第27話 帰宅部「これが見たかったんだよ」

「来い。俺を守れ」


青年が、くっ、と指を上に向けると共に、どこからか十人の男女が降り立つ。

帰宅部と戦闘を繰り広げているフィシィによく似た装備を纏っているあたり、こちらも洗脳されているらしい。

手芸部はかかってきた男を軽く蹴り飛ばし、ため息を吐いた。


「はー……っ。女の子の趣味はいいけれど、服の趣味は下の下…いや、それすら過大評価になっちゃうわね。

全員、仕立て直してあげるわ」


男についての言及がない。

文化部たちが帰宅部のデート模様をリアルタイムで実況させるために渡したインカム越しに、そんな疑問を投げようとするも、悲しきかな。

茶々を入れられるのが嫌だったのか、彼女はとっくに電源をオフにしていた。

手芸部は拳を放った少女の鎧を、ものの二秒でズタズタに引き裂いた。


「はい、1人。採寸のために脱いでもらったけど…、筋肉付きすぎね。もう少しボディラインを絞った方が可愛く見えるわ」

「化け物めっ…!!」

「なんでこういう役回りのヤツって、格上に会った時の罵倒が『化け物』か『怪物』のパターンしかないのかしら?不思議ね」


手芸部は首を傾げると共に、腰に下げたポーチから、金色に輝く糸が通された針を取り出す。

と。先ほど手芸部に蹴り飛ばされた男が立ち上がり、その場から飛び上がった。

常人どころか、魔法少女でも目で追えない速度で動き回る彼に、手芸部は軽く舌打ちする。


「ガガンボの真似かしら?不愉快だわ」

「ごぉっ!?」


ごっ、と、鎌の柄が、男の脳天を捉える。

手芸部は地面に叩きつけられ、バウンドした男の鎧に針を突き刺し、糸を引いた。


「退きなさい。あなたたちが邪魔で、女の子の採寸が出来ないじゃない」


手芸部は言うと、その場から消える。

…否。消える、と言う表現は正しくない。

人の神経では知覚できないほどに速く、尚且つ静かに動いているのだ。

ものの一瞬で六人の男の間を通り抜けた手芸部は、人差し指と親指で挟んだ糸を、上へと向ける。


「パッチワーク…、っていうのも烏滸がましいわね。醜い作品になってしまったわぁ」


くっ、と糸…否。糸状の特殊金属を引くと共に、男たちの体が勢いよく宙へ舞い上がる。

手芸部が更にそれを引っ張ると、男たちの体が糸に沿ってまとまり、がぁん、と激しい音を立て、地面に落ちた。


「貴様、一体何をした…!?」

「見てわかりなさい、ノータリン」

「っ、お前たち!!殺せ!!」


その場に塊り、倒れた男たちを蹴り飛ばし、向かってくる少女らの肢体を観察する手芸部。

少し鍛えすぎなのが目立つが、そのお眼鏡には適ったらしい。

手芸部は一瞬で残った三人の間を駆け抜け、鎧を切り裂いた。


「貴様…!?本当に人間か…!?」

「キチガイども、なにしてんの?さっさと隠す布送りなさい」


青年が、驚愕に声を震わせる。

それを無視した手芸部は、その場に倒れ込んだ少女らの体を隠すため、文化部たちを脅して転送させた布を被せた。


「さてと。あとはあなたをひん剥いて、キチガイどもに引き渡すだけね」

「なっ…!?わ、わかっているのか!?俺はいずれ帝国の頂点に立つ…」

「人間の言葉で喋ってくれない?

