Section21 〜決着、そして準備〜

 「『完全停止フリーズ』!」


 スタグがそう高らかに唱えるのと同時に、掲げられた杖から目に見えない「何か」がどんどん広がっていくのが感じられた。それはどんどんと私の方に近づいてくる。

 その「何か」に触れた瞬間……




 「ぐっ!? あ……あぁ……」


 全身の痛覚という痛覚が一度に私を襲い、私はその場に崩れ落ちた。


 「アミアルっ!」


 相棒が私の名前を叫ぶが、それに答える余裕はなかった。

 その場に倒れ込みながら、私は冷静に状況を把握しようとしていた。

 あの見えない「何か」がこの痛みの原因だと錯覚しそうになっているが、あれはただ対象の時間を止めているだけで、その間に魔法攻撃をたくさん撃ち込んだのだろう。やはり、アイツは成長しているな……

 もうアイツのことを認めてやろうか。

 そう考えて意識を手放そうとした時……


 〈こんなところで諦めちゃだめだよ! アミアルちゃん!〉


 頭の中からとある声が響いてきた。


 お前は……カフィア……? どうして……


 〈そうだよ! ……ってそれはいいから! 絶対に諦めちゃダメ! 勝たないと!〉


 ……いや、アイツは強くなった。アイツは私が認めるにふさわしい奴だ。


 〈何よくわからない先輩面してるの!? わざとあの攻撃を受けておいてこれはかっこ悪いよ!〉


 ……あ、本当だ。これ、あえて避けなかった攻撃だ。

 恐らく他の人達は気付いてないだろうが、相手の奥の手を先に知ってしまい申し訳なくなったなどという理由でわざとあの攻撃を避けなかったのだ。その結果、今こうやって無様に地面に転がっているわけだ。

 そう考えると、身体の奥底から強い感情が湧き上がってきた。自分に対する怒りと負けん気だ。


 そんなみっともない負け方をしてたまるか……!


