Section11 〜VSギルド長〜

 僕のスリッパとアンテルイの剣がぶつかる。

 お、重い……記憶を失くしてから人の剣をまともに受けたのはこれが初めてだけど、こんなにも手応えが凄まじいのか……?


 「やはり面白いね、間近で見たけど見た目からは武器とは判断できないよ!」


 僕を振り払いながらアンテルイがそう言う。

 少し僕が距離を取った直後、僕の後ろから何かが隣を通り過ぎていった。それはそのまま対戦相手へと飛んでいく。

 そう。今回の作戦は「相手に休ませる隙を見せない」ということだ。交互に攻撃を加えることで常に相手を行動させ、疲れさせるという戦法だ。我ながらよく考えたと思う。

 まだなんの性質も持っていない魔弾がアンテルイを捉える。

 ……やっぱりか。腕で弾かれてしまった。おそらく素で魔力量が多いのと、弾く直前腕に魔力の膜を張ったんだと思う。あの一瞬でそんなことをできるなんて僕には普通想像できない。

 魔弾が弾かれたのを視認した直後また僕はアンテルイの方に踏み出した。

 スリッパに魔力を乗せ、少しリーチが伸びた状態でアンテルイに斬りかかる。横薙ぎに振るわれた刃を弾くでも、受けるでもなく……

 屈んで避けた。


 「えっ……」

 「そこだ!」


 まずい、隙だらけだ! 急になんて止まらないし、無理やり止まったとしてもそれこそ隙が生まれる。

 そのままアンテルイの剣が僕の胴体を捉えようとした時……

 何かがその剣を受け止めた。アミアルが『障壁』の刻印魔法を僕と剣の間に割り込ませたんだ。

 なんとかまたアンテルイから距離を取る。


 「ありがとうアミアル」

 「ああ。しかし、隙が全くないな。正面から行ったら普通攻撃は届かん」


 うん。アミアルの言う通り。真正面からの攻撃は基本弾かれるか避けられるかの二択。ならば……


 「ふっ!!」


 僕はアンテルイの方に思い切りスリッパを投げつけた。


 「いいのかい? 武器を投げちゃって」


 そう言いながらアンテルイは身を少し横に引いた。

 思った通りだ。アンテルイは確実に避けられると思った攻撃は受けずに避ける。まあ実際それが効率のいい回避方法だとは思うけどね。

 でも、今回はそれが命取りになった!


 「『座標共有Ⅰ』発動!」


 僕はスリッパのところへ瞬間移動する事でアンテルイの後ろにあるスリッパを掴んだ。


 「っ!!」


 そのままスリッパを首元へ……


 「……!?」


 え……? 攻撃が、通っていない!?


 「やっぱり面白いよ、君は。いろんな奇想天外なものを見せてくれる」


 僕のスリッパはギリギリのところで剣に阻まれていた。


 「そんな……」


 アンテルイは身体を回転させて僕のスリッパを振り払うと、そのまま剣の柄で僕の横腹を殴打した。


 「ぐあっ……!」


 鈍い痛みが僕を突き抜け、そのまま吹っ飛ばされた。

 それを一瞥することもなくそのまま一歩踏み出すと、アンテルイはアミアルの方に向かった。


 「くっ……」


 アンテルイを迎え撃とうと、アミアルが刻印魔法を展開する。


 「なるほど、コレが刻印魔法か……いいよ」


前面に展開された刻印魔法陣から炎が吹き出す。それはアンテルイを飲み込んだかのように見えた……が、炎がアンテルイを包み込んだ瞬間、炎が、割れて砕け散った。


 「は……?」


 炎が、割れる……?


