第二十一話 もしかしたらとんでもない証拠
「玉の密売ねえ」
「それが本当だとしたら、後宮を揺るがす事件だわ。殺人と同じくらいにね」
「そうですよね、やっぱり」
花音は改めて紙片をじっと見る。
「
「あの本がどんな内容だったか、覚えてる?」
「はい。『宝玉真贋図譜』は、普通の石と貴石の違いについて、詳しく書かれています。特に、外見が似ていて間違いやすい石と貴石については挿絵も付いていて、誰にでもわかりやすく解説されています」
「よくできました」
伯言がうなずく。花音は『宝玉真贋図譜』を頭の中に思い浮かべる。凛冬殿の女官たちがひっきりなしに借りるので、すっかり覚えたあの墨黒の装丁。
花音は卓子に身を乗り出した。
「伯言様、もしもですよ、後宮の中で玉の密売が行われているとして、それに関わっている人が『宝玉真贋図譜』を借りていったのだとしたら」
伯言は扇子を手の中で弄った。
「ま、目的はただ一つでしょうね」
扇子を弄っていた伯言の手が止まる。花音は、ごくりと唾を呑みこんだ。
「凛冬殿の女官たちに下賜されるという屑玉。その中に貴石が混ざっていて、その真贋を見極めたいってことですよね」
伯言は返事の代わりに、扇子を手の中でひとつ打った。
「ま、そんなところでしょうね。しかもただの貴石じゃない」
長い睫毛が、意味ありげに揺れる。
「おそらく、ものすごく価値の高い玉」
「価値の高い玉……」
花音は書架から、鉱物について書かれた本を数冊持ってきて、手早く頁をめくっていく。書付にある石の名前を探していく。
「あった!
極彩色で色付けしてある挿絵は、見ているだけで楽しい。
「燐灰石は安価で手に入る玉よ。都大路の露店なんかにも、燐灰石をあしらった簪や帯飾りが庶民向けに売っているわ」
「えっと……別名『模倣石』。いくつかの貴石と間違いやすいようです」
「たしかにそうね。露店に並ぶ品は、蛍石や紫水晶の代用品として売られていることが多いわ」
花音はドキリとする。
紫水晶。
紅の瞳を思い出す。あの吸いこまれそうな、奥で炎が燃えているような輝きを放つ紫色の双眸は、まさに宝石のようだ。
「……花音?」
「ええああっ、はいっ。えと、それでですね」
花音はあわてて、頭を現実に引き戻した。
「燐灰石の別名が模倣石、ということを考えると――」
書付を目で追っていた花音の表情が、硬くなった。
「伯言様。こ、こ、これ、もももしかして」
「なによ?」
「この書付を見てください」
花音は卓子の上に書付を置いた。
「碧雷一貫、銀子1000枚って意味ですよね、これは」
「ふん、まあそうね。碧雷なんて聞いたこともないけれど、貴石の一種に間違いないわ。なにせ一貫、銀子1000枚だものね。貴石の中でも最高級品でしょうね」
「隣のこれは、燐灰石一貫、銀子50枚って意味ですよね? ここに双方向の矢印がしてあるってことは」
花音と伯言の視線が合った。
「まさか」
「そのまさかですよ! この書付は、燐灰石だと思っていたものが碧雷という名の貴石だとしたら、って意味なんじゃないですか?!」
花音は穴のあくほど紙片を見る。そうだ。どうして気付かなかったんだろう。
「燐灰石として運ばれたたけど実は碧雷という貴石かもしれない石が、凛冬殿に保管されているってことじゃないですか?! ここにある数字通りだとすると……ざっと見積もっても銀子100000枚分の貴石が凛冬殿にあるってことになりますよ?!」
伯言が唸る。
「銀子100000枚分とは、ただごとじゃあないわね」
「ま、まさか蘇奈さん、この密売に関わって、それで殺されたんでしょうか」
伯言が首を振った。
「落ち着いて、花音。蘇奈さんが密売に関わっていた証拠は何もない。今のところ、璃莉さんがそうかもしれないと思っている、ってだけでしょう」
「は、はい」
「どうして璃莉さんは、そう思ったのかしら」
「さあ……三人で宝物庫に忍びこんだことしか、話してなかったですけど……」
しかし伯言に言われて、どこかに引っかかりがあるような気がする。
なんだろう。この引っ掛かりは――。
「あ」
花音は顔を上げた。
「そういえば璃莉さん、宝物庫で『宝玉真贋図譜』を見つけたとき、誰かが来たからあわてて紙片を懐に入れたって言ってました。そのとき誰が来たのか、それを言ってなかった」
伯言と視線が合う。
「聞いてらっしゃい、璃莉さんに」
伯言が静かに、しかしきっぱりと言って立ち上がった。
「あたしは内侍省へ行ってくるわ。きのう取り返しそこねた『宝玉真贋図譜』を受け取ってくる。今度こそごまかされないわっ」
朝一の取次も結局取り合わなかったなんて怪しすぎる、と伯言はぶつぶつ文句を言っている。
「いずれにせよ『宝玉真贋図譜』がこの件に関わっていることはこれで間違いないですよね。本を悪用するなんて……許せないです!」
花音もぶつぶつと文句を言いつつ、璃莉の思いつめた顔が脳裏をかすめる。
(璃莉さん、大丈夫かな。何を隠しているのかしら?)
「気を付けるのよ花音。あんたはもしかしたら、とんでもない証拠を手にしているのかもしれない。蘇奈さんを殺した犯人は、まだ捕まってないんだから」
伯言はそう言って、幾何学模様の扉に『閉堂』の札をかけた。
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