Section3〜早速ピンチな今日この頃〜

 「やあっ!」


 僕はスリッパを振りかぶり、大蛇だいじゃの頭上まで跳び上がる。

 自分の身体能力が高くて良かった……ちゃんと鍛えていたようだ。

 って、今はそんなことはどうでもいい! そのままスリッパを大蛇の脳天へ……


 「フン、真正面から来るとは、愚かにも程がある!」


 ドカッ!!


 「ぐわっ!」


 思い切り頭で払われてしまった。そのまま地面に墜落する。


 「いてて……」

 「この程度か? そんなのでよくここまで辿り着けたものだ」


 ここまで来れたのはほぼスリッパのお陰だけどね……

 なんとか立ち上がる。


 「本当はここで倒して欲しかったが……そうとも言っていられないようだな。死ね!」


 大蛇は空気を吸うと、僕に向かって炎を吹いてきた! 僕は咄嗟にスリッパを掲げる。

 スリッパよ、僕を守ってくれ!

 それに応えるかのようにスリッパが光り、魔法を含めた攻撃から身を守る障壁が展開される。その障壁は、しっかりと炎を受け止めた。


 「な……!? お前、何をした!」

 「防護障壁を展開したんだ。コイツのおかげでね!」


 スリッパを見せつけるようにもう一度掲げる。


 「なんだ、それは?」


 お、大蛇さんも興味を示したようだ。


 「これは……」

 「これは?」

 「これは、スリッパさ!」

 「……は?」


 うん、こういう反応になるよね……


 「なんだその間の抜けた名前は!? それは……その……あの……なんなんだ!?」


 大蛇も混乱してしまっているようだ。


 「スリッパっていうのは、本来履き物として使われていて、こんな感じで足に着けることで冷たい床から足を守るものなんだけど……僕は、これを大事な武器として使っているよ」

 「は、履き物?」

 「うん、本来はね」

 「本来は履き物が、武器……」


 大蛇は考え込んでしまった。

 しばらくすると、


 「ククク……ハーッハッハッ!」


 と、いきなり笑い始めた。


 「え、えーと?」

 「履き物が、武器に!? そんなもの、眼鏡で火を起こすようなものではないか!」


 大蛇の笑いは止まらない。

 って、よくそんな微妙な例を思いつくね……この大蛇はいつ眼鏡のことを知ったんだろう?

 ん? だんだん大蛇が小さくなっていってるような……


 「ハハハハ、スリッパだってぇ……」


 いい加減僕もげんなりしてきた。この大蛇のツボがどこにあるのかわからないけど、早く笑いが収まって欲しい。

 と、そんなことを考えているうちにも大蛇はどんどん縮んでいき、ついに大蛇と呼べるほどの大きさですら無くなった。


 「あ、あれ……? えっと、君……小さくなってない?」

 「ん? そんなはずが、ハアッ!?」


 大蛇が自分の身体を見下ろす。すると、驚愕のあまり飛び上がった。この様子だと、さっきの話も忘れたみたいだな。


 「やったぞ……! これで、外に出ることができる! ありがとう、この恩は一生忘れない!」


 うーん、なんだか自分が想像していたのと全く違う解決方法だったな……まさか大蛇があんなに大きかったのもストレスのせいだったとはね。それが思い切り笑ったことで発散されて、しぼんでいった、ってことだな。これも全部スリッパのお陰……なのかな? まあ、とりあえずお互い怪我しなかったことだし、結果オーライだ!


 「お礼、と言ってはなんだが、お前に一つ教えてやろう。この奥に、私と同じ頃にここに閉じ込められてしまった少女がいてな」

 「うん……?」


 閉じ込められた少女。興味はある。

 ……って違うよ!? ただ気になるな〜ってだけで、決してその、悪いことを考えてるわけじゃないから! って、誰に言ってるんだ!?


 「その子は私と同じ時期に閉じ込められたのだが、私よりも状況が酷いと見える。私は時たま彼女と話していたのだが、いつかその声も聴くことは叶わなくなってしまった……」

 「それって……死んじゃった、ってことじゃないの?」


 僕がそう訊くと、(元)大蛇は困ったようにため息をついて、


 「そうなのだが……少し妙なところがあってだな」


 と呟いた。


 「妙なところ?」

 「うむ。彼女の声が聴こえなくなってからもとある反応は消えなかった。しかも、彼女と同じものだ」

 「えっ」


 僕は思わず息を吸った。


 「あいにく、あの巨体では確認できなかったから、詳細はよくわからないが……今でもその反応は残っている」


 大蛇が頭をもたげ、とある方向を指すそこにはまた別の扉があった。


 「君は行かないの?」

 「私も行きたいとは思ったが……まあ、良いだろう。お前一人で行くと良い」

 「そっか……じゃあ、行ってくるよ」


 大蛇は頷いて、


 「では、達者でな〜」


 と、小さい穴の一つから出て行こうとした、その時、


 「待って!」


 僕は咄嗟に大蛇の尻尾を掴んだ。すると、大蛇は飛び上がり、僕に牙を向けてきた。


 「シャアッ!! 馬鹿者! 私のデリケートな尻尾を握ってどうしてくれる!」

 「ああ、ごめんごめん」


 本当に咄嗟だったものだから……


 「えーっと、例のあの化け物達はどうなったの?」

 「む? アイツらか? アイツらは……頑張って倒してくれ! それじゃ!」

 「あ、ちょっと!」


 今度こそ大蛇はどこかへ去って行ってしまった……

 ……それにしても、「頑張って倒してくれ」って……自分も何か努力しなさいよ、アンタが元凶なんだから……

 って言っていても仕方ない。化け物達の事は後にして、あの扉の向こうに行ってみよう。




 またまた漆黒の両開きの扉を開け放つ。そこで僕は目を疑った。

 太陽の光が、ある。

 あり得ない。ここは洞窟の中だぞ?