 「まさか、僕の特技の一つを見せることになるとはね」


 炎の中から現れたのは無傷のアンテルイだった。


 「僕はかつて『断斬の真君』と呼ばれていたんだ。目の前の敵を確実に斬り伏せ、倒す」


 剣を手先で弄びながらアンテルイはそう告げる。


 「でもね、僕が、いや、僕の剣が斬れるのは『もの』だけじゃないんだよね」

 「まさか……!?」


 アミアルの目が驚愕に見開かれる。


 「そう、この剣の特殊効果、『クリティカルポイント』の能力でいろんなものの弱点を斬り続けたら、魔法の弱点を突くこともできるようになったんだ。これは刻印魔法にも有効だったみたいだ」


 そんな……つまり、アンテルイには魔法が届かないどころか、発動すらままならないかもしれない、ということ?


 「というわけで、次は僕のターンだよ!」


 アンテルイが一番近いところにあるアミアルに斬りかかる。


 「くっ……!」


 アミアルがアンテルイの周りに幾つかの刻印魔法陣を展開する。それらは収縮してアンテルイに迫る。刻印魔法で拘束する作戦だろう。

 でも、


 「魔法は僕には効かないよ!」


 剣を一振りするだけで刻印魔法陣が全て砕け散った。そのままアミアルに迫る。


 「僕は人を傷つけるのは嫌なんだ」


 剣で斬りつけるのかと思いきや、アンテルイは剣の柄でアミアルの背中を強打した。そのままアミアルは崩れ落ち、立ち上がることはなかった。


 「次は、君の番だね」

 「………」


 アンテルイを見据えながらスリッパを構えるけど、本当は内心では冷や汗だらだらだった。

 魔法も効かない、真正面では勝てない、背後から攻撃しても防がれる……

 勝ち目ないじゃん!


 「さあ、行くよ!」


 アンテルイは思い切り踏み込むと、そのまま僕に向かってきた。

 は、速い!

 振るわれる剣をスリッパで受ける。


 「ぐっ……」


 一回打ち合っただけなのにバランスを崩しかけて一歩後ろに下がった。

 次が来る!

 アンテルイの斬撃を今度は受けるのではなく受け流す。そこでできた少しの隙を見てスリッパを振る。でも、どこからともなく剣が僕のスリッパを受け止めた。

 しばらくその状況が続いたけど、明らかに不利なのはこっちだ。スリッパではリーチが短い上、伸ばそうと思ってもその剣で斬られて終わりだろう。どちらにせよこのままでは間違いなく僕は負ける。

 ちょっと待てよ? そういえば僕が光の刃を使った時、『シャープネス』を上乗せできてなかったか? それが本当なら……


 「やってやるしかない!」


 僕はスリッパに魔力を乗せ、光の刃を作った。


 「おお、また新しいものを見ることができた。でもそれが魔法なら意味はない!」

 「やあっ!!」


 僕の刃とアンテルイの剣がぶつかる。光の刃はそれに伴って砕け散ると思われた……が、


 「魔法が、斬れない……」


 そう、僕のスリッパの特殊効果の一つ、『不壊』。それを光の刃に上乗せすることでアンテルイの斬撃にも耐えられるようになったのだ。


 「なんだと? アイツ、アンテルイ様と互角に打ち合ってやがる……」

 「まさか、あの異邦人は只者ではないということか!?」


 戦いを観ている人が何かを口々に言っている。けど、今はこっちに集中しないと!

 今度はこっちが攻める番だ。壊れないことが立証された刃を思い切りアンテルイに振る。


 「次っ!!」

 「なんっ……?」


 『不壊』の上にさらに『打撃力』を上乗せする。一撃あたりの衝撃を増幅させた僕の刃がアンテルイの剣を弾く。

 アンテルイが初めて隙を見せた!


 「そこだああああ!!」


 アンテルイの隙、そのまさに一点を狙ってスリッパを振る。


 「やれやれ、僕の特技の二つ目を見せるのは久しぶりだな」


 という声と共に、アンテルイの姿が消えた。


 「え……?」


 避けられた? あの攻撃は確実に当たるはずだったのに……?


 「僕は弱点を突くことと一緒に、速く動くことをモットーにしてきたんだ」

 「速く、動くこと……?」


 まさか、隙を見せたと思わせて大振りの攻撃をさせて、その間に瞬間移動と同等の動きでもしたと言うのか?


