第26話 帰宅部「兄ちゃん姉ちゃん助けて。コイツが抱えてるもん、想像以上に地獄だった」

「落ち着いたか?」

「ああ…。すまない、情けない姿を見せた」


しばらくして、一頻り泣き終えたリヴェリアは、帰宅部に軽く頭を下げる。

帰宅部はそれに胸を撫で下ろすと、どこかで見ているであろう、文化部たちに「笑ってたら殴る」と口パクする。

大半の死刑が確定した瞬間であった。

すっかり夕日は落ち、満天とはいかないまでも、そこかしこに散った星が、空に鎮座する。

リヴェリアはそれを横目に、帰宅部にぎこちない笑みを浮かべた。


「…いろいろとありがとう。

久しぶりに、すっきりした」

「どういたしまして。で、帰んの?」

「ああ。…私には、故郷でやるべきことがある」

「……そーかい」


帰宅部は軽く返すと、リヴェリアが所持していた短剣を投げ渡そうとする。

が。リヴェリアはそれを止めるように、手のひらを前に突き出した。


「ちょっと待ってくれないか。

…もう少し、話がしたい」

「情報渡すつもりないんじゃなかったか?」

「…愚痴のようなものだ。

長いかもしれないが、付き合ってほしい」

「眠くなるし、長話は苦手なんだがなぁ…。

ま、聞くだけ聞くわ」


集会でガッツリ寝るタイプである帰宅部からすれば、一方的に語られる長話は子守唄と同義である。

寝ずにいられるか、と心配をこぼし、帰宅部はベンチに座り込んだ。

リヴェリアはその隣に座ると、星を見上げながら、口を開いた。


「私の真の名は、リヴェリア・レアン・マナリア。…帝国の第二皇女だ」

「……ん???」


今、なんつった?

帰宅部はそう言いかけるも、リヴェリアは構わず続けた。


「上には三人の兄と、一人の姉…。下には数え切れないほどの弟妹がいる。

…お前たちが思うような兄弟としての情など、ないようなものだが」

「相続争い的な?」

「ああ。一年に一人は兄弟が減る。

…ひどい時は、十人の弟妹が、実の兄姉の手にかかって死んだ。

無論、私も何度か死にかけた。毒を盛られた時など、全身の神経が焼け付くような痛みが三日三晩続いた」

「兄ちゃん姉ちゃん助けて。

コイツの抱えてるもん、想像以上に地獄だった」


帰宅部がリヴェリアに聞こえないように助けを求めるも、悲しきかな。

この場には兄も姉もいなかった。

帰宅部が遠い目をする横で、リヴェリアは「大丈夫か?」と心配を露わにする。

それに帰宅部は、「大丈夫」と軽く返し、無理矢理に笑みを浮かべた。

正直なところ、全然大丈夫じゃない。

ところどころで茶々を入れないと、メンタルがもたない。

明確な敵をぶん殴って解決するような事態だといいが、と思いつつ、帰宅部は「続けてくれ」と、リヴェリアを促した。


「世話をしてくれた乳母すらも、おしめを変えたことのある弟すらも、私を殺しにきた。

なにもかもが敵だった。

5歳になる頃にはもう、誰も信じないと心に決めていた」

「5歳って、俺が兄貴に駄々こねて、オセアニアにニジイロクワガタ捕まえに行った頃じゃねーか…」


当時は相当なクソガキであった帰宅部は、リヴェリアの壮絶な過去を前に、ヒクヒクと表情を引き攣らせる。

帰宅部は気づいていないが、彼の行為は全て、リヴェリアの凍てついた心に、火炎放射器を放ったようなものである。

様子を見ていた文化部たちが、帰宅部の無自覚な人たらしぶりに戦慄しているとも知らず、帰宅部は「なんかごめん」と、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、いい。…元々、私のような小娘が誰も彼もを信じないと言うのは、無理な話だったのだ」

「…えっと、わかりやすく言ってくんね?

