか……」


 葉っぱの中から頭を出す。そこには山のようなものがあり、その岩壁にぽっかりと穴を開けていて、度々怪物がそこから湧き出していた。化け物はこの中で生み出されているに違いない。


 「さあ、行こう」


 僕とスリッパは穴の中へ進んでいった。



 流石は洞窟。やっぱり暗い。

 魔法で灯りをつけながら黄土色の岩壁が延々と続く広い道を進む。幸い窪みも多くて見つかりそうになったらすぐに身を隠せた。

 思わぬところで罠があるかもしれないから、慎重に進まないと。

 罠は罠で本気を出してきた。


 「!?」


 ヒュッ、という音がして何かが飛んでくる気配がした。僕はそれを体を逸らすことでなんとか避ける。


 「うわっ」


 しまった! バランスを崩した!

 その場に尻餅をつく。

 それが何かのスイッチになってしまったらしい。いきなり僕の真下の地面が消えた。


 「う、うわあああああああああああ!!!」


 僕はどこまでもどこまでも落ちていった……





 「あー、いてて……」


 僕は頭をさすりながら上を見上げた。

 結構高いな……どうしてあんなところから落ちて無事だったんだろう……

 まさか!?

 僕は傍らに落ちているスリッパを見やる。そのスリッパは強い光を発していた。

 なるほどね、『防護障壁展開Ⅰ』が発動していたみたいだ。

 まさかスリッパに助けられるとは……強いとはわかってるけどやっぱりまだ意外感は消えないな。

 よっこいしょ、と立ち上がって周りを見渡す。

 おそらくこれは中から出ていくなら問題ないけど、外から入ってくる者に対して反応する物なのかな。

 さっき怪物が通った時に何も反応しなかったのに対して僕がきた瞬間罠が作動したのが第一の証拠だ。

 とりあえず考察は後にしてまずはここから出ないと。

 うーん、戻るにはこれを登らなきゃいけないらしい。

 壁を見てみても、ツルツルで掴んで登れそうもない。どうしたものか……


 「空を飛べる魔法なかったっけ……」


 今の僕の記憶にはそんな魔法はなかった。もしあったとしても、今の僕の魔力じゃなんともならないに違いない。

 このまま僕はここで終わってしまうのか……?

 そんなことを考えた時、それに応えるかのようにスリッパが光った。


 「え? スリッパ……?」


 何かできることがある、ということか?

 ……わかった。やってみよう。


 スリッパから情報が流れ込んでくる。

 僕はそれに従い、スリッパを落とし穴の外へ投げ込んだ。そして、目を瞑り、拳を握り込む……!


 「!?」


 何かを掴む感覚がした。そのまま目を開けると……


 「ええっ!?」


 なんと、僕は落とし穴から抜け、空中にいたんだ! さらに、右手にはスリッパを握っている。


 「って、うわあああ!」


 空中で姿勢を制御できず、そのまま僕は落とし穴の隣に墜落した。


 「ってて……僕のスリッパにこんな能力が……?」


 ちょっと情報を見てみよう。

 僕の武器に向かって光る板を出現させる。特殊効果の欄に『座標共有Ⅰ』が追加されていた。

 これって……瞬間移動が可能ってこと!? それは強すぎなのでは……?

 でも、せっかくその力を手に入れたんだ! 使わないわけにはいかないよ!

 僕はその力を使って洞窟内を超高速移動しようと試みた……



 が、それが無理だということはすぐにわかった。


 「あ゛〜、ぎもぢわるい……」


 そう。これ、とてつもなく酔いやすい。

 三半規管と視線と実際の動きが連動していないから当たり前、ということにすぐに気づくべきだった……


 「この力を使うのは緊急の時だけにしよう」


 一つ大きな深呼吸をして、僕は洞窟のさらに深いところへと進んでいくのだった。




 「ここみたいだ」


 少し広い所へと出ると、いくつかの穴ができているところがあった。化け物達はここから湧いて出ているようだ。

 ここで全員倒す? いや、これを見た所湧き出る数は限りないだろう。しかも、もう出てきているやつの数も知れない。

 ならば、穴を塞ぐ? それもダメだ。穴を塞ぐ方法もないし、塞ぐのに成功したところでまたそれが破られるのも時間の問題だ。

 やっぱり、湧き出る要因を潰さないと……


 「ガガオウ!」

 「えっ!?」


 いつのまに気付かれてた! まずい!

 今ので周りの怪物に僕を認知されただろう。みんなが僕を見て、雄叫びをあげたり前脚を上げたりしている。

 ここで戦ってもダメだ……いつか量で押しつぶされる! どこに逃げる……?

 あそこだ!

 少し高い所に窪みがある。そこに辿り着けば、なんとか……!

 僕は急いでスリッパを投げ上げる。

 届いてくれ……!


