第4話 帰宅部「絶対に俺らが見つけちゃダメなやつ」

「ふっふっふっ…!

来たわよ!『散った魔法少女の霊が出る』ともっぱらの噂の洞窟!」

「帰宅部らしく帰っていい?」


中間テストを目前に控えた放課後。

制服の上に「とんび」を羽織った少女の背後で、完全武装した帰宅部の呆れ声が漏れる。

ソレを聞いた彼女は、首の骨が折れてしまうのではないかと思う勢いで後ろを向き、帰宅部に迫った。


「何言ってんの!?こんな危ない場所にか弱い女子1人を置き去りにする気!?」

「オカ研。お前みたいなのはか弱いの部類には入らねーんだわ」


少女…オカルト研究部に向け、帰宅部の毒舌が突き刺さる。

彼女もまた放送部、演劇部と並ぶ生粋のエゴイストであり、興味の赴くままに周囲を引っ掻き回す問題児である。

それだけなら放送部と演劇部と同じ扱いで済んだのだが、彼女のタチの悪さはそこではない。


「お前、学校で自分がなんて言われてるか知ってるか?」

「知らない」

「歩く核弾頭」

「……そこまではいかないんじゃない?」

「心霊スポットを巡れば、なにやらよくわからん呪物見つけて呪われるわ、ミステリーサークルが出来た現場に行けば、そこで会った宇宙人と夏休み全部使った大冒険する羽目になるわ…。

なあ、俺の目を見て言え。

こんだけトラブル引っ張ってきといて、まーた面倒ごと掘り当てる気か?」

「うん」

「即答すんなシバくぞ」


致命的な巻き込まれ体質なのである。

興味本位で調べたことの9割は決まって厄介ごとが付き纏っているし、立ち寄った場所には必ずと言っていいほどになんらかの曰くが存在している。

言うならば、1番外れて欲しい低確率だけをピンポイントで引いてしまうのだ。

そんな彼女が、最近話題の心霊スポットに行くと言い出した。

帰宅部が辟易を浮かべるのも当然である。

が。そこはエゴイストの中のエゴイスト。

勇足で洞窟に踏み入る彼女を前に、帰宅部はがっくりと肩を落とした。


「帰宅部なんだから帰宅させてくれよ…」

「一回は帰宅してるじゃない」

「帰って5分も家にいなかったっての」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ワオ☆古代文明」

「そんなクソみてぇな感想で済ませられるような事態じゃねぇよバカタレ」

「おぅ」


目の前に広がるのは、オーバーテクノロジーにも程がある都市の残骸。

転がる瓦礫にさえ、SF映画で言う「未来都市」に近い趣を感じるが、断面の風化から見るに、古代文明の産物であることは違いないだろう。

戯けるオカ研に、帰宅部は軽くタイキックをかます。


「いやぁ、もたれかかった壁が秘密の入り口だったとは」

「お前もうどこも触るな。いや、動くな」

「こんなロマン空間で『動くな』は無理でしょ」

「お前がなんか触った途端、『ボタン押したから世界滅亡させまーす』とかあり得るから言ってんだよ。

探索なら俺がしてやるから、お前は大人しくしとけ」


素直に言うことを聞くとは思わないが、言わないよりかはマシだろう。

「ぶー」と頬を膨らませるオカ研をよそに、帰宅部はそこらの探索を始める。

なるべくオカ研を見張れる範囲で探索をしたいが、この遮蔽物の多さから、ソレも難しいだろう。

ゲームのカメラのように、自分を第三者視点から見ることができたらいいのに。

そんなことを思いつつ、帰宅部が足を進めた、その時だった。


「見て見てー!変なの拾ったー!」

『このメッセージを見ている魔法少女。

まずは君にお礼を言いたい。ありがとう』

「元あった場所に返してこい!!」


人に近いシルエットの石像を脇に抱え、興奮したオカ研が駆け寄ってきたのは。

反射的に捨て猫を拾ってきた我が子を叱りつける母親のようなセリフが飛び出すも、オカ研は言うことを聞かず。

あろうことか、無造作にその石像を床に置き、べしべしと頭部を叩き始めた。


「ほら、こことかすごいしっとりしてるけどあったかいんだよ!?

ぱっと見はただの石なのに!」

「やめろやめろ!ソレ絶対そんな粗末に扱えるモンじゃねーから!!」

『これから君に語るのは、君自身に関わること、更には魔神軍にとっても重要な情報だ。

心して聞いて欲しい』

「コレ録音かよ!?もっと古代オーバーテクノロジー的なサムシングであれよ!!

