Sertion18 〜古代魔法師、一旦帰還〜
「今まで見てたよ、アミアルちゃん」
「お前は……」
痛覚と時間が消えた世界の中で私はどこからともなく聞こえてきたその声の主に問いかける。
「私? 私は元この身体の持ち主、カフィアだよ。よろしくね」
「カフィア……」
確かその名前を聞いたことがある。
ああ、私がまだ身体を取り戻していなかった時、身体を託された、と相棒が言っていた時だ。
「それで、そのお前が今何の用だ?」
「えっとね……二つ話があって、一つ目は謝らなきゃいけないことと、もう一つは頼みたいこと」
その声は近いと思うと遠く、遠いと思うと近い。
「じゃあ一つ目、今まであなたの魔力を少しずつ吸い取っていたの、黙っててごめんなさい」
こいつだったのか、私の身体の中にいた『何か』は……
「と言うことは、さっきのは……」
「うん……あなたがピンチだ、ってことを察知して私が力を貸そうとしたら間違えて逆にあなたの邪魔をしちゃった……本当にごめんなさい!」
今にも飛び出してきそうな感じの謝罪の声が聞こえてくる。
「いや、そのことはいいんだ。それで、頼み、というのは?」
「あ、そうそう。今から言うよ。……私に、その身体を貸してくれないかな?」
その声を聞いて、私は首を傾げた。
「『貸してくれ』だと? 元々お前の身体だから『返してくれ』ではないのか?」
「いやいや、今のこの身体の持ち主はあなた。だから『貸して』って言うんだ」
うーん、何だかよくわからないな……
まあ、今そのことを気にしていたら仕方がない。今は飲み込むとしよう。
「わかった……だが、どうして?」
「ふふっ、知りたい?」
その声が聞こえた直後、後ろから何かに優しく抱きしめられる感覚がした。
「それは、あの人……ウェルズを守るためだよ」
瞬間、私の意識が急速に遠のいていく……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕が意識を手放しかけた時、アミアルの身体が光り輝いているのが見えた。
「ん? 何ダ……?」
ミラルザも不思議そうにアミアルを見る。
直後、アミアルを締め上げていた岩の触手が一瞬で弾け飛んだ。その力はメニアに巻き付く触手にも伝わり、ぐったりしているメニアが触手から開放された。
「………?」
何が起こっているのかわからない。なんとか身体を少し持ち上げる。
「お前……!? 一体何をしタ!?」
ミラルザも驚きを隠せないようだ。
「『何をした』かって? 私の大切な仲間を傷つけておいてよくもそんなことを言えるね」
この口調、アミアルのものじゃない……
いや、でも……
「……何をしタのかわからなイが、面倒なやつダと言うこトは確かだ。いまスぐにでも死ね!」
アミアル(?)に僕を貫いたものと同じ岩の触手が襲いかかる。
アミアル(?)は右手を前に出し、親指と中指をくっつける。そして……
指を弾いた。
パチン、という音と共に、岩の触手が粉々になる。
「な……ナ……な……!?」
触れることもなく破壊された岩の触手にミラルザが動揺丸出しにする。
「そうそう、これだよこれ! やっぱり『元』とはいえ自分の身体だよね〜」
手をグーパーグーパーしながらアミアル(?)が呟く。そして、ミラルザの方を向くと、
「ふう、じゃあ、ここからがこっちの番だね。私の仲間を傷つけた罪、存分に償わせてあげる」
と言い、刻印魔法陣を展開した。
「くっ……行ケ! お前タち!」
どこからともなく僕の3倍くらいの大きさの魔物が6体現れる。それらがアミアル(?)の方へ向かっていくのと同時に、岩の触手が彼女に迫る。 それでもアミアル(?)は1歩も動かない。
彼女は展開していた刻印魔法陣を閉じると、新たな刻印魔法陣を展開した。見ると、同様の刻印魔法陣が魔物達の胸元にも展開されている。
「させルかっ!」
岩の触手がアミアル(?)に襲いかかる。けど、触手は彼女に触れる前に刻印魔法陣によって阻まれた。
「私、この魔法大好きなんだよね〜」
と言いながらアミアル(?)が刻印魔法陣に手を伸ばす。すると、魔物の胸元にある刻印魔法陣が魔物の体内に沈んでいった。それに気づかないのか、魔物達はまだアミアル(?)に向かっていく。
「……ばいばい」
アミアル(?)が刻印魔法陣を思い切り握りしめる。すると、魔物達は一瞬痙攣したかと思うと、そのまま糸が切れたように崩れ落ちた。
「………」
ミラルザはもう開いた口が塞がらない、と言ったような感じだった。
「わかる? あなたはこの私に喧嘩を売った、ということだよ」
アミアル(?)が静かに、でも明らかな怒りを含んだ声で告げる。
「お前ハ……誰ダ?」
ミラルザが呆然としてアミアル(?)にそう尋ねる。
「私はカフィア。800年前の魔法師だよ」
やっぱり……! 僕は痛みも忘れて息を吸った。
「カフィア……800年前……まサかっ!?」
ミラルザが何かに気づいたらしく、少し痙攣する。その後、ワナワナと震えて、
「お前……オ前!?」
と呟きはじめた。
「もういいかな? じゃあさっさと終わらせるよ」
カフィアが刻印魔法陣を展開する。それはだんだん回転を始めると、その刻印魔法陣は光を発しはじめた。
「く……クソッ!」
何をしても無駄だと悟ったのか、ミラルザは岩の触手を出すのでも、魔物を呼び出すのでもなく、直接カフィアに殴りかかる。ミラルザの拳はカフィアの左手で止められた。
「あなたは遅かった。取り返しのつかないことをしてしまった。その落とし前はしっかりと受けてもらわないとね」
カフィアは回りながら光る刻印魔法陣をミラルザにつけると、そのまま距離をとった。
「なっ……なンだ、コれは」
ミラルザがなんとかその刻印魔法陣を剥がそうとする。が、それはミラルザにぴったりとくっつき、離れない。
いつしかその刻印魔法陣は眩しいほど光り輝いていた。
「お別れだね。またどこかで会えるといい……のかな? へへ、まあいいや。じゃあね」
その言葉と同時に刻印魔法が発動する。膨大な光と共に刻印魔法陣が爆発した。
「ナぜ……なゼ、厄災の魔女が、こコにぃっ……!!!」
と言いながら、ミラルザは光の中に吸い込まれていった。
「……終わったね。さーて、最後の仕事に取り掛かりますか」
と呟くと、カフィアは僕のところに歩いてきた。
「カ……フィア……」
聞こえてないんじゃないか、というくらいの声で名前を呼ぶ。すると、カフィアは僕に微笑みかけた。
「よく頑張ったね。ずっと見てたよ」
「どう、して」
いなくなってしまったはずのカフィアがどうして戻ってきたのか、気にならないはずがなかった。
「後で今の身体の持ち主……アミアルちゃんが説明してくれるよ。それよりもまずやるべきことは……」
カフィアが僕に手をかざす。すると、刻印魔法陣が現れ、僕を照らした。
「またいつか会おうね。私はいつでも大丈夫だから」
カフィアがそう言うと同時に、どんどん僕の瞼が重くなってくる。
嫌だ……カフィアともっと話したいのに……!