 「よし!」


 僕は『座標共有Ⅰ』を発動した。少しの抵抗感の後、一瞬で景色が変わる。


 「はあ、はあ……」


 翼を持った奴はいないみたいだ。

 逃げ切った……


 僕は大量の化け物とは反対の方向を向いた。何やら先に続いているみたいだ。

 行くか? それとも、一旦帰るか?

 ……いや、行こう。ここまで来てしまったらおそらくもう後には戻れないし、戻れたとしてもこの状況は改善されないだろう。


 「……よし、行くぞ」


 化け物に気づかれないように小さな声で言うと、僕はさらに奥へと進んでいくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 共に戦った、か……


 私、アミアルは事が起こる前の記憶を呼び戻そうとしていた。

 ……でもダメ。かろうじて思い出せるのは初めて会ったわけではないということ、死にかけたあの人を助るのと引き換えに自らの身体を失ってしまったということだけ。


 はあ。どうして自分のことは覚えているのに、あいつのことのみが記憶から抜け落ちてしまったんだ?


 ここまで来てしまった経緯もわからないし、わかったとしてもかつてのマリィスに戻れるという確信もない。もどかしさが自分の身体をむず痒くする。身体ないけど。

 その時、


 ドンッッ


 なんだ!?


 いきなり何かを強く叩く音がして、私はそちらの方を向こうと……した。でも自分は景色がわからないし、自分のポジションを変えることができない。それでも何が起こっているのかは把握できた。あいつが言っていた「化け物」がついにこの家を認知したのだ。


 よりによってどうしてあいつがいない時に……!


 叩く音はどんどん大きくなり、増えていく。壁が破られるのも時間の問題だ。

 まずい……この家が壊れて仕舞えば、私はもう意識すらも消失してしまうかもしれない。


 早く、帰ってきて…………


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「しっかし、広いなあ、この洞窟は」


 まだ明確な分かれ道がないから良いけど、どこまで行ってもこの洞窟は続くかもしれない。

 それは困るなぁ。早く元凶をどうにかしないといけないのに、無限に続くとなるともうどうしようもない。

 そんなことを考えていると、そこにはとてつもなく怪しい大扉-岩壁とは不釣り合いな漆黒の扉-が見つかった。


 「うん、これだね……」


 こんなにアッサリと見つかってしまって良いのだろうか……?

 あ、いやでも、簡単には開かないよ、っていうシステムなのかもしれないし……例えば、とあるアイテムを使わないと先には進めないっていうヤツとか……


 ギギギギギギ…………


 「あ、開いた」


 僕の中には「簡単に開くなよもう!」という怒りと、「面倒なことにならなくてよかった……」という安心感と、「ええ……? チョロっ……」という呆れが同居していた。

 まあいいや、起こったことは起こったこと。それに何を言っても無駄だ。気を切り替えよう。


 「この先に、すべての原因が……」


 僕は息を呑み、開いていく扉の間を見据える。

 扉が完全に開いた時、僕はその部屋の中に入った。




 しばらく進むと、少し灰色を帯びた白い身体を持つ大蛇だいじゃ-僕の身体の3倍くらいのでかいやつ-がいた。その巨体の下部では、少しこぶができたと思うと、何か人型の生命体らしきものが出てきていた。おそらく、これが怪物なのだろう。でも、まだ完全体にはなってないらしく、僕には目もくれずに一定の方向へ向かっている。


 「ここに人間が来るとは。この地も穢れたな」

 「お前は……誰だ? それに、どうしてこんなことを……」


 大蛇はシャーッ! と一声を上げると、


 「わからないのか!? 私は今、猛烈にストレスが溜まっているのだ! こんなところに数百年も居て、ストレスが溜まらない訳ないだろう!?」

 「え!? ストレス!?」

 「そうだ。そのストレスがついに限界値を超えた瞬間、私の身体からこんな気持ち悪い奴らが……」


 ええ……、化け物の原因がストレス……? それはオチとして最悪なのではないか……?


 「えーっと、僕はここに住んでいるんだけど、その……君の身体から出てくる奴らのせいでいつもの生活が送れなくなっちゃったんだ。だから……どうにかできないかな?」


 大蛇はその問いにそのまま答える代わりに、


  「では、どうすればいいと思う?」


 と逆に訊き返してきた。紫色の瞳が真っ直ぐ僕を捉える。


 「どうすれば、って……」


 化け物が出てくる元凶は間違いなくコイツでいいだろう。だったら……倒すしかない。


 「わかった……君と、戦うよ」

 「いいだろう。だが、私も死にたくないから、全力で抵抗させてもらうからな!」


 と大蛇は首をもたげて言った。僕もスリッパを構える。


 「……行くぞ!!」


 僕は大蛇に向かって突撃した。

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