第5話 帰宅部「倫理って単語知ってますゥ!?」

「…そんな大したことなかったね、マナリアの文明」

「ああ。私たちみたいな高校生が再現できるくらいだ。理論の切り込み方は斬新だったが、それだけだったな」

「お前らがおかしいだけだって…」


文化部どもがこっそり作ったラボにて。

眼前に揃った摩訶不思議が極まった道具の数々を前に、帰宅部は引き攣った表情を浮かべる。

中には、魔法少女が所持していた武器に近いものまである始末だ。

覚悟や諸々が完全に台無しになった挙句、無関係な人間に骨の髄まで技術を搾り取られたマナリア文明の先人に、帰宅部が同情を抱いていると。

ばぁん、と扉が壊れんばかりの勢いで開き、興奮した様子の生物部が姿を現した。


「妾の時代、来たァっ!!」

「……どした?」

「ふっふっふっ。何を隠そう、マナリア文明の技術を取り入れたことにより、とうとう妾の悲願が成就したのじゃ!!」


どうせ碌でもないことだろう。

帰宅部がそんなことを思っているとも知らず、生物部は嬉々として背を向ける。

…何も変わっていないように思えるが。

帰宅部、工学部、科学部がそう言わんばかりに首を傾げた、まさにその時。

生物部の臀部から放たれた九つの尾が、スカートを突き破った。


「ふっふっふっ、どうじゃ!

指からビームとか火の玉も出せるぞ!

コレで妾、パーフェクトな妖狐じゃ!!」

「寝る時大変そう」

「座りにくそう」

「日常生活に支障来たしまくりだろ」

「安心しろ!引っ込めることもできる!」


技術の無駄遣いにも程がある。

マナリア文明の先人が浮かばれなさ過ぎて、涙が出てきそうだ。

そんなことを思っていると、ふと、工学部が声を漏らした。


「…もしかして、生物兵器案も実行できるようになった?」

「無論!マナリアの技術により、予算も機材もバッチリ確保できたのじゃ!」

「え?じゃあ、俺もうスーツ着なくていいってこと?」

「こっちはこっちで『特撮並みの概念的存在を工学で作り出す』というテーマで取り組んでるから、まだまだ着てもらうぞ」

「くそったれ」


一瞬でも希望を抱いた自分がバカだった。

絞り出すように罵声を浴びせた後、ふと、帰宅部は何かに気づいたように生物部に視線を向けた。


「あのさ、気になったんだけど」

「む?なんじゃ?」

「スカートもパンツも千切れてね?」

「…んぁっ?」


生物部が素っ頓狂な声をあげた、その瞬間。

スカートどころか、子供っぽいデザインのパンツの残骸までもが床に落ちた。


「…………ミ゜ギェアッ!?!?」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「あー…。完全に失念しとった…。

尻尾用の穴の空いた服、手芸部に作ってもらうかのう」


突然だが、私は猫である。

有名な小説のように、「名前はまだない」と言いたいところだが、「シュレディンガー」という名前がある、立派な血統書付きのスコティッシュフォールドなのである。

今日も今日とて、金色の髪を彩るように生えた狐の耳が美しいご主人様に寄り、体を擦り付ける。

今日は珍しく、あのヒラヒラは腰に巻いていなかった。


「手芸部も困るだろ。…いや、アイツなら作れるだろうけどよ。

女子高生がケツに穴の空いたパンツとスカートはどうかと思うぞ」

「では、妾の尾はどうお披露目しろと?」

「するなよ。人前で出せねーだろ、あんなん」


珍しく、今日は「帰宅部」なるオスを家に招き入れている。

私はこの「帰宅部」というオスも大好きだ。

「構え」と、私が頭を擦り付けるたびに、仕方ないと言わんばかりに遊んでくれるのだ。

私が彼に擦り寄ると、彼はなんとも言えない笑みを浮かべ、息を吸い込んだ。


「………うん、やっぱ言うわ。誰!?」

「誰って、シュレディンガーじゃ。

妾の改造により人型にもなれる、スーパー猫ちゃんじゃぞ」

「人間じゃんもう!猫耳と尻尾以外、普通の女の子じゃん!!

