第十三話 後宮厨の噂話
「はい、
「あ、ありがとうぅ陽玉ぅう! 陽玉だけよ、あたしを癒してくれるのわぁ……」
「大げさねえ。花音、疲れてるんじゃない?このところ、華月堂大忙しだもんねえ」
「うん……」
「それなのに、いつも本を持ってきてくれて、ありがとうね!」
陽玉は、花音が籠に入れてきた本をうれしそうに懐にしまう。
「ううん、返しにきてもらうことになるから、ほんとうに申しわけないよ。尚食女官はそれこそいつも大忙しなのに……」
「あはは、いいのいいの、気にしないで。抜け出せる口実になるからって、この頃じゃ華月堂へのお使いはジャンケンなんだから」
陽玉のこういう飾らない、あっけらかんとした明るさが、花音は大好きだ。
「ねえ、そういえば、聞いた?
「う、うん……」
娯楽の少ない後宮では噂が広まるのが早い。
死人だ出たとなれば、なおさらだろう。
「凛冬殿は四季殿の中でもとびぬけて待遇がいいって聞いていたけど、けっこう人間関係はドロドロだったのかしらねえ」
そのとき、ちょうど薪を持って横を通りかかった陽玉の同僚が、こそっとささやいた。
「
「ええ?!」
「しーっ、陽玉声が大きいってば」
「あのっ、その噂、どこで聞いたんですか?」
花音が聞くと、「もちろん凛冬殿よ」と鈴鈴。
「午前中、凛冬殿へ新しいお茶の葉を届けに行った子が聞いちゃったんだって。内侍省の武官が、近侍長官の
「そ、そうなんだ……」
花音は胸をなでおろす。
「どしたの、花音?」
「え? ううんなんでもない! でも、後宮の中で殺人なんて物騒ね」
さりげなく話をふれば、鈴鈴はさらに声を低めて目を輝かせた。
「そうよね。だって犯人はぜったいこの中にいるんだからさ」
陽玉も乗ってくる。
「誰だろう。嫌よね、人を殺しておいて、平気な顔してそのへんを歩いているかもしれないなんて」
「そりゃ、凛冬殿があやしいに決まってるじゃない」
「やっぱりそうよね」
鈴鈴と陽玉は、うんうんとうなずき合っている。
「どうしてそう思うの?」
「四季殿って、厨当番の女官たちが御膳を取りにくるの。そこでよく、女官たちと立ち話をするんだけど、凛冬殿の子たちの話によると、蘇奈ってけっこう、サボり魔だったらしいのよね」
「あたしもそれ、聞いたことある」と陽玉も手を打つ。
「そうなの? 蘇奈さん、テキパキしていて、仕事もちゃんとしてそうだけど……?」
首を傾げた花音に、鈴鈴がちっちっち、と指をふる。
「仕事はちゃんとやってたみたいよ。そうじゃなくて、要領がいいっていうのかな、スキマ時間を見つけては殿舎を抜け出して、一人でこっそりお菓子を食べていたらしいの」
「お菓子?」
「凛冬殿の子たちって、けっこう何かにつけてお菓子をいただけるそうなの。蘇奈はそのお菓子を、仕事をサボってはあちこちの木陰で食べていたらしいのよ」
「それじゃあ、死んだときもお菓子食べてたってこと?」
「じゃないか、って、あたしたち尚食女官では話してたところ。でもさ、お菓子食べながら自殺する子なんていないでしょ?」
「たしかに……」
「で、殺されたんじゃないかって噂があるわけ」
「なるほどね」
蘇奈がサボっていたなら、自分から隠れていたわけだし、周囲に気付かれにくいだろう。
(でも、蘇奈さんの傍には『
花音は知っている。
蘇奈は、おしゃべりでお調子者なところがあるが、本を大切にする人だ。
蘇奈は借りた本をいつも大事に抱えて持って帰ったし、返すときも平包に包んで持ってきていた。返却された本が汚れていたこともない。
(そんな蘇奈さんが、お菓子を食べながら本を読んだりするかしら……?)
花音が考えていると、それにね、と鈴鈴が続ける。
「蘇奈は、凛冬殿の麗人に熱を上げていたらしいよ」
「凛冬殿の麗人?」
「花音、知らないの? 姜涼霞様っていう、元禁軍の騎兵将軍だった方なんだけどね。今は袁家お抱えの後宮護衛として、凛冬殿に出入りしているんだって。なんと女性なのよ。とても麗しい御方なんですって!」
(姜涼霞様……たしか、蘇奈さんたちが噂していた人だわ!)
「女性ながらに凛々しくて、その御方が凛冬殿にご滞在のときは、もう大騒ぎらしいわよ。誰が食事やお茶を運ぶのかで、本気でケンカになるんですって」
「きっと蘇奈も、お運びしたことあるかもしれない。で、いっつもサボってるくせに! って恨みを買ったのよ」
「それあるある!」
鈴鈴と陽玉は盛り上がっている。
(凛冬殿に、行ってみよう)
二人の話を聞きながら、花音は決心していた。
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