Section10 〜突然のお呼び出し〜

 「マリィスが……滅びた?」


 僕はいきなりのことに頭が追いついていない。一体どういうこと? マリィスがどんな場所だったかは全く覚えてないけど、アミアルからそんな話は聞いていない。


 「そうだ。2年前、マリィスでとある戦が起こり、それによって滅亡したんだ」

 「うそだ……嘘だ! そんなはずないだろう!?」


 アミアルは男の肩に掴み掛かろうと……したんだろうけど、届かなかったのか服の裾を掴むだけだった。


 「俺に初対面のやつに嘘をつく趣味はない。これは真実だ」

 「そんな……」

 「だから、マリィスに帰るのは諦めろ。俺は仕事に戻るぞ」


 と言うと、男はまた海の方に向き直ってしまった。


 「アミアル……」


 アミアルの方を見やる。髪で隠れていて表情まではわからない。


 「……行くぞ」

 「うん……」


 僕達は馬車が待っているところへとまた歩き始めた。


 「……絶対に帰ってみせる」

 「アミアル?」


 ふとアミアルがそう言った。


 「必ずマリィスに帰って、真実を突き止めて見せる。一体マリィスに何があったのか」


 アミアルの顔は新たな覚悟を決めたような表情だった。


 「……そうだね。絶対に、帰ろう」

 「ああ。そのためには、お前の記憶も取り戻さなくてはな」

 「そうだね」


 どうやって記憶を取り戻せばいいのかわからない。でも、僕達がまたいた場所へと戻るには思い出さなきゃいけないんだ。

 新たな志を抱きながら僕は馬車へと戻った。





 アミアルの魔法でギルドの建物の前まで一瞬で戻ってきて、驚きで固まっている馬乗りに礼をした後、僕達は建物に入った。


 「はい、今回の報酬です」

 「ありがとう」


 僕はミルカから報酬を受け取った。


 「それと、ウェルズ様、アミアル様」

 「ん?」

 「なんだ?」


 建物を出ようとしたところでミルカに呼び止められた。


 「明日の早朝、私達のギルドのギルド長であるアンテルイ様があなた達をお呼びになっています」

 「えっ……?」


 ギルド長に呼ばれた? 一体何の用で……


 「ご安心ください。ゼイラン様含め何名かのメンバーも出席します」

 「それ、余計不安になったよ……」


 おそらく呼ばれるのはかなり強いメンバー達に違いない。それはそれで怖い……


 「それは申し訳ございません。とにかく、明日ゼイラン様が宿に迎えに行くそうなので、よろしくお願いします」

 「分かったよ。ありがとう」


 礼をするミルカを背後に僕達は建物を出た。




 「ギルド長、アンテルイ……どんな人なんだろう」


 宿に戻る途中、アミアルにふと尋ねてみた。


 「わからん。だが、かなりの手練であることは間違いないだろうな」

 「強いんだろうなあ」


 うわあ、めっちゃ不安……僕達は未開の土地で見つかって、さらにはここに来てまだしばらくもしてないから尚更だ。

 とりあえず、呼ばれたからには行くしかないか……

 嫌な予感を抱きながら僕達は宿に戻った。






 「おはよう、2日ぶりだな。よく眠れたか?」


 朝の支度を済ませて外に出ると、ゼイランが立っていた。


 「おはようゼイラン。昨日は心配すぎてよく眠れなかったよ……」


 実際あまり疲れが取れていない気がする。コーヒーを飲んでおけばよかったのかもしれない。


 「なに、俺がついてるから大丈夫だ。では行こうか」

 「はーい……」


 僕達はゼイランに着いてギルドへと向かった。




 「おはようございます、ゼイラン様、ウェルズ様、アミアル様」

 「おう、おはよう」