シュレちゃん怒れ!このマッドサイエンティストがガチ泣きするまでシバき倒せ!!」


はて。何を言ってるのだろうか。

私が人間?そんなわけがない。だって、私はパーフェクトに可愛い猫ちゃんなのだ。

…そういえば、お気に入りのベッドが少し小さいような気がしたな。

そんなことを思いつつ、私は毛繕いをすべく、手を口元にやる。

と。いつもと違う感触が、唇を撫でた。


「………にゃ?」

「お、ようやく改造に気づきおったぞ。

抜けてるところも愛いやつよのう」

「お前さ、小さい頃から一緒に育ってきたっつー家族を、お前…」

「前々から改造はしとったぞ。

こやつ、妾の作った若返りマシンの影響で10年間ずっと3歳じゃったし」

「倫理って単語知ってますゥ!?」


…はて。私の手って、こんなに毛が少なかっただろうか。

私の声は、こうも人に近かっただろうか。

私の目線は、こんなにも高かっただろうか。

そんな疑問が浮かぶと共に、私はふと、鏡に目を向ける。


そこには、私がいるべき場所に、私によく似た毛並みの人間が座っているのが見えた。


「…………に゛っ!?

にゃ、ぅあんっ!ぅああぅ、ゔぁ!!」

「あだ、だっ、だっ!?

叩くな叩くな!痛いではないか!?」

「そら叩くわボケ。いいぞ、シュレちゃん、もっとやれ」


どういうことだ、と迫り、べしべしとご主人様の頭を叩く。

昨日、マグロの缶詰を食べた後の記憶がないが、まさかその間に何かされたのか。

私が全力の抗議をしていると、ご主人様はそれを振り払い、勢いよく立ち上がった。


「前々から思っておったのじゃ。

『獣形態と人形態を使い分ける獣っ子はエロい』と」

「自分の性癖に愛猫を巻き込むな!!」

「げふぅっ!?」


帰宅部の拳がご主人様の顔面に決まった。

いいぞ、もっとやれ。ご主人様はもっと痛い目に遭うべきだ。

…それにしても、尻尾が二つになっているのはなんでだろうか。

自分の尻から揺れる尾を見ながら、首を傾げていると。

大嫌いなあの音が、ご主人様たちの小さい板から放たれた。


「おっ。シュレディンガーの初陣に相応しいタイミングじゃのう」

「お前本気で言ってる?」

「本気も本気じゃ。シュレディンガーは魔神軍大っ嫌いじゃからな。

なにせ、思い出のキャットタワーもおもちゃもなにもかもぶっ壊された挙句、保証されなんだしの。

さ、今日はアイツらシバきに行っていいぞ」

「………にゃっ」

「シュレちゃん案外やる気なんだ…」


魔神軍。私の誕生日にご主人様が頑張って作ってくれた宝物をぶっ壊した悪者。

本当は顔面がぐっちゃぐちゃになるまで引き摺り回したかったが、いつもダメだと言われて、ご主人様にケージに押し込められていた。

が。許可が降りた今、今日こそはアイツらを引き摺り回せる。

私が扉へと駆けていくと、待ち構えていたのであろう、工学部なるオスと科学部なるメスが突如として現れ、私の脇を抱えた。


「はい確保ー!」

「すまないが、流石に身バレ防止の装備はつけてもらうぞ!」

「にゃっ!?にゃ!にゃぁあーーーっ!!」

「絵面ヤバ」

「はっきり言って事案じゃな」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「クソッタレぇ!!」


がらがらと音を立て、マナリア文明特有の摩訶不思議なオブジェが崩れる。

罵声と共にオブジェに蹴りを放ったのは、魔神軍において幹部を務めている男。

彼はその苛立ちが抑えきれないのか、その場で地団駄を踏み、ありったけの空気を吐き出すように吠えた。


「なんだ、なんだよ、あの女ァ!

オレの魔獣を、ああもあっさり…!!

ペルセウスといいアイツといい…」


想起するのは、先ほど眼前で繰り広げられた蹂躙劇。

爪のようなガントレットを纏い、猫のような仮面を付けた謎の女が、魔神軍が扱う生物兵器である獣を木っ端微塵に裁断したのだ。

あまりにふざけた光景を前に、場に居合わせた魔法少女たちも唖然としていたのを思い出す。

纏っていた装備の紋様から考えるに、魔法少女の仲間ではない。

どちらかと言えば、ペルセウス寄りの存在に思える。


「……待てよ?

まさか、まさか…、あんな出鱈目が2匹もいやがるってことか…!?」


それに気づいた瞬間、男の顔から血の気が引いた。

実際は2匹どころの騒ぎではないのだが、それを知らせるのはあまりに酷だろう。


兎にも角にも、ペルセウスの相棒として、新たに「シュレディンガー」と呼ばれるヒーローが各方面から注目を浴びることとなった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「なぁん」

「マジで猫に戻れるんだな。

ほーら、○ゅーるだぞー」

「にゃあ♡」

「ぬぉい!それは妾の特権じゃぞ!」


魔神軍幹部が1人焦っていた頃、戦いを終えたシュレディンガーは、堕落を貪っていた。

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