第三話 凛冬殿の三人組
薄紫色のお仕着せの女官たちが、受付の前に立っていた。
気温が涼しくなるこの季節、
(薄紫のお仕着せ……秋らしくって、素敵だなあ)
などと思いつつ、少々おまちくださいませ、と花音は記録が保管されている棚まで立った。
『
望み薄かな、と思いつつ花音は返却記録を確認する。
「あ!」
「ありまして?」
「はい、ちょうど返却されていたようです。見てきますね」
そう言い残して、花音は図鑑・図譜の書架へ向かう。
(『宝玉真贋図譜』が返却されているなんて、珍しい……でもよかったわ。忙しい合間をぬって、せっかく華月堂に来てくれたんだから、借りたい本を借りていっていただきたいもの)
そんなことを思いながら書架を三度、確認した。
ところが、奇妙なことに『
「申し訳ございません、書架に無いようで……今、どなたかがお持ちになっているのかもしれません」
混みあった華月堂の中には、たくさんの女官、宦官が思い思いに本を手に取っている。この中の誰かが『宝玉真贋図譜』を持っているかもしれない。
「あら、残念」
「仕方ないわ、人気の本だもの」
「それに、今の時間に、わたくしたち凛冬殿のどなたかが借りたのでしたら、その方に見せていただけばよろしいんじゃない?」
「そうよね、では、他の本を探しましょうよ。わたくしやはり『李氏物語』の続きが……」
「お手数おかけしましたわ、白司書」
「いいえ、また何かお探しの本がありましたら、遠慮なくお声がけくださいね」
「ええ、ありがとう!」
女官たちは話に花を咲かせて、色とりどりのお仕着せで混みあった華月堂の中へ、戻っていった。
花音は、ふう、と息をつく。
「残念だったな、『宝玉真贋図譜』。他の本を借りるお手伝いができればいいけれど……」
花音が受付にもどると、ごくごく薄い紫色のお仕着せ――凛冬殿の別な女官が三人、やってきた。
「みなさん、こんにちは」
「ねえねえ花音ちゃん、この本って、どんな感じ?」
そう言って本を持ってきたのは、
四季殿に出仕しているので、もちろん高級官僚の娘や中級貴族の姫なのだが、三人とも気さくな性格だ。
国の官人・女官を選抜する超難関国家試験・
「貴女が
三人がそう声をかけてきて、親しく話すようになったのだ。
花音は本を受ける。『
「三人とも、目の付け所がさすがです。これ、地味な装丁と題名で目に付きにくいんですけど、実はすっごく面白いんですよ」
「ええっ、ほんとう?」
「はい。筆者が龍昇国の各地を巡って、拾った鉱物を鑑定するんです。その過程で貴石だとわかった石や玉を職人さんに加工してもらう話なんかも、宝玉に興味のある人ならとても楽しめる内容だと思いますよ」
「へえ、そうなんだ。やっぱり花音ちゃんに聞いてよかった。これ借りていい?」
「はい、では、貸出帳はこちらです」
「三人で回し読みしていい?」
「ええ、もちろんですよ。どなたか、代表者のお名前を貸出帳に記名してください」
先刻の『
「
花音が言うと、おしゃべりな
「そりゃあね。だって、私たち、
「えっ、そうなんですか?」
「凛冬殿には、たくさんの
たしかに、凛冬殿にはいつもたくさんの荷が届いている様子だ。
花音は後宮事情に疎いが、華月堂は凛冬殿と比較的近いので、凛冬殿に入っていく荷の行列はよく目にするのだった。
そしてその荷の中に、まばゆいばかりの玉柱があるのを、見かけたこともある。
「その玉柱と一緒に、袁鵬様は
「その屑玉は、自由にもらっていいんですよ」
「ええっ?!」
花音は驚いた。屑玉とはいえ、玉は玉だ。それを自由に、タダでもらっていいなんて!
「後宮で
「な、なんて太っ腹な上司……」
花音は、ちら、と横目で自分の上司を盗み見る。
伯言は、今日もムダに洒落た
伯言は最近、女官たちの間でけっこうな人気がある。
柔らかい物腰、本に関する的確な助言、そして思わず見惚れてしまう美貌。
色恋沙汰にはほぼほぼ無縁の女官たちにとって、宦官であってもまさに伯言は憧れの的らしい。
ついこの間まで後宮内に流れていた、呪いだの幽鬼だのという華月堂についてのさまざまな憶測は完全なるデマ、
(だけど太っ腹にはほど遠いわ……)
花音に特別手当をくれるどころか残業はしょっちゅうだし、自分の仕事も花音に押しつけるし(伯言曰く「それも修行のうちよ!」)、使いっぱしりはあたりまえ。
相変わらずの鬼上司っぷりなのだ。
「いいですねえ、太っ腹な上司」
少し声を大きくして言ってみるが、きゃあきゃあと黄色い声に囲まれつつ本について解説をしている伯言には、微塵も聞こえていないようだ。
「でしょう? さすが冬妃様の御父上さまなのよ。玉について学ぶのは、女官としての教養を磨くことにもなるから、屑玉を使ってぜひ学ぶようにって。だからみんな玉の選別ができるようになろうと、玉や貴石の本を借りて勉強しているのよ」
「へえ……」
すると
「でもさ。蘇奈と璃莉が玉の勉強するのは、ほんとうは
「涼霞様?」
花音が首をかしげると、蘇奈と璃莉が頬を赤らめた。
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