私、虫の鳴き声は理解できないの」


遮るように言うと、手芸部は指を鎌の柄にある液晶に走らせる。

瞬間。彼女の足元を覆い尽くすように、黒い繊維が駆け巡った。

それに対し、青年はリヴェリアが使っていたような剣を取り出し、鍔に備え付けられた指紋認証に指を当てる。


「……く、くくっ…。まさか俺が、これを使う時が来ると…」

「ぴーぴー鳴かずに使いなさいよ、ばぁーか」


青年が変身すべく剣を振おうとするも、悲しいかな。

手芸部の言葉に合わせて、地面を走った黒が伸び、その剣を弾き飛ばした。

それに目を剥く暇もなく、青年の口を、更に伸びてきた黒が押さえ込む。


「むぐむがっ…!?」

「こんなにか弱い女の子をよってたかって殺そうとした罰よ。

こっちも、よってたかってボコボコにしてあげるわ」


はて。「か弱い女の子」に該当する人間が、この場に居ただろうか。

無論、手芸部も冗談のつもりであったが、それを指摘するかのような青年の視線にムカついたのだろう。

手芸部は指を上に向けたのち、それをゆっくりと反転させた。


「『ディアボリック・ナイトメア』。

名前は安直だけど、どんな目に遭うかはわかりやすいでしょう?」


瞬間。黒の中から這い出るように、鋭い牙と鉤爪を持つ悪魔たちが顕現する。

その正体は、彼女を中心に展開した「繊維型の特殊金属から作られた化け物」。

そうとも知らない青年は、あまりに壮絶な景色を前に、顔を歪めた。


「ははへっ!?ははへぇえっ!!??」

「だーめ。女の子にダサい格好させた罰よ。

そのダサい顔面、もっとダサくしてあげる」

「ひ、ひぇ、は…、ほへ、ほへんは…、ひぎゃあああああああっ!?!?」


彼女がにっこりと爽やかな笑みを浮かべた途端、悪魔が青年に殺到する。

成す術をなくした青年は、悪魔たちの暴虐を受け入れる他なく、声にならない叫びをあげた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「うぉっ…。あっちに居んの、手芸部か?

やられた奴にゃ同情するわ」


フィシィの攻撃を避けつつ、叫び声が聞こえた方向に目を向ける帰宅部。

イカれポンチの中でもぶっちぎりで倫理観が死んでいる手芸部のことだ。エゲツない方法で完封したのだろう。

そんなことを思いつつ、帰宅部はフィシィの頭部を覆った兜に指を突き立てた。


「趣味悪いぞ、その兜。外せ」


びしっ、と、兜に亀裂が走る。

と。それを嫌ったのか、フィシィが先ほどとは比べ物にならぬほどの力を込めて帰宅部の腕を握り、手を離そうとする。

が。帰宅部はそれに動じることなく、兜を破壊した。


「………っ」


フィシィはそれに顔を歪めると共に、剣を逆手に持ち替え、帰宅部の顎を目掛けて振り上げる。

帰宅部はそれを軽く避けると、首を傾げた。


「あっれぇ?頭の装備壊したら洗脳解けるとかじゃねーの?」

「…各部位から針を刺し、思考能力を奪う薬品を絶え間なく投与している。

そのうえで、鎧にプログラムを仕込むことにより、無理やりに体を動かしているのだ」

「それ、中身要らなくね…?」


嫌がらせのために作ったとしか思えない。

帰宅部が苦い表情を浮かべるのも束の間、フィシィは続けざまに剣を振るう。

帰宅部はのらりくらりとそれを避け、拳を握った。


「つまりは、全部壊せばいいんだろ?

