第25話 帰宅部「一緒にクレープ食ったら友だちって思ってんだよ」

「………まぁ、当然の結果だろうな」


深々と眼前のアスファルトに突き刺さった怪物の首を前に、リヴェリアはため息を吐く。

この怪物が猛威を振るったのも、ものの数秒だった。

駆けつけた魔法少女たちも困惑しているのか、あわあわとこちらへと向かってくるのが見える。

と。戦闘を終えた帰宅部が首のそばに降り立ち、リヴェリアに頭を下げた。


「すまんすまん。そっち首飛んだわ。

おーおー…。こーりゃ直すの大変そーだわ。

やっぱビームブッパのが良かったかねぇ。ビル巻き込みそうだったからやめたけど」

「…一応は高ランクの魔獣だったのだが」

「アレって、流行りの漫画みたくランク付けされてんの?」

「言ってもいいが…、総じて私より弱い。

お前からすれば区別つかないと思うぞ」

「………それに苦戦してる魔法少女って、もしかしなくてもハンパなく弱いだろ」


仮にも人類の希望だと言われている存在に対し、容赦ない一言である。

リヴェリアも擁護する気はないようで、深々と頷いた。


「マナリアの文明が少なからず残っているこちらと、マナリアの血筋の搾りかす。

どちらが上か、語るまでもないだろう?」

「言う割には、お前らの国、大したことなくね?クレープもないんだし」


帰宅部の鋭い一言に、びしっ、とリヴェリアが固まる。

と。彼女は途端に視線を右往左往させ、おずおずと口を開いた。


「…………し、仕方ないだろ…。

食文化も娯楽文化も、殆ど発展してないんだから…。

と、というか!文化についてお前らが言えたことか!?」

「エロ絵師が歴史の教科書載るくらいのガチ変態国家だからな。

ぐうの音も出ん正論だわ」

「認めるなっ!!」


リヴェリアがそう叫んでいるうちにも、魔法少女らがこちらに近づいてくる。

帰宅部は流し目でそちらを見ると、リヴェリアの体を抱え上げた。


「って、ンな雑談してる場合じゃねーわ。逃げなきゃいけねーんだった」

「…魔法少女たちとも敵対してるのか?」

「なんつーか、見つかると面倒なんだよ。

こっからは口閉じてろよ。舌噛むぞ」


帰宅部は言うと、その場から飛び立つ。

その体に襲いかかる風を前に、リヴェリアは声にならない叫びをあげた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…っと。ここまで来れば、問題ねーだろ」


少し離れた、山を少しばかり拓いて設立された公園にて。

とっ、と着地すると共に、武装を解除する帰宅部。

帰宅部の首に掴まっていたリヴェリアは、乱れた髪をそのままに、彼を睨め付けた。


「ぜぇ…、ぜぇ…!し、死ぬ…かと…!

もう、少し…!ゆっくり…!飛べ…!!」

「え?お前、絶叫マシンとか無理な系?」

「ぜ、絶叫マシンが何かは…わからん…が…!

絶対に、碌でも…ないっ…、モノ、なのは…、わかった…!」


腰が抜けてしまったのか、帰宅部がその場におろしても、抱擁を止めないリヴェリア。

童貞なら理性が軒並み吹き飛んでしまいそうなシチュエーションだが、悲しきかな。

倫理観が死んでいるとはいえ、絶世の美少女…演劇部のマイクロビキニ姿を見て全力でバカにするような童貞は、その程度で動じなかった。


「あんま男にもたれかかるな。

そういうの、惚れた男にしかしねーもんなんじゃねーの?」

「…はぁっ!?だっ、誰がお前のようなイカれポンチに!?」

「心外」


異常者の自覚はあるが、イカれポンチとまで言われる筋合いはない。

イカれポンチというのは、社会的な迷惑を考慮せずに好き勝手やる、倫理観がすっぽ抜けた天才のことを言うのだ。

そんな謎の線引きを脳内で展開しながら、帰宅部はふと、視線を横に向ける。


「あ、もうンな時間か。

ほら、腰抜かしてる場合じゃねーぞ。こっち見てみろ」

「…?」


首を傾げ、帰宅部の視線に沿うように、顔を横に向けるリヴェリア。

と。広がる景色を前に、呼吸を忘れた。

一言で例えるならば、空が燃えていた。

空に鎮座していた火の玉が、景色の向こうへと沈んでいる。

全体を見渡すと、空の一部が吸い込まれそうな黒に飲み込まれている。

故郷の空では、絶対に見ることのできない光景。

リヴェリアは思い出したように、深く、深く、息を吐いた。


「綺麗…」


幻想的としか言えないその光景を前に、リヴェリアが見入っていると。

帰宅部が「こっち見てみろ」と、リヴェリアを促した。

リヴェリアが帰宅部の指に沿って、視線を燃える空から、暗く染まった空へと逸らす。

と。その黒に、負けるものか、と言わんばかりに光を放つ点が見えた。


「あれ、1番星な。夕方に真っ先に見える星なんだけどよ…。

もう1時間もすれば、もっと星が見え…、あーっと、なんか泣くようなことしたか?」

「………え?」


帰宅部が心配そうに、リヴェリアの顔を覗き込む。

リヴェリアは帰宅部の言葉を確かめるように、目元に指を這わせる。

濡れている。そう感じると共に、初めて自分が涙を流していることに気づいた。


「……っ、すまない…。醜いものを…」

「醜くはねーけど…。

その、大丈夫か?やっぱ昨日殴ったのが効いてるとかねーよな…?」

「……何故、私の心配をする?」


「アイツらが治療したから大丈夫なはずだけど」と心配する帰宅部に、リヴェリアが首を傾げる。

曲がりなりにも、リヴェリアは人類の敵だ。

その自覚があるからこそ、リヴェリアは帰宅部の心配を理解できなかった。

それに対し、帰宅部は心底不思議と言わんばかりに、呆けた顔を見せた。


「友だちを心配するのに、理由いるかよ。

一緒にクレープ食ったら友だちって思ってんだよ、こちとら」

「…正気か、お前?

私は、お前たちの敵なんだぞ…?」

「そういうなら、解除した時に首折れば良かったろ。お前なら出来るだろ?」

「っ…」


帰宅部の指摘に、言葉が詰まるリヴェリア。

無意識ながら、リヴェリアもまた、帰宅部を友人として認めていたのだろう。

自分はどうしてしまったのだろうか。

今の今まで築き上げてきた全てを崩すような真似を、どうして肯定できるのだろうか。

そんな葛藤に苛まれるリヴェリアを見て、何かを悟ったのだろう。

帰宅部はしゃがみ込み、ぽん、と、彼女の背中を叩いた。


「…今までよく頑張ったな。えらいぞ」

「………っ」


何がわかる、と叫ぶつもりだった。

だが、溢れた涙がそれを許さなかった。

リヴェリアは必死になって、次から次へと流れる涙を袖で拭う。

帰宅部は何も言わず、彼女の隣で、その背をさすった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る