あと俺ら魔法少女じゃねぇよ!!せめて生体認証くれぇ付けろよォオーーーッ!!」


ありったけの空気を吐き出すように吠え、息を切らす帰宅部。

絶対に悪ふざけでヒーローをやっている高校生が見つけるべきものでは無い。

なんなら、聞いてる音声も魔法少女の関係者が聞くべきものである。

古代オーバーテクノロジーでも、妙なところで古典的なのだな、と思いつつ、帰宅部は耳を傾けた。


『君たちが使っている力は、自然に発生したものでは無い。

マナリア文明の技術によって生み出されたものなのだ。無論、魔神軍もね』

「ほら、魔法少女とカケラも関わりのねー俺たちが聞いちゃいけないヤツだよ…!

半端なく重要そうなこと言ってるもん…!」

「はわわぁあ…!!」

「ああダメだ顔も声もロマンに負けてる」


目の中に椎茸の切り込みに近い紋様が見えるのは、気のせいでは無いだろう。

帰宅部がどうにかしてコレを魔法少女の関係者に渡すかと思案していると。

通信機能から、科学部の声が響いた。


『私たちで持ち帰って研究しよう』

「…マジで言ってる?」

『文明というくらいだ。

遺跡なら他に腐るほどあるだろう。

一つくらいパクってもバレん』

「どうやって持ち帰るんだ?」

『スーツの位置情報から場所は割り出せる。

工学部が作った搬入作業用ロボットを使って少しずつラボに搬入する』

「資材ないんじゃねーのかよ」

『スーツに使う資材だけだ。他は潤沢だぞ』


ここだけしか遺跡がなかったらどうするつもりなのだろうか。

重要そうな情報を垂れ流す石像をよそに、帰宅部がそんなことを思っていると。

石像の相貌から光が放たれ、ホログラムの地球儀が現れた。


『マナリアはかつて、この海に存在していた大陸で栄えた王国だ。

もっとも、技術の悪用を危惧した私の決定により、水底に沈んでしまったがね』

「太平洋のど真ん中…ってことは、ムー大陸!やっぱり実在したのね!」

『大陸を丸ごと海に沈める…?

どんな技術だ?興味がある』

「…サルベージとかするなよ?」


コイツらならやりかねない。

この文化部どもが足元にも及ばないほどに高度な文明を誇っていますように、と祈りつつ、帰宅部は地球儀を見つめる。

ムー大陸がある以外は、大方まんまだ。

コレが壮大なドッキリだったら良かったのだが、文化部2人の反応を見るに真実なのだろう。

頭が痛み始めた気がする。

帰宅部が眉間に皺を寄せるのをよそに、石像は話を続けた。


『それに賛同する者は多くいた。

故郷を捨てることが民意となってしまうまでに、我々の持つ力は強大で、危険なものだったのだ。

…無論、その文明を水底に沈めるのを快く思わない者もまた多かった。

最初は小規模な集まりだったが、次第に彼らは大きくなり、後に「魔神帝国」と名を変え、我らと対立した』

『歴史の勉強はいい。早く技術を教えろ』

「もっと情緒を大事にしろよ…」


この音声の主が浮かばれないと思えてきた。

はるか昔の人物に心からの同情を送りつつ、帰宅部は石像の声に耳を傾けた。


『その産物が、君たちが戦っているであろう怪物…生体型破壊兵器「魔獣」。

それに対抗して創り出された人型生物兵器が、「魔法少女」というわけだ。

……そう。君たち魔法少女は、私たちマナリアの血を引く者なのだよ』

「すみません引いてません。

ほら見ろ!俺らが先に見つけちゃったからこの人の覚悟とか諸々が全ッ部ギャグになってんじゃねーか!!」

『知らん。生体認証付けん方が悪い』

「そーだそーだ」


帰宅部たちは知らないことだが、この石像には生体認証に近い機能が搭載されている。

ただ、魔法少女が扱うエネルギーに当てられることで起動するという作りなだけで。

もうお分かりだろう。文化部の悪ふざけで作ったスーツにも、科学部と工学部が再現に成功したエネルギーが循環しているのである。


つまり。ここで起きた全ては完膚なきまでの偶然による不幸だったのだ。


かつて、ここまで居た堪れないメッセージがあっただろうか。

帰宅部は心の底から溢れ出る同情と罪悪感に負け、膝をつく。

そのまま流れるように手のひら地面に押し当て、深々と頭を下げた。

日本人の謝罪の象徴、土下座である。

洗練された一連の所作は、雅だとすら思えた。


「本当にッ…!すみませんでしたッ…!!」

「なんで謝ってんの?」

『コイツの対策が甘いのが悪いだろ』

「いいから謝れ!!この人の諸々全て台無しにしちゃったことを心から謝れ!!」

「なんで怒ってんだろ?」

『怖っ』


哀れ。文化部には人の心がなかった。

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