第一話 月夜の悪戯
白い月明りの下、ごくごく薄い紫のお仕着せ姿が三人、荷の積まれた部屋の中を忍び足で進んでいた。
「ねえ、
ほっそりとした女官が言う。結った髪にはゆるふわとクセがあり、たおやかな
「ここまできて何言ってるのよ、
返したのは、三人の真ん中で
「いっつもイビってくる、あの憎たらしい
「でも……」
「大丈夫、見つかりっこない。ここは宝物部屋なんだから、欣明はともかく、荷の運ばれる日以外、人の出入りはないでしょ?」
「欣明様と鉢合わせたらどうするのよ?」
「そのときはそのときよ。厠にきたけど、暗くて回廊を間違えましたとでも言えばいいわ」
「もう、蘇奈ったら……」
「ねえねえ、なんかここ、気味悪いよ」
三人の中ではいちばんふっくらと大柄な娘が、きょろきょろしつつ言う。
「もう、
「だってそこに置いてある動物みたいなお面とか、今にも動きそう……異国の物かな。不気味だよ」
周囲の棚には、絹の反物、塗箱、その他細かい装飾品を入れた木箱に混ざって、異国渡りのお面などもある。
蘇奈が、そのお面の傍に近付いた。
「ちょっと蘇奈! やめなよ、そんな気味の悪いお面に触るの」
「こういう、誰も触りそうにない物が怪しいでしょ? いかにも隠し物をしそうじゃない」
蘇奈は、ぱっとお面を持ち上げた。
「うーん、残念。ハズレかあ」
「ねえ、やっぱりただのウワサなんじゃない? 欣明様が、異国のお菓子をネコババしてるなんて」
欣明は
凛冬殿へ入ってくるさまざまな品物の管理をしており、厳しくてドケチで嫌味、と三拍子そろっている嫌われ者だ。
そんな欣明が、夜中に宝物部屋でこっそり異国のお菓子を食べている――そんな噂が、近頃、
その真相を確かめに、三人は宝物部屋へやってきたのだ。
「いくらなんでも、冬妃様に送られてきた品を隠れて食べるなんて畏れ多いこと、しないと思うのよね」
「やあね、知らないの
「そんな諺、あったかしら……?」
「とにかく、欣明はああ見えて、甘い物に目が無いんですって。これは欣明にいつもお茶を運んでいく子に聞いた話だから確かよ。だったら、異国渡りの珍しいお菓子に目がくらんで、思わずネコババしてこっそり食べてても不思議じゃないわ」
「うんうん、欣明様のことは嫌いだけど、その気持ちはわかる。私も冬妃様がお菓子をくださるとき、もっとたくさんいただけたらなあ、って思うもん」
「もう、南梓ったらなんかズレてる」
「というわけで、そこにある塗箱の中とか木箱の中とかも探しましょ。封の開いたお菓子が見つかったらしめたものだわ」
「食べかけのお菓子を見つけて、どうするのよ?」
「ふふっ、あたし、もうすぐ宝物部屋のお掃除当番なんだ」
この棟は、凛冬殿の外れにあり、普段は使わない物をしまっておく倉庫、厠などと共に、宝物部屋がある。
ゆえに掃除は、殿舎の他の場所とは違って毎日ではなく、当番で回ってくるのだ。
「そのときに懐に隠して持っていって、宝物部屋のお掃除をしたフリをして、『ああっ、食べかけのお菓子がここに! なんでかしら!』って大騒ぎするの。欣明のやつ、きっと焦るに違いないわ!」
「そんなにうまくいくかしら……?」
「なんだか見えすいてるけど、それで欣明様をギャフンを言わせられるなら、スカっとしそう。ついでに、その食べかけのお菓子、もらいたいなあ」
「わかったわよ南梓。どさくさに紛れてもらってきてあげるから、今は動かぬ証拠を早く見つけるのよ」
三人は、しばらく棚の上の品物をひっくり返したり開けたりしていたが、
「――あれ?」
蘇奈が、南梓と璃莉を振り返った。
手には、一冊の本を持っている。
「ねえ、この本って」
「あっ、それ、みんなが好きな本だよね」
蘇奈の手から本を受け取ろうとした南梓が、あれ、と言った。
「なんか、本から落ちたよ」
「――しっ、誰か来るわ」
蘇奈と南梓のうしろで、璃莉が目を見開く。
「こっちに来るわ」
「えっ」
蘇奈は本を抱え、南梓はオロオロとその後ろにくっつき、璃莉が本から落ちた紙を急いで拾った。
「えっ、ウソっ、足音が近付いて来るよ!」
「どうするのよ
「とにかくどこかに隠れないと」
三人は、積まれた荷の影に隠れようとしたが――部屋の扉が開いたほうが速かった。
(まずい!)
しかし三人は、目の前に現れた人物を見て胸をなでおろす。
「ここで何をしている?」
その人物の問いに、三人は顔を見合わせた。
「えっと……その、今日、
見事なその場しのぎがスラスラと言えたのも、目の前の人物が心許せる人物だからだろう。
「なるほど。わかった。簪は見ておこう。そなたたちは、もう部屋へ戻れ」
「はい」
「それからこの部屋へは、許可無く立ち入ってはならぬと申しているはず。ちょっとした探し物でも、だ。今回は見逃すが、他の女官の手前、このことは他言無用にすること」
「はい!」
「次からはこのようなことのないように」
「申しわけございません」
三人は深々と頭を垂れ、逃げるように部屋を後にした。
「ほらっ、見つかっちゃったじゃない」
「でも大丈夫だったでしょ」
「あんまり大丈夫じゃないわ。心臓がいくつあっても足りないわよ。早くお菓子食べてお茶飲みたいよ」
「もう、南梓ってば、食べることばっかり」
ホッとしながら回廊をそそくさ去っていく三人の女官は、気付かなかった。
自分たちをじっと見ている、白刃のような鋭い目があることを……。
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