第13話 帰宅部「女神過ぎる」

「……んっ」

「お、起きたかの」


掠れる視界に、ぴょこぴょこと何かが動いているのが映る。

一体なんだ、と思いつつ、少女はやけにスッキリした体を起こし、寝ぼけ眼を擦った。

最初に目を奪ったのは、自身の隣に佇んでいた少女。

金色の髪に、頭頂部に生えた狐の耳。

その臀部からは、よく洗ったぬいぐるみのように、ふわふわとした尾が九つ伸びている。

「神話の中から出てきた」と言われても信じてしまいそうなその風貌を前に、少女は恐る恐る問いかけた。


「……神様?」

「そうじゃ、と言いたいところじゃが、残念ながら違うのう。

妾は生まれも育ちもフツーの人間じゃ。

ちょーっち改造しとるくらいでの」

「……魔神軍、なの?」


魔神軍か、その被害を受けた人間か。

少女が彼女の苦痛を想像していると、彼女…生物部は、首を横に振った。


「違う違う。趣味じゃ。

妾、『人の子など孕みとうない!』と言いたくての」

「……………???」


脳裏に宇宙が広がった。

少女がフクロウの如く首を傾げていると、こん、こん、とノックの音が響く。

生物部がそれに「入ってええぞ」と許可を出すと、1人の少年が部屋に入ってきた。

先日、粥を奢ってくれた少年…帰宅部である。

帰宅部は少女の体を見つめ、「変わったとこはないな」と呟くと、軽く笑みを浮かべた。


「よっす。元気になったか?」

「うん。おかげさまで。

…えっと、この人は…、コスプレイヤーさんなの、かな?」

「あんまり気にしないでくれ。

深刻な病気なんだよ」


生物部に同情を向ける少女には聞こえないように、帰宅部は「頭の」と付け足す。

尚、当の本人である生物部にはバッチリ聞こえており、軽く帰宅部を睨め付けていた。


「…とりあえずコイツのことは置いといて。

寝起きで頭回んねーかもだけど、ちっと謝りてーことがあんだよ」

「ううん、謝るのはこっちの方だよ。

こんなに良くしてもらってるのに、何にも出来ないし…」

「えっ…と、そ、それで贖いきれないレベルのやらかしをしたというか…」

「改造ついでに体治しといたぞ」

「そう、かいぞ……、あ゛っ!?」

「………かいぞう?」


脈絡もなく飛び出た単語に、こてん、と首を傾げる少女。

帰宅部はどうオブラートに包もうか、と思考を巡らせるも、隣にいるのは人の心を解さないサイコパス。

少女の上に資料を放ると、生物部は説明を始めた。


「その図に書いとるのが、昨日までのお前に見られた症状じゃ。

ドーピング薬の影響で半年で死ぬような状態じゃったが、妾たちが作ったナノマシンによって完全に治療されておる。

無論、膜も子宮も元通りじゃ。子供もサッカーできるくらいに作れるぞ。

詳しい原理は聞くなよ。無知に説明するほど疲れるもんはないからの」

「よくわかんないけど…。

そんなことできるの?」

「出来るかどうか答えたところで、どうせ信じんじゃろ。

『なんかよくわからんけど、寝たら治ったわ』とでも思っとけ」


無論、思えるわけがない。

少女がその詳細を問い詰めようと口を開きかけるも、生物部はそれに被せるように、言葉を続けた。


「で。今からお前に施した改造について説明するぞ。

まぁ、簡単に言えば、『元の能力がめちゃくちゃ強くなった』と言ったところで、そんなに複雑なモンは付け足されとらん。

武装の見た目は変わっとるから、『前のデザインが良かった』とかクレームあったら美術部に直してもらうぞ。

まあ、取り敢えずは試してみい」

「………えっと…え???」

「そらそうなるわな」


寝てる間に改造しました、などと言われても、そんな反応になるに決まってる。

帰宅部がうんうんと頷く傍ら、少女は「試しに」と、手のひらを胸に押し当てる。

ほとんどの魔法少女は変身の際、胸…心臓あたりに手のひらを押し当てて集中する。

一点に集中させた力を押し出し、四肢の隅々まで広げるような感覚。

もはやルーティンと化した一連の動作を終えると、自身の体が作り替えられていくのを感じる。

ただ、いつもと違う点を挙げるとすれば。

変身と共に体から放たれた機械の波が、形成されていく武装に絡み合っていくことだ。


「え!?ちょっ、なになになに!?」

「お前ら魔法少女は変身シークエンスが長ったらしいからの。

変身中に攻撃されたらやられるじゃろが」

「それはそうだけど、一応聞くね!

