第十話 花音、殺人容疑で連行される


「はあ? 殺人容疑?」

「はい。華月堂の司書女官、白花音殿に殺人容疑がかかっております」


 伯言はいぶし銀の扇子を開き、口元にあてた。

「今朝、皇城にて小耳にはさんだ話では、亡くなった女官は自死だったのでは?」

「はい。自死の可能性もあります。ところが、殺人の可能性もありまして」

「うちの部下は関係ないと思いますけど」

「それをお調べするために内侍省へ御出頭いただきたい。よって上司であるほう長官に許可をいただきたく、お願い申し上げます」


 武官は、内侍省長官の印の入った書面を伯言へ手渡した。

 伯言は、書面にちらっと視線を流し、自分を取り囲む四人の武官に目をやり、扇子の下で嘆息する。


(この者たち、元・暗赫あんかくね)


 花音を連行しにやってきた武官たちは、赤黒い鎧ではなく内侍省武官の黒い鎧をまとっている。

 しかし、皆同じ楽面のような顔。一糸乱れぬ訓練された動き。それらは、暗赫の陰湿さと不気味さを彷彿とさせる。

 以前、『暗赫』と呼ばれて恐れられていた内侍省精鋭隊は、おさの蠟蜂が『花草子』の一件で失脚して、解体された。

 しかし、皇宮追放になったのは蠟蜂だけで、ほとんどの者は内侍省に武官として残ったと聞いている。

 そして、その残党が花音を連行しにやってきた。


(陰謀のにおいがプンプンするわねえ。ま、そっちがその気なら、受けて立とうじゃない)

「……お話はわかりました。呼んでまいりますので、しばしお待ちを」

 伯言は武官たちに背を向けると、冷ややかに口の端を上げた。





「ぜったい逃がさない、って空気がすごい伝わってきますよね……」

 伯言に押し込められるままに事務室で丸まっていた花音は、深い溜息をついた。


「なんであんたが疑われてるわけ? それともあんた、凛冬殿で亡くなっていた女官と、何か関わりがあるの?」


『凛冬殿で女官が死んでいた』という報せは、今朝早いうちに皇城にも後宮にもかけめぐっていた。


「亡くなっていた女官、蘇奈そなさんだったんです」

「なんですって?」


 伯言も、蘇奈をはじめ凛冬殿の女官たちのことは認識している。


「しかも、蘇奈さんの遺体の傍に『宝玉真贋図譜ほうぎょくしんがんずふ』が落ちていたんです」

「は?! どういうことよ!」

「あたしもさっぱりワケがわからないんです。でもその場で武官に確認してくれって言われたので、背表紙の印紙を見たら、まちがいなく華月堂の本だったんです。で、そうしたら……こんなことに」

「ちょっと待って!」

「はい?」

「なんか、話が飛んでるわ」

「そ、そうですか?」

「そもそも、なんで亡くなったのが蘇奈さんだって知ってるわけ? ていうか、なんであんたが夜に凛冬殿に行くのよ?」

「ええっと、ほら、あたし、残業していて……って伯言様に言いつけられた仕事をしていたんですからねっ!」

「ふうん、ま、終わってなかったけど」


 伯言が横目で追った先には、山積みになった本がある。


「あ、あたし、ちゃんと仕事してたんですよ!」

「ふうん、?」

「そ、それは」

 伯言の艶やかな唇がニイ、と意地悪く上がった。

紅壮こうそう殿下がおでましになるまで、かしら?」

「~~~~~っ!」


 考えてみれば伯言は帝の側近だし、藍悠らんゆう紅壮こうそうとも親しそうだったし、後宮にいるということは皇子たちのお目付け役なのかもしれない。

 だから紅壮が夜、後宮の中をうろうろしていることも知っていて、華月堂によく来ることも知っていて、花音と親密になっていることも――知っている?!

(か、かんぜんに見透かされてるのかもっっ……)

 恥ずかしくて、穴があったら閉じこもってしまいたい花音だ。


「図星ね。で? 紅壮殿下と凛冬殿に何しに行ったのよ」

 華月堂で二人きりだった時間の部分をさらりと流してくれたので、花音は少しホッとする。

「警笛が鳴ったんです」

「警笛?」

「後になって考えれば、蘇奈さんの遺体を発見した内侍省の武官たちが吹いた警笛だったってことですけど。紅……壮様が、何かあったようだから、ここに一人でいるのは危険だとおっしゃって、それで一緒に動いたんです」

「ふうん……ま、いちお筋は通ってるわね」

「本当のことですってば!!」

「それで凛冬殿へ行ったら『宝玉真贋図譜ほうぎょくしんがんずふ』があって、内侍省から武官がおでましになって、ってわけね」


 伯言は、ちら、と事務室の外を見る。

 黒い鎧の武官たちは微動だにせず、扉の前に直立不動の姿勢で立っている。その横を、こわごわと華月堂を訪れる女官たちが通りすぎていく。


「やあね、これじゃあ来堂者をおびえさせちゃう」

「すみません、あたしのせいで」


(せっかく華月堂に人がたくさん来てくれるようになったのに……)

 本にとっては人の手に取ってもらえてこそ、この世に生まれた本領を発揮する。

 だから、華月堂の大切な本たちが、たくさんの人の手に取ってもらえるようになって、とてもうれしいこの頃だったのに。


(はあ……なんであたしって、こう災難を引きよせちゃうんだろう)

 うつむいた花音の肩を、ぴしりと扇子が打った。


「シケた顔してないで! きっちり身の潔白を証明していらっしゃいよ。別にあんたが悪いわけじゃないでしょ」

「伯言様……」

 素っ気ないけれど、花音の話を信じ、いつも通りにしてくれる伯言に目頭が熱くなる。

(ううっ、鬼上司だけど、優しいところもあるから憎めないのよねえ……)


「ついでに内侍省から『宝玉真贋図譜』、持って帰ってらっしゃい」

「はい!」

「それから帰りに、後宮厨で点心盛り合わせを調達してきてちょうだい」

「はい……」

「今日は海老焼売多め、包子は三種類、胡麻団子も忘れずに入れてもらってきてちょうだい」

「はいっ?!」


 いつもより注文の多い伯言に、花音の感涙は一瞬でひからびる。


(よーし、負けてはいられないわっ。鬼上司にも、ぬれぎぬにもっ)

 受けて立ってやる――花音は鼻息も荒く、事務室を出たのだった。

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