 〈そうだよ、アミアルちゃん! それでいいよ! 私も応援するから頑張って!〉


 という声がしたと思うと、私の全身から痛みが消えた。カフィアの力で傷が一瞬にして全て消えたのだ。


 ありがとう、カフィア。


 そう念じながら私は両腕に力を入れて身体を起こす。


 「そんな……勝ったと思ったのに……!?」


 スタグの目が驚愕で丸くなるのがわかった。その丸い目が丸メガネにお似合いだ………というのはどうでもいいか。


 「強くなったな、スタグ。認めてやろう」


 私が優しくそう言うと、スタグの目が嬉しさで輝いた。

 だが……


 「だが、まだ勝負は決まっていない。さあ、決着をつけよう!」


 私がそう言い放つと、奴は顎が外れるんじゃないかというくらい口を開けた。

 感情の変化が激しいな……まあいいか。仕方ない。


 「えっ……でも、認めてくださるのですし……」

 「なんだ? ここで終わるのか? 私が認めるほどの魔術師がこの程度で諦めるのか?」


 試すように言ってやる。すると、スタグは杖を握り直し、静かに、それでも確かに、


 「……わかりました。今度こそ、あなたに打ち勝って見せましょう!」


 と言った。

 さて、こちらも奥の手を使うとするか。

 私はスタグに歩み寄りながら手のひらをスタグの方に向け、私の身長くらいの大きさの刻印魔法陣を展開した。


 「あれは……?」


 スタグが怪訝そうに魔法陣を見る。アイツは刻印魔法陣を見たことがないようだ。


 「これが私の奥の手だ。食らってみろ」


 さらに刻印魔法陣に魔力を流す。すると、スタグの周りに無数の刻印魔法陣が現れた。


 「なっ……くっ」


 スタグは自らの周囲に魔法障壁を展開した。球体の膜がスタグを包む。だが、無駄だ。


 「楽しかったぞ、スタグ」


 私が拳を握りしめる。それに反応し、スタグを取り巻く魔法陣の半数から熱線が照射され、スタグの障壁を焼き壊す。

 パシャーーン……

 スタグの障壁が美しい音を立てながら崩れ散った。その直後、時間差でもう半数から空気弾が射出される。


 「ぐ……ぐはあぁぁぁ!!」


 いくつもの圧縮された空気に何度も何度も殴られ、スタグはその場に倒れた。その後、ミルカが勝負ありの宣言をするまで、起き上がることはなかった……



―――――――――――――――――――――――



 「まさか負けてしまうとは……」


 医務室のベッドのに腰かけるでスタグは沈み込んでいた。ちなみに彼はアミアルと医務員により無傷の状態まで回復していた。


 「認めてやる、って言っただろう? あれで十分じゃないのか」


 アミアルが困ったように腰に手を当てながら言う。


 「それは嬉しいのですが……二年間のあの修行で少しでもアミアルさんに近づけるかな、と思いきやこうもあっさりと……やっぱり悔しいです」


 まあそれも無理はないかな。何をしていたかはわからないけど、かなり努力していたのがうかがえる。途中までアミアルを追い詰めたほどだ。

 でも、やっぱりアミアルの力はすごかった。元はカフィアの身体とはいえ、もうほぼ完全に適応している。


 「そういえば、あの魔法陣は何なんですか!? 生まれてから一度も見たことがありません! アミアルさん、ずっと隠していたんですか!?」


 大事なことを思い出したようで、スタグはアミアルに詰め寄った。


 「あぁ、あれか? あれはな……」

 「あれは……?」


 アミアルはいたずらっぽくウィンクすると、


 「私のとっておきだ♪」


 と言った。


 「えぇ〜教えてくださいよ〜!」


 スタグが縋るようにアミアルに懇願する。


 「いいや、秘密だ」

 「そんなぁ……」


 そんなスタグとアミアルの掛け合いを見ながら僕は暖かい気持ちになっていた。

 二年前も、こんな感じだったのかな。

 でも、少し寂しい気もする。

 恐らくその中には僕もいただろう。だけど、二人から僕は消えている。

 僕が忘れてしまったのと同時に、文字通り「誰からも忘れられてしまった」という事実が僕に直面する。

 そんな複雑な感情を察したのか、


 「さて、私が『認めてやる』と言ったわけだから、お前の依頼に参加しない訳にはいかないな。もう少し詳しく教えてくれないか?」


 とアミアルが話題を変えた。


 「あ、本題はそっちでした……わかりました。基本的に今日の朝言ったことと同じですが、決行日は明後日の早朝、場所は『アルトラの森』という場所です」

 「アルトラの森、か。南の方だな」

 「え、アミアル、知ってるの!?」


 僕は場所すら聞いたことがないんだけど!?


 「ああ。少しアルフダルワッドの地形について気になってな、少し勉強していたんだ。お前もやるか? なかなかおもしろいぞ」

 「あー、うーん、いいや……」


 特に今困ってるわけじゃないからまあいいかな……


 「そうか? 知らないことを知る、というのは良い経験なんだがな……まあ、いいか。わかった、では、明後日受付前に集合、でいいな?」

 「はいっ。よろしくお願いします!」

 「ああ。『やる』といったからにはしっかりとやらせてもらうからな」


 スタグとアミアルが握手したところで僕達は医務室を後にした……




 「では、スタグ様の依頼に参加する、ということでよろしいでしょうか?」

 「はい。お願いします」


 僕達がパスポートを見せ、ミルカが笑顔で頷きながら帳簿に記入する。


 「はい。受付完了いたしました。では、よろしくお願いしますね」

 「よし、明後日のために準備するとするか!」

 「そうだね」


 まだ時間はある。その間にできることはすべてやろう。


 「まず、アミアルの服をどうにかしないとね……」


 僕はアミアルの傷ついたワンピースを見た。

 あの戦いでたくさんの魔法を撃ち込まれていたから、アミアルの白いワンピースはところどころ穴が空いていたり、汚れがついてしまっていてボロボロだった。身体の傷は癒えてもそこまでは治せなかったらしい。さっきは言い出せなかったけど今がおそらく一番のチャンスだろう。


 「わ、ちょ、見るな!!」


 いきなり思い出したのか穴が空いて露出してしまっている肌を慌てて隠す。


 「いや、今更だよね!? というかさっきまで気づいてなかったの!?」

 「そ、それは戦いに夢中だったりスタグとの話に集中していたりだな……」


 まだ顔の赤いアミアルが言い訳をする。


 「たしか、アンテルイさんが替えを用意していてくれてたよね。それに交換しようか」

 「あー、それのことだが……一つ良いか?」

 「ん?」


 アミアルに何か考えがあるらしい。聞かない理由はないので、耳を傾ける。


 「実は、新しい服を試してみたくて……付き合ってくれるか?」


 耳元でそう囁かれて、不意にドキッとしてしまう。


 「う……うん、わかった。い、行こう」

 「そんなに緊張しなくてもいいだろう、私達の仲なのだから」


 思わず早口になってしまう僕に対してアミアルが呆れ顔で言ってくる。


 「あ、ごめん……そうだね」

 「さあ、早く行くぞ。私も着替えたい」


 というわけで、僕達はひとまず身の回りの装備を調ととのえることにしたのだった。

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