 相変わらずギルドにはミルカがいた。この人、いつからここにいるんだろう……


 「アンテルイ様が3階でお待ちです」

 「そうだな。早く向かうとしよう」


 ゼイランの後に続いて階段を登る。


 「ここが3階……」

 「初めて来るなぁ」

 「さあ、着いたぞ、ここだ」


 ゼイランが立ち止まる。見ると、豪華そうな両扉が僕達の前に立ちはだかった。


 「さあ、入るぞ」


 ゼイランが両扉を開いて中に入る。僕達も入って行った。

 黒い壁に等間隔にかけられた蝋燭立て全てに蝋燭が立っていて、火が灯されている。それが緊張感をさらに増している。

すると、


 「よく来たね、ゼイラン。それと、二人の異邦人さん」


 という、静かに、でもよく聞こえる声が聞こえてきた。


 「お待たせして申し訳ございません、アンテルイ様」


 と、ゼイランも礼をした。それに倣って僕達も礼をする。

 視線だけ上に動かすと、縦長の円形なテーブルと、それを取り囲むような椅子、そして少し高くなっているところにある椅子に座るマントを羽織った青年–––––僕より少し年上だろうか––––がいた。おそらくあの人がアンテルイだろう。


 「いいや、僕達も今来た所だ。さあ、座ってくれ、君達も」

 「恐れ入ります」


 あのゼイランですらこういった態度を取るような人なんだ……とりあえず空いている席に座ることにした。

 席に向かう途中、先に来ていたらしい人達から何か嫌な視線を受けた。嫌な予感がどんどん大きくなっていく……


 「……さて、早速本題に入るとしようか。隣国から森を通り越しこちら側に現れた魔人達について」


 少し空気に緊張感が漂ったのがわかった。


 「ゼイランよ、お前が任務中に魔人を初めて見たようだな?」


 席の端の方に座る老人がゼイランに尋ねる。ゼイランはそれに対して腕を組みながら頷いて、


 「ああ。テルパ村と他の村との交易路で魔物が大量発生したという話でこの二人と依頼を受けたんだが、その魔物を使役していたのがブレペラという魔人だった。幸いあまり強くなかったから撃退したまでだがな」


 と答えた。


 「それから、昨日の任務で何件か魔人の絡む事件があった、ということだね」


 アンテルイがこれまた落ち着いた様子でそう告げる。


 「なあゼイラン、その魔人が出てくるようになった直前、何か出来事があったよな。見覚えあるか?」


 老人の隣に座っている青年もゼイランに問いかける。


 「それは……いや、ありえない、と信じたいがな……」


 ゼイランは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 それって、一体どういうことなんだ?


 「ハハ、そうだ、それだよ。なあ、関係あるんじゃないか? 異邦人さんよ、お前達が魔人と何か関わりがあるんじゃないのか?」


 青年が僕らを見てくる。


 「違う! 私達は……」

 「他所者は黙っていろ」


 アミアルが立ち上がって弁解しようとする。が、老人の一言で止められてしまった。


 「心配するな、お前達の疑いは俺が晴らす。だから今は落ち着け」


 ゼイランに宥められ、アミアルは渋々また椅子に座った。

 少なくとも僕らは魔人と全く関わりはないし、もし記憶を失う前に魔人と接触していたとしても僕達がアルフダルワッドに来たこととは関係ないだろう。でも、未開の土地からいきなり現れた身だ。疑われるのも仕方がない。


 「最初からおかしいと思ったんだ。よくわからないところから何の荷物も持たずに来たと思いきや、戦い方を知っていて、見たことのない武器を使って戦う。しかもそっちの娘の方は刻印魔法を使うときた。そりゃ何かあるに違いないよ」