 ほぼ反射で上を見上げる。

 ……でも太陽の光を通すようなものはない。岩の天井のみがある。

 とりあえず、今の自分に理解できることはないから、こうだと納得するしかない。

 僕は部屋の奥、何か箱のようなものがあるところへ歩いていく。

 太陽光があるから、花が咲いている。なぜかチョウも飛んでいた。こんな地下なのに、どこから入って来たんだろう。

 ついに箱の前に辿り着いた。

 箱の中を見てみると、一人の少女が眠っていた。真っ白なワンピースと、髪は少し青がかった銀色だ。

 さらに近づくと……その少女は目を開いた。


 「うわっ……」


 思わず後ずさる。


 「……んーーっ」


 少女は一つ大きな伸びをすると、箱から出て、僕の目をまっすぐ見た。その目は、黄色に輝いている。


 「あなただね、私を起こしたのは」

 「喋った……」


 あれ? 大蛇の話ではもう話さなくなってしまったのでは……


 「ごめんね、色々と混乱しているでしょう。私がひとつずつ説明してあげる」


 少女が部屋の中を裸足で歩く。


 「私はカフィア。800年前、ここに閉じ込められた」


 は、はっぴゃくねんまえ……スケールが大きすぎて全く想像がつかない。

 だから、かもしれないけど、それと同時に疑いの念も現れた。


 「そ、その、カフィア、君は、本当に800年前の人なの?」


 カフィアと名乗った少女は頷いて、


 「信じられないのならこれを見せてあげる」


 と言うと、僕に向かってまっすぐ手を伸ばした。すると、そこには大量の光る半透明な円が現れて、そのそれぞれは歯車のように噛み合うと、その周りに文字が現れた。それは少しずつ回転している。


 「さあ、これを確認してみて」


 僕は言われるがままその図形に向かって分析板を出す。そこには、



名称:『選定』刻印魔法

分類:超古代魔法

特殊効果:500年、あるいはそれより前期の魔法の為データなし



 と記されていた。

 刻印魔法、それはかつての超上級魔法師が扱っていた最高の魔法。今では『魔法陣』という形に落とし込まれ、扱いやすくなったものの、効率も能力も比べ物にならない。この僕でさえ本物を見たことは愚か、名前すら聞いたことしかないんだ。僕はそれを目の前で見ているということになる。


 「ま……まさか……」

 「そう、私は800年前の最上位魔法師。ちなみに、この刻印魔法は『選定』の刻印魔法と言って、対象の『何か』を必要、不必要を自動で選び取り、反映させる。この間にあなたの情報を見させてもらったよ」


 いつのまに!? 僕は身体のあちこちを触ってみる。が、特に何かおかしいところはない。


 「ふふ、安心して。この魔法は基本的に他者に危害を与えることはないの。あ、そうそう。この花や蝶達、気になるよね? これらは私の得意な刻印魔法、『成命』の刻印魔法で、そこに『生命を生み出し続ける』というサイクルを刻み込むことによって、花達は絶えることはない。上からくる光も、『選定』の刻印で、遙か上の太陽光を『選定』したことで、ここにも光が届くようになっているよ」


 もうなんでもありだな、刻印魔法。


 「でも、君はずっと前に死んだんじゃ……」

 「いいや、そこでも刻印魔法を使った。『保存』の刻印魔法だよ。それを自分に使うことで私は生命活動を最小限に抑えることでここまで来れた、ってわけ。でも、その代わりその時から身体が成長しなくなって、あと少ししかお話ができない。だから、あなたに伝えることがある」


 ああ、だから反応はあったのか。

 それにしても、伝えることって……?


 「あなたに、私の身体をあげる」

 「どぅえっ!?」


 いきなりカフィアがそんなことを言い出すものだから、僕は思わずたじろいでしまった。


 「あー、ごめんね、誤解させるつもりはなかったんだ。本当にそのままの意味。私はもうすぐ本当に死ぬ。でも、私の中には特別な情報が詰まっているから、役に立つと思う。あと、私自身では外に出られないから、あなたとなら出られるはず。だから、お願い。私に外の景色を見せて」

 「でも、どうして」


 僕に、と聞く前にカフィアは目を閉じて倒れてしまった。

 ……はー、仕方ない。せっかくの彼女の頼みだ。無碍にするのも申し訳ない。


 「よいしょ」


 カフィアの身体は意外と軽かった。

 とはいえアミアルにはどうやって説明しよう……

 刻印魔法はまだ機能していた。見たところ後数百年は続きそうだ。なんてめちゃくちゃなんだ……

 そんなことを考えていると、


 「!?」


 嫌な予感-本当に予感だ-がして、僕は部屋から出ようとした。でも、


 「くっ!?」


 なぜか部屋から出ることができない。扉は開いているのに、見えない何かが僕とカフィアを阻む。

 まさか、カフィアか!?

 仕方がない。スリッパ! また頼むよ!

 スリッパの能力の1つ、『魔法貫通Ⅰ』を使えば、カフィアを連れて外へ出ることができる。

 だが、それはこの結界が魔法である、ということ前提だ。この結界が魔法でなければ、カフィアを外へ連れ出すことはできない。頼む、魔法であってくれ……

 僕はスリッパを前に突き出した状態で走り出す。結界に触れると……

 そのまま僕とカフィアの身体は結界を通り抜けた。

 やった、成功だ!

 僕は急いで洞窟の入り口を目指すのだった。

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