これ、どっから出たの!?」

「お前の体を治しとるナノマシンじゃぞ。

お前の毛穴からに決まっておろう」

「……うそ?」

「マジ」

「もうちょっとマシな場所なかった!?」

「上の口からがよかったか?それともア○ルの方が良かったか?」

「どれもヤダ!!」

「なら毛穴の方がええじゃろ」


もう少し方法はなかったものか、と思いつつ、少女はヤケクソ気味に目を瞑る。

瞬間。黒い髪が紫色に染まり、サイバーチックなドレスを纏った魔法少女が、その場に顕現した。


「……な、なんか、結構変わってる」

「おお、成功じゃ。マナリアの技術は単体だと大したことないが、その拡張性だけは評価に値するの」

「マナリアが何かはわかんないけど…。

これ、めっちゃかっこいいね!」

「お。ロマンがわかるタイプじゃな?

改造についてじゃが…」

「全然いいよ!うん!魔法少女とかより、こういう方が大好き!!」

「………ああ、うん。君がいいならいいと思うよ、うん」


衣装を揺らしながら興奮を露わにするシャイン・アメジストに、帰宅部は諦めたような表情を浮かべる。

悲しきかな。彼女もまた、ロマンの前には道徳倫理が吹き飛ぶタイプだった。

自分の周りにはロマンの奴隷しかいないのか、と呆れていると。


「これ、なんかペルセウスに似てるね」

「そりゃそうじゃろ。だって、ソイツ作ったの妾たちじゃし。

あ、このゴリラがペルセウスの中身な」


その間に、特大級の爆弾が落とされた。

誤魔化す隙もなく告げた生物部に、帰宅部は泡を食った顔を浮かべる。

彼の焦りも察することなく、それを聞いたアメジストが帰宅部を見た。


「………あー、えっと、変身…、でいいか?」


いつもなら絶対にやらないが、特撮っぽくポーズをつけてみる。

と。機械の波が侵食するように、ものの1秒で帰宅部の体を覆い尽くした。

帰宅部はパワードスーツにより強化された身体能力を使い、天高く飛び上がり、カエルのようなポーズを取る。

そして、そのまま落下すると、手のひらと額を勢いよく地面に叩きつけた。


「多大なご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでしたァ!!」

「…………え?」


生物部曰く、それはそれは、見事なジャンピング土下座であったと言う。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「別にいいよ」


反省の「は」の字もない生物部の額を半ばに地面に埋め、事情を説明し終えた帰宅部。

アメジストはそれに対し、薄く笑みを浮かべ、首を横に振った。


「気にしてない…って言ったら嘘になっちゃうけど、私に守れなかったものをたくさん守ってくれてたってのはわかったから。

むしろ、謝るのはこっちだよ。

こんなカマトトぶって、保身しか考えてなかった最低な魔法少女が担当してて、本当にごめんなさい」

「………ぐ、う、ぐすっ…」

「…なんで泣いてるのかな?」

「いや…。こんな絵に描いたような聖人君子、実在したんだって感動してて…」

「私、普通のこと言ってるだけだと思うけど」


帰宅部の周りが異常すぎるだけである。

身内を除けば、初めて出会った「良識のある人間」を前に、感動に打ち震える帰宅部。

これだけで、道徳心を丸ごと投げ捨てた常識知らずどもに、どれだけ振り回されているかがよくわかった。


「あんな地獄環境で育って、ここまで道徳心あるとか、マジやべぇよ…。

この人、異世界聖女の生まれ変わりとかじゃねーよな…?」

「私、昨日は『みんな死んじゃえ』とか言っちゃったし、そこまでいかないよ。

…でも、よかったぁ。ペルセウスの正体が、優しい男の子で」

「炎上した原因を前にそんなこと言えるとか女神過ぎる」

「え…?なんでそんな泣く…?怖っ…」


帰宅部が流す涙の理由がわからず、ひどく困惑する生物部。

原因の一端が自分にあるとは、これっぽっちも思っていないらしい。

人の心はわからないながらも、「絵面が逆じゃなかろうか」と思いつつ、アメジストの体を観察する生物部。

薬物による影響は、これっぽっちも見られない。

度重なるストレスによる衰弱も、嘘だったかのように消えている。

治療目的のナノマシン運用実験としては、十分な成果だと言えるだろう。

生物部はデータを工学部のアドレスに送り、アメジストを拝み倒すオブジェと化した帰宅部の頭を叩いた。


「あだっ」

「ええ加減にせい。褒められることに慣れとらんからオロオロしとるぞ」

「あはは…。褒められるって、結構…その、恥ずかしいんだね…。

久しぶりで忘れちゃってた」


そのはにかんだ笑みに、どきっ、と生物部の胸が波打つ。

この時。彼女は初めて、三次元の女に「萌えた」のであった。


「…帰宅部。妾、コイツ欲しい」

「ぅえっ!?」

「そんなおもちゃを要求するみたいに言うなアホ」

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