第十六話 憧れに年齢も性格も関係ありません?!


「失礼する」

 重々しい声とともに、細い蛇をまとめてたぶさにした巨大な頭が入ってきた。


(げっ、欣明きんめい様!)


 花音かのんは腰を浮かしかけたが、うしろから入ってきた女官を見て、ホッとした。

「こんにちは、璃莉りりさん」

 こそっと話しかけると、璃莉もにっこりと応じてくれる。


 璃莉は、卓子の横で茶の支度をはじめた。璃莉がそっと急須の蓋を開けると良い香りがあたり一面に漂った。


涼霞りょうか殿が白司書を御部屋へお通ししたと聞きましてな、お茶をお持ちしたのですよ」

「そうでしたか。お気遣い、ありがとうございます」


 ねっとりした欣明に、どこまでも爽やかな受け答えの涼霞は対照的だ。

 欣明は涼霞のそばへ寄り、親し気に肩に手をかけた。


「涼霞殿、はるばる函谷県かんこくけんから玉を守ってお疲れであろうに、司書を読んで教えを乞うとはさすがの勤勉さじゃ。御勤めがなければ、ずっとこの凛冬殿にご滞在いただきたいものを。冬妃とうひ様もきっとそう思うておられる」

「もったいない御言葉、いたみいります。私のような無骨者を冬妃様の御座所においていただき、恐縮するばかり。せめて教養を深めようと、白司書に教えを乞うたしだいでございます」

「まあっ、涼霞殿は謙虚であるなあ。そんなところも、また良いがのう」


 欣明は舐めるように涼霞を下から上へ眺める。

 そして、蛇のように細い目で、ちら、と花音を見た。


「まあそういうことゆえ、白司書。涼霞殿の求めに応じられるよう、きちんと勤めるのじゃぞ」

「はあ……」


 欣明は、頬を赤らめ、うっとりと涼霞を見つめている。

 それは客人に対するというより、憧れの想い人へ向けるまなざしだ。


(どういうこと?)


 璃莉をちら、と見れば、璃々は茶器を花音の前に置きつつ、困ったような笑みを浮かべた。


(そ、そっかー! 欣明様も涼霞様に夢中なのね!)


 欣明の年齢を考えれば親子ほどの差はあろうかと思われるが。


(まあ……憧れる気持ちに年齢は関係ないものね。それにしても、欣明様がねえ……)

 欣明が璃莉を怒鳴りつけていたところを思い出して、花音は複雑な心境になった。



 涼霞が「お忙しいのにお茶をお運びいただき、申しわけない。あとは私が白司書に給仕いたしますので」と言い出さなければ、欣明はずっと涼霞のそばにいただろう。


 欣明が行ってしまうと、花音はほっと肩を下ろした。

「欣明様はこわい……じゃなくて気難しいということですが、涼霞様には親しんでおられるのですね」

「私と欣明様は、同郷なのです」

「そうなのですか?」

「ええ。私も欣明様も、函谷県かんこくけんの出身です」


 函谷県といえば、玉や鏡などの鉱物資源が豊かなことで有名な地であり、袁家が州知事を務める北方三県の一つだ。


「欣明様の兄上は、袁家の指導の下、鉱泉の太監守をされております。私の実家である姜家は、代々袁家を御守りする武門の家なのです」

「そうだったんですね」

 意外なつながりに花音は驚く。


 そのとき、訪いの音がして、璃莉が入ってきた。


「たびたびおじゃまして、すみません。差し湯をお持ちするのを忘れてしまって」

「ありがとう、璃莉」

 璃莉が頬を赤らめる。

「いいえ……いつまでたっても仕事ができないと、欣明様に叱られております」

「そんなことはない。璃莉は、とてもよくやっていると思うよ」


(なんだか素敵。絵になるなあ)


 見つめ合い微笑み合う二人を見て、花音はぼんやり思う。

 女性同士であることを忘れてしまうほど、お似合いの二人だ。


 璃莉が退室しようと頭を下げたとき、しゃら、と簪が揺れた。


「璃莉、それは……」

 涼霞がハッと目を見開くと、璃莉ははにかむように頷いて、扉を閉めた。


(どうしたのかしら? そういえば璃莉さん、簪なんか差して、って欣明様に怒られてたな……とてもよく璃莉さんに似合っているのに)


 銀細工で先端に水晶が揺れる清楚な簪は、璃莉によく似合っていた。


(涼霞様、なんであんなに簪を見ていたのかしら。まさか、涼霞様まで簪なんか、って怒ってるわけじゃないわよね?)


 首を傾げる花音は、あとになってその意味を知ることになる。


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