 「多分君の考えていることで正しいよ。僕はどうやって素早く移動できるのかをずっと考えていた。そこで、僕は足の力を増強するだけでは足りない、足を踏み出した時の衝撃を強くすれば良い、という答えに辿り着いたんだ」


 アンテルイの姿がもう一度消え、すぐにまた同じところに立っていた。


 「それと、この剣の『クリティカルポイント』を組み合わせれば……」


 と言った途端、僕の両手首、両脚の付け根、足首、両膝、両肩から少しだけ出血した。

 あれ? と思った次の瞬間、身体中から力が抜けたような感覚がして僕は地面に崩れ落ちた。後から激痛が付いてくる。


 「が、ああああっ!!」


 あの一瞬で関節の全ての腱を斬った!? そんな……

 アンテルイが僕の元に歩いてくる。


 「君は強いよ。僕がこんなに力を出したのは久しぶりだ。楽しかったよ、ありがとう」


 と言うと、僕の頭のすぐそばの地面に剣を突き立てる。それがこの試合の終了の合図となった。






 その後のことは憶えていない。激痛で意識が飛んだ後、次目覚めたら知らない部屋のベットで横たわっていたんだ。

 その時は焦ったよ、また記憶を失ったんじゃないかなって。でも「また」と言う言葉が出てきたなら大丈夫だな、と自分で結論づけた。ちなみにちゃんと記憶を失った後のことを憶えていることは立証済みだ。

 さて、ではここはどこかと言うと、ギルドの建物から少しだけ離れたアンテルイの家らしい。

 高そうなベッドから起き上がって左右を見る。

 凄い豪華。なんか壁中に何か模様があるし、しかも明かりも暖かい。床にも上質な赤い絨毯が敷かれているようだ。

 ふと下を見ると、アミアルが隣のベッドで眠っているのが見えた。


 「おや、起きたかい?」


 とそんな声がしたので声がした方を見てみると、アンテルイがこれまた高そうな椅子に座っていた。


 「はい……ここはどこですか?」

 「え、ああ、ここは僕の家さ。くつろいでもらっていいよ。なんせ連れてきたのは僕だからね」


 ここが家……くつろいでもいいと言われても流石にこのレベルになってくると緊張する……なんせ部屋の広さがあの宿とは比べ物にならない。おそらくこの建物はこの部屋だけじゃないだろうし、それを入れたら半端ない広さになるだろう。あの宿でも「結構豪華だなぁ」とか言っていたぐらいだ。ここで数日間住んじゃったら宿に戻れなくなりそう。


 「どうして僕達をここに?」


 と今更だがここで自分の身体がしっかり動くことがわかった。痛みもない。そういえば全身の腱を斬られてたんだった……


 「君達の治療をする、という理由もあるけど、それならギルドでもできる。もう一つの理由は、君達と話がしたいからだよ」

 「僕達と話が?」


 アンテルイは頷いた。そこでアミアルが、


 「……うーん……」


 と目を覚ましたのがわかった。起き上がり、目をぱちくりさせて周りを見渡すと……


 「なっ、ここはどこだ!? さっきまで裏庭に……」


 と慌て始めた。さっきまで僕がこんな状況だったんだよな……


 「大丈夫だよ。ここはアンテルイさんの家だ」

 「あ、お前もいたのか。って、え、家?」

 「そう、家」

 「家、なのか? こんなおっきい部屋なのに?」

 「うん」


 僕はただ頷くしかなかった。家と言うんだから家しかないだろう。


 「えー、家……」


 アミアルは放心した様子で周りをまた見回した。ショックなのか驚きなのか中身が少し幼くなっている気がする……まあいいや。


 「えーっと、そろそろいいかな?」

 「あ……はい、すいません」


 アンテルイの困惑したような声で我に帰った。


 「コホン、じゃあ、落ち着いたところで始めようか。君達のことをもっと教えてくれないか?」

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