なんつーか、回りくどい」

「………」


帰宅部の言葉に、リヴェリアは顔を顰める。

話を整理しているのか、暫く沈黙が続く。

それを破ったのは、リヴェリアが笑みと共に吐いた、小さな吐息だった。

夜の闇の中に、褪せない思い出を描くように、彼女は天を見上げ、口を開く。


────外の世界には、本物の空がある。いつか、リヴィと一緒に見たい。


「…私には、無二の親友がいたのだ」


親友が『いた』。

帰宅部は言葉の中の憂いに気づくと、露骨に顔を顰める。

どう考えても、気分のいい話が展開される未来が見えない。

聞くんじゃなかった、と軽く後悔しつつ、帰宅部は「どんなやつだ?」と問いかけた。


「フィシィというのだが、おっとりというか…、ぽけーっとしていてな。

何も考えてないのかよくわからない…、そんな表情の機微が乏しい女だった。

だが、好奇心は人一倍でな。

同年代の中では、最も博学だった。

私に空を教えてくれたのも、彼女だった。

顔を合わせるたびに、『軍に入って、一緒に空を見に行こう』と、時を忘れて語り合ったこともある」

「…急に早口だな、お前」


よっぽど友人のことが好きなのだろう。

得意げに語るリヴェリアに、帰宅部がなんとも言えない笑みを浮かべる。

「こんなものではないぞ」と、友を更に褒めちぎろうとするリヴェリア。

帰宅部はそれに対し、「出会いの話とか聞かせてくれ」と、話題を逸らすことでことなきを得た。

リヴェリアはそれに際し、当時を思い出すように、軽く目を閉じる。


────がんばって…!解毒はした…!あとは、気力の問題だから…、死んじゃダメ…!


「先ほど、毒を盛られたと言っただろう?

その治療をしてくれたのが、彼女だったんだ」

「あー…。そーりゃ落ちるわー…」


最初こそは不仲だった、と語るリヴェリアは、懐かしむように彼女との思い出を語る。


────リヴィ、助けて。家が爆発した。…外にある『花火』というものを作ってた。火薬の一種だって。…なんで怒る?


────お金がない。ちょうだい。……?皇女なんだから、たくさん持ってるはず。だから、ちょうだい。…ください。…貸してください。言われた通りに言い直した。怒鳴らないで。