じゃ、まとめてぶっ飛ばせば解決だ。お前ら、アフターケア頼むな」


がっ、と叩きつけるように、手の甲のジェネレータを強く押す。

と。帰宅部の両腕に、リヴェリアを殴り飛ばした時のようなガントレットが展開された。

それに応えるように、フィシィは剣を捨て、手のひらの中に太陽のような光の玉を作り出す。

瞬間。その玉を中心に紫電が迸り、地面を抉った。


「…………」

「はっ。気に食わねーなぁ、そのツラ。

あとでたっぷり笑わせてやるよ」


帰宅部はその場から駆け出し、ガントレットに赫を纏わせる。

対するフィシィは、完成した球体を、向かってくる帰宅部に放った。

球体の正体はプラズマ。

とは言っても、身近なプラズマである炎とは比べものにならぬ、触れれば塵すら残らない程のエネルギー密度を誇るソレが、地面を抉りながら帰宅部へと迫る。

帰宅部はソレを避けることもせず、思いっきり拳を振り抜いた。


「なっ…、バカっ!!ソレに直撃したら、いくらお前だとしても…」


リヴェリアが声を張り上げるのも遅く、帰宅部の拳が光へと飲み込まれる。

瞬間。ぶわっ、と、光の塊がそこらに霧散すると共に、巻き起こった風が、リヴェリアたちの長い髪を揺らした。


「………は???」


あまりに出鱈目な光景を前に、リヴェリアが呆然と口を開く。

一方、帰宅部はフィシィの襟元に、なにやら黒い物体が付着したのを確認すると、思いっきり拳を引き絞った。


「メテオ・ハルパァアアッ!!」


放たれた拳が、フィシィの腹部を捉える。

と。一瞬の静寂が訪れた後、衝撃が草木を激しく揺らした。

その上に、殴り飛ばされたフィシィの体が転がり、鎧の破片を落としていく。

軈て、彼女の体が木に叩きつけられ、残った破片がその場に落ちる。

倒れたフィシィの体は、数秒だけ動いた後、ふっ、と電源を落としたかのように、力をなくした。


「…ふぅ。終わっ…」

「フィシィっ!!」

「うぉっと」


帰宅部を押し除け、リヴェリアがフィシィに駆け寄る。

あんな一撃を喰らったのだ。大怪我程度で済むはずがない。

リヴェリアはフィシィの怪我の程度を確認すべく、残ったアンダースーツを引き裂いた。


「………ん?」


あのクソ兄に付けられたであろう細かい傷や打撲はあるが、帰宅部の拳による傷が見当たらない。

リヴェリアが首を傾げていると、帰宅部が申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、すまん…。

そいつでパンチの衝撃からは守ったけど…」


帰宅部の視線に沿うように、リヴェリアが視線を向ける。

と。蜂のような形をした機械が、フィシィの胸元を這っていることに気づいた。

実を言うと、この機械はリヴェリアと帰宅部のデートを観察していたカメラの内の一つであった。

無論、帰宅部への嫌がらせのために開発されたものなので、彼の馬鹿力で破壊されないよう、バリア機能を有している。

帰宅部もその存在は知っており、「どうせ今回も派遣されているだろうな」と判断し、自身の攻撃からフィシィを守るよう、文化部たちに命令したのである。

だがしかし。スーツを纏った帰宅部の一撃は流石に応えたのか、蜂型の機械は熱を放ち、その場で機能停止する。

と。その熱さにより目が覚めたのか、フィシィが「んっ…」と呻き声をあげた。


「っ、フィシィっ…!」

「………り、ゔぃ…?」

「ああ、ああ…っ!」


自身を呼ぶフィシィの掠れた声に、何度も頷くリヴェリア。

フィシィはとめどなく涙を流す親友を前に手を伸ばそうとするも、その手が上手く動かないことに気づく。

しかし、フィシィはそれでも手を伸ばし、リヴェリアの頬を伝う涙を拭った。


「…なきがお、ぶさいく」

「おまえのっ…、おまえのために、泣いてるんだろうが…っ!ばかぁ…っ!!」

「……うん。ごめん」


リヴェリアが「ばか、ばかっ」と泣き崩れ、薄く笑うフィシィに縋る。

何秒…、いや。何分、そうしていたことだろうか。

目元を腫らしたリヴェリアが顔を上げ、彼女の視界から退いた。

フィシィの視界を埋め尽くしたのは、藍色に染め上げられた空と、そこに浮かぶ星々。

故郷の作り物の空では決して見られない景色を前に、フィシィは呼吸を忘れた。


「……あれが、そら。…すごく、きれい」

「…ああ。ああ…!」


言って、笑みを浮かべ合う2人。

帰宅部は彼女らを前に、満足そうに深く息を吐いた。


「はー…っ。これが見たかったんだよ」

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