 「うむ、とりあえずコイツらは一旦身柄を拘束し、尋問を……」

 「しかしこの者どもが口を割るとは……」

 「何としてでも吐かせるのだ、手段は問わん」


 他の人も口々に言う。

 まずい……このまま行けば少なくとも僕らにとって良い未来はないだろう。


 「一度落ち着いてくれないか」


 アンテルイが手を挙げてそう言う。すると、話していた人全員が喋るのをやめ、アンテルイの方を向いた。


 「わかった。その二人は私が責任を持って僕が見ておくことにする、それで良いかい?」

 「ですが、アンテルイ様、よろしいのですか!? こやつらがもし魔人共からの刺客で、この街を滅ぼそうなどと考えていれば……」

 「問題ないよ」

 「なっ……」


 ギルド長の全てを優しさで包み込むような声は反対する声さえも鎮めた。


 「魔人の刺客、そうだね。だからこそ僕が二人を請け負う、と言ってもいいかな」

 「それは、一体……」


 アンテルイはふ、と一つ笑ってから、


 「僕はこの人達についてもっとよく知りたいんだ。それが頼もしい仲間だろうと、忌むべき宿敵だろうとかまわない。お互いを知るのは会話だけではない、そうだろう?」

 「「「………」」」


 ついに誰も言葉を発することは無くなった。


 「今から彼らと手合わせをしたい。それによって彼らの処遇を決めようと思う。ゼイラン、それで良いかい?」

 「え? 今からですか? あ、はい……」

 「うん、君達も、それで良いかな?」


 え!? いつのまにかギルド長と戦うことになっちゃった? 僕達、どうなっちゃんだろう……

 でも、これで疑いが晴れると言うのなら何だってやってやる。覚悟を見せてやろう!


 「う、、受けて立ちましょう」

 「アイツ、『断斬の真君』の申し出を受けたぞ……」

 「無謀な奴め、五体満足で帰れるとでも思っているのではないか?」

 「ふふ、じゃあこれでよし、今から裏庭に行こうか」


 アンテルイがよいしょ、と椅子から立ち上がった。みんなも椅子から立ち上がる。





 ギルドの建物の裏庭は思ったよりも広かった。そもそも裏庭があることを知らなかった。

 僕達とアンテルイが向かい合うように立ち、他の人は手頃な段差などに座る。


 「じゃあ、審判は……ミルカ、お願いできるかい?」

 「はい。よろこんでお受けいたします」


 おお、ジャッジはミルカがやってくれるようだ。


 「……って、いつの間にここに!?」


 僕が結構本気で驚いていると、ミルカは少し意外そうな表情をして、


 「おや、気づいていませんでしたか? あなた達が裏庭に出る頃にはすでにご一緒させていただいておりましたが……」


 と言った。

 そんな時からもういたのか……視野を広げる訓練もしとかないとな……


 「早速初めて行こうか。武器を取って」


 アンテルイがそう言うと、マントを外して投げ捨てた。腰には剣が下げられている。僕はいつも通りスリッパを取り出した。


 「やはり見たことのない武器だね。どんな能力があるのか楽しみだ」


 声の抑揚も静けさも変わらないけど、マントを外した瞬間から雰囲気がまるで変わったのが分かる。


 「君達は二人で来てもらっていいよ。僕は一人でやる」

 「えっ」

 「なんだと?」


 僕とアミアル二人を同時に相手する!? しかも全く強がっているように見えない。この人の実力がどれだけか全くわからない……


 「魔法もなんでも使ってオーケーだよ。ただし回復魔法は禁止だ。使った瞬間敗北となる。で、勝利条件だけど……」


 アンテルイは少し考えるようにして、


 「僕に傷を一つつけられたら君達の勝ち。それで良いよね?」


 と告げた。

 相当余裕そうだ。かすり傷一つ負わせる気はないらしい。


 「良いですよ」

 「望むところ!」

 「うん、ミルカもそれで良いよね」

 「皆様がそう言うなら」


 アンテルイはよし! と頷いて、


 「じゃあ始めよう」


 と構えを取る。僕達も構えた。


 「用意、始め!」

 「やあっ!」

 「フン!」


 ミルカの掛け声で同時に僕達は激突した。

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