────ご飯、食べよ。今日は作ってきた。私も食べるから、これでリヴィもあんし…、ごめん。コレ、すごくまずい。


────闇市から『外から仕入れた』っていう書物を手に入れた。一緒に読む。向こうの文字で『葛飾北斎・春画集』だって。たぶん、春の絵…、ごめん。エロ本だった。


────…うん。私たち、親友。…嬉しい。


何もかもを信じられなかったリヴェリアと、そんなこと知ったことか、とマイペースに距離を詰めていったというフィシィ。

話を聞くうちに、帰宅部は会ったこともない彼女に、軽く親近感を覚えていた。

しかし、このまま思い出話ばかり聞いていては、夜が明けてしまう。

帰宅部はリヴェリアの言葉を遮るように、口を開いた。


「知識はあるくせに、肝心なところは抜けていたりしてな。

いつも無茶に私を巻き込んで…」

「その親友さん、なんかあったんか?」

「………っ」


帰宅部の問いに、息を呑むリヴェリア。

懐古を浮かべていた表情は一変して、怒りと悲しみをぐちゃぐちゃに混ぜたかのようなものへと変貌する。

想起するのは、ただでさえ機微のない表情がすっかり抜け落ちた、彼女の顔。

その隣に立つ、不倶戴天の敵。

悍ましい思い出を前に、リヴェリアは強く拳を握り、声を震わせた。


────良かったな。お前の親友、出世頭だぞ。


「……私の育ったあの地獄において、無二の親友は弱味でしかなかった。

私が心を開いたから…、私が迂闊だったから…、私が完璧じゃなかったから…。

彼女は…、フィシィは……」

「おい、伏せろ!!」


リヴェリアがありったけの空気を吐き出そうとした、その時。

帰宅部がリヴェリアを押し倒し、姿勢を低くする。

瞬間。背後に並んでいた木々が、軒並みすっぱりと切り裂かれた。


「うぉおっ…、やべっ…」

「貴様っ、どこ触ってるっ!!」


斬撃に戦慄く帰宅部に、リヴェリアが顔を赤くして声を張り上げる。

帰宅部は自分の手に視線を下すと、彼女の胸を鷲掴みにしていたことに気づいた。


「……令和の時代にこんなコッテコテなラッキースケベ、ある?」

「いいから離せ、変態っ!!」

「ありがたやーありがたやー」

「何故拝む!?!?」


ぎゃーぎゃーと二人がくんずほぐれつを繰り広げていると。

続く斬撃が、二人の首を刈り取らんと迫る。

帰宅部はそれをリヴェリア諸共身を翻して避けると同時に、軽く立ち上がった。


「さーてと。さっきから俺らの首狙ってんのは、どこのどいつだー?」

「………我が兄ながら、趣味が悪いな」

「んぁ?」


帰宅部が斬撃の発生源へと目を向けると。

そこには、人形としか表現できない表情を浮かべた少女が、やけに禍々しい装備を纏い、こちらを見下ろしているのが見えた。


「フィシィ…っ」

「……………」


フィシィ。自分の迂闊さのせいで兄に利用され、帝国の破壊兵器と化した、無二の親友だったモノ。

あの兄のことだ。自分の心を、根本からへし折りにきたのだろう。

リヴェリアは推測に伴う悲痛と後悔に苛まれながらも、続け様に斬撃を放つフィシィを忌々しげな目で見上げる。

と。その様子を見ていた帰宅部が、深いため息を吐いた。


「…ふーん。洗脳とかそういうのね。

お前の人生、思った以上に地獄すぎるわ。今時の週刊誌かよ」


週刊誌だったら、確実にどっちか…もといはどっちも死んでいそうだ。

帰宅部はそんなことを思いつつ、目の前に迫り来る斬撃を前に、拳を突き合わせた。


「無駄に長い友だち自慢しやがって。

『友だちほっとけないから帰る』って、ハナッからそう言いやがれ」


がぁん、と音を立てて、斬撃が霧散する。

機械に侵食されていく帰宅部は、指を銃のように構え、表情を失った少女に向けた。


「そういう友情、大好物だぜ。

失くしたお前らの『遊び心』、俺らが取り戻してやるよ」


────星を纏え、流星武装。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「く、くくっ…。ペルセウスの正体が、まさかあんな小僧だったとは…」


その頃。少し離れた高台にて、帰宅部の姿がペルセウスに変わるのを目の当たりにした青年が、くっくっ、と喉を鳴らす。

何を隠そう、彼の正体はリヴェリアの兄…、帝国の第二皇子であった。

リヴェリアを探しに行く、という名目で始末しにきたが、こんなおまけが付いてくるとは。

彼はそんなことを思いつつ、手元にある小型の機械に、淡々と言葉を吐き出す。


「そいつごとリヴェリアを殺…」


瞬間。手元にあった機械が、バラバラに裁断された。

かかかっ、と、連続して、足元に何かが刺さる音が響く。

青年がそちらを見ると、市販の裁ちばさみが、地面に深々と突き刺さっていた。


「……あら?壊しても治らないのね、洗脳。

どう言う仕組みなのかしら?」


色香が籠った声が、青年の耳を震わせる。

青年が視線をそちらに向けると、現在のリヴェリアとよく似た服装の少女…手芸部が首を傾げていた。

彼女はリヴェリアの着替えを手伝ったのち、帰宅部を全力でバカにするために、少し離れた場所から尾行していたのである。

青年の動きを看破できたのも、尾行の途中で気付いたという、全くの偶然だった。

青年は問うより先に、手芸部に対して無骨なデザインの銃を向け、引き金を引く。

自身の眉間を撃ち抜くべく飛んでくる弾丸を、手芸部は取り出したレースのハンカチで軽く受け止めた。

青年はそれに目を丸くするも、即座に平静を取り戻し、問いかける。


「……なんだ、貴様?」

「んー…。強いて言うなら、ヒーロー…かしら」

「…はっ。ペルセウスの真似事か、バカ女。

どんな手品を使ったかは知らんが、とっとと私の前から失せろ」

「嫌よ、バカの国の王子様」


罵声に臆することなく、どこからか取り出した鎌を振るう手芸部。

青年が彼女に向けて次々と弾丸を放つも、手芸部は軽々と切り落とした。


「可愛い女の子には、可愛い服と可愛いお化粧で精一杯可愛くなる義務があるの。

あんなにダサい鎧も。

それを彩ってしまう涙も。

彼女たちを嗤うあなたの醜い顔も。

全部、全部要らないのよ」


実を言うと、手芸部は怒り狂っていた。

しかしながら、彼女の怒りの原因は、リヴェリアの親友であるフィシィを洗脳し、彼女に差し向けたことではない。

両者の出立ちの「ダサさ」であった。

それを強要したのが心を許した友人ではなく、目の前の男であるともなれば、その怒りを人格破綻者が抑え切れるはずもない。

青年が困惑を露わにするのをよそに、手芸部は鎌の柄に備え付けられた液晶に、指を滑らせた。


「だから、私たちが切り捨ててあげる」


手袋を中心に、幾何学的な赤いラインが駆け巡っていく。

瞬間。彼女の装いがぐずぐずに崩れたかと思うと、悪魔のような彫刻を創り出す。

その彫刻が青年を剛腕で弾き飛ばすと共に、中にいた手芸部が鎌を振り上げた。


「ぐぉっ…!?」

「…このプロセス、いるかしら?

まあ、いいわ。流星武装」


彫刻が斬り砕かれると共に、その破片が下着姿の手芸部へと集結する。

まるで這うように、破片が服へと変わっていく。

しかし、その装いは先ほどとはまるで違う。

水色で構成されていた服から一転、白と黒のバトルドレスを纏った手芸部は、こっ、こっ、とつま先で床を叩いた。


「さぁ、彩りなさい」

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