「まっ、て……」
「ううん、大丈夫。またきっと会えるよ。だから今は眠りなさい」
もう、ダメだ……意識が、遠く……
僕が気を失う直前、
「ウェルズ君、大好きだよ」
という声が聞こえた。
―――――――――――――――――――――――
私はゆっくりと魔法を解除し、手を下ろした。
「ふう……」
他のみんなの治療も終わった。私の仕事はここまでだね。
一つため息をつき、ウェルズ君がいる場所まで歩いていく。
後少しだけでも彼の顔を見ておこう……
私はウェルズ君のそばでしゃがんだ。
彼はさっきとはまるで違う雰囲気ですやすやと眠っている。
ふと気がつきよく見てみると、ウェルズ君の目にうっすらと涙が滲んでいた。
すると、
「行かないでくれ……カフィア……」
「……っ!」
とその声を聞いた瞬間、私の左胸がきゅっと優しく締め付けられたのがわかった。思わず両手で胸を抑える。
それがただの私の勘違いでも構わない。それでも私の気持ちは変わらないのだから。
「私はずっと、ここにいるからね……」
本人に聞こえているかどうかはわからないけど、私は優しくウェルズ君にそう言った。
その時、
「あっ……」
と一瞬くら、ときて体勢を崩しそうになった。バランスを取り、なんとか頭を振って持ち直す。
久しぶりに力を使いすぎたからか、思ったより消費魔力が多すぎたな……もうそろそろ
意識を返す前に、私は一人の男について考えていた。
あのアンテルイって人……ただものじゃないね。ちょっとしか戦っていないのに私のこの身体が魔人のものだ、とわかるなんて……まるで何かのセンサーでも持っているみたいだ。まさか……
……いいや、私の考えすぎだね。さて、もうこんなこともしてられない。早く返そう。
私は目を瞑った。
意識がどんどん遠くなっていく……
―――――――――――――――――――――――
僕はとある場所で身体を起こした。
あれ、ここは……
「おや? 目を覚まされましたか?」
とどこか聞き覚えのある声がして、声がした方を向くと、ミルカが僕を見て微笑んでいた。
「あれ……カフィアは?」
と寝ぼけ眼でそう言うと、ミルカは困った顔をして、
「何言ってるんですか。倒れているあなたをゼイラン様達がダンジョンから運んできたんですよ」
ゼイラン……ダンジョン……
思い出した。僕がダンジョンで死にかけたところをカフィアに助けられたんだ。ゼイラン達も無事だったようだ。ここは医務室らしい。
「ああ、ごめん。まだ寝ぼけてたみたい……」
僕が頭を掻きながら謝る。するとミルカはにっこり笑って、
「大丈夫ですよ! 貴方達は我々ギルドにとってとても大きな貢献をしたのですから!」
と言ってくれた。
「ふふ、それは嬉しいよ。……あれ? アミアルは?」
周りを見渡してアミアルの姿がないことがわかった。
「アミアル様は今ゼイラン様とお話をされていますよ」
「わかった。ありがとう」
「どうされますか? しばらくここで休みますか?」
ミルカが尋ねてくる。それに対して僕は首を振った。
「いや、いいよ。もう元気だしね。ありがとう」
「いいえ。こちらからもありがとうございました」
ミルカの返事に頷いてから僕は医務室を出た。
ギルドの建物のロビーに入ると、ダンジョンに来ていたメンバー全員が集まっていた。ゼイランが僕に気づくと、大きな声で、
「今回の英雄のお出ましだぞ!」
と言った。それを聞いたみんなが僕を見ると、拍手や口笛、囃し立ての声が上がった。
「え、ええ?」
「このダンジョンを攻略できたのは全部ウェルズのお陰だ。今回は本当にありがとう」
ゼイランが僕の肩に手を置きながら笑顔で言う。
「あ、で、でも、それは違くて……」
僕がアミアルの方を見ると、アミアルは「いいから」と囁いてきた。
もう彼女はカフィアではないらしい。少し寂しさを感じながら僕もなんとか笑いを作るのだった。
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