第6話 帰宅部「こんな性格悪いヒーローいる?」

「魔神軍って、結局何がしたいんすかね」

「…文芸部。藪から棒にどうした?」

「ババ抜き負けそうだからって関係ない話しないでよ。ほら、次はシュレちゃん引く番なんだから、きちんと向けて」


昼休みの教室にて。

帰宅部、工学部、文芸部の男3人と、いつの間にやら学校に忍び込んでいたシュレディンガーを交え、ババ抜きに勤しんでいる最中、文芸部がふと疑問を漏らす。

魔神軍の目的は、いまだに見えてこない。

何か目論見があることは明確だが、普段の破壊活動がそのための布石かと問われると、疑問に思う部分もある。

が。文化部たちは特に興味がないのか、帰宅部の膝でカードを前足で挟むシュレディンガーに構い倒していた。


「猫状態でババ抜きできるって、シュレちゃんやっぱ天才」

「賢いよね、シュレちゃん。脳改造はしてないって聞いたけど」

「案外、前世が人間だったりして」

「なぁん」

「首横に振ってる。違うみたいだな」

「すみません、少しでいいんで、自分の話に興味持ってもらってもいいっすか?」


猫とは思えない所作の数々を披露するシュレディンガーを可愛がる2人に、文芸部は少し語気を強める。

2人は心底面倒臭そうに視線を彼に向け、頬杖をついた。


「…で。なにが言いたい?」

「まあまあ。まずは俺がそう考えるに至った理由から話すっす」

「まどろっこしいから結論から話してよ。

これは読み聞かせじゃなくて、話し合いなんだから」

「…はいはい、わかったすよ。

俺が言いたいのは、『魔神軍が行う侵略活動は、なにかを悟らせないための陽動なんじゃないか』ってことっす」

「その『なにか』を突き止めてない時点で無益な話だと思うよ、それ」


工学部の指摘に負け、なんとも悲しそうに眉を顰める文芸部。

帰宅部は軽くため息を吐くと、仕方ないと言わんばかりに問いかけた。


「…で。どういうことだ?」

「今の魔神軍がやってるのって、ハッキリ言ってジリ貧極まった消耗戦じゃないっすか。

そんなモンするくらいなら、もう少し策を弄してもいいと思うんすよ。

それこそ、人間社会に溶け込んで、その中から崩すとか。

幹部陣、ほとんど人だったじゃないすか」

「とっくにわかってるよ、そんなこと。

なんで『陽動』って発想に至ったの?お得意の妄想?」

「……ごめん、泣いていいっすか?」

「お前、仮にも賞取った作家だろ…。

そのメンタルの弱さ治せよお前…」


工学部の歯に衣着せぬ物言いに、涙目になって帰宅部に縋る文芸部。

帰宅部が呆れる一方、その膝に座るシュレディンガーは、文芸部の手元から器用にカードを一枚奪い取った。


「にっ」

「お、揃ったっぽいな。

シュレちゃん、一番乗りだ」

「シュレちゃんの表情は流石に読めないね。猫だし」

「…話を戻すっすよ。

魔神軍は手段を破壊活動に拘っている。

それも、バカみたいに怪獣をぶっ込むだけの無差別テロ以下のものっす。

何かを強く主張するわけでもなく、どうせ直されるとわかってる破壊活動を続ける理由ってなんなんすかね?」

「それで行き着いた理由が『陽動』か。

…マジに『なんで陽動する必要があるか』がわからないとなんの得にもならねー話だな」

「だからそう言ったじゃん」


がんっ、と凄まじい勢いで崩れ落ち、机に突っ伏する文芸部。

彼のハートは、杏仁豆腐よりも脆いらしい。

さめざめと泣く彼を前に、慰めるのも面倒になったのか、帰宅部は散らばったカードをまとめ、シャッフルを始めた。


「次、ポーカーやろうぜ。俺ディーラーな」

「いいけど…。コイツまーた面倒なことに落ち込み始めたから、僕の相手、シュレちゃんになるよね?」

「こないだやったら、演劇部負かしてたぞ」

「シュレちゃん強っ」

「にゃっ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…すまないが、いくら私が戦術に長けてるとはいえ、不確定な情報だけで百点満点を出すのは不可能だよ」


その頃、学校の和室にて。

機械と将棋盤を挟んで睨めっこをしていた美丈夫…ボードゲーム部が、申し訳なさそうに眉を顰める。

それに対し、文芸部と同じ疑問に思い至っていた放送部は、あからさまに舌打ちした。


「チッ。使えませんね」

「せめて繕う素振りくらいはしなさい」

「はいはい。…で、今の私の推察は当たってますか?」

「文芸部あたりもしてそうですが…、まあ、3割は当たりでしょう。

陽動にしては、随分と動きがわざとらし過ぎるという懸念はありますが…。

何か別の狙いがあるという一点においては、外れてはいないかと」


正直言って、戦術に明るくない人間でも辿り着けそうな結論である。

ボードゲーム部はそこに疑念を抱き、思考を巡らせながらも、言葉を続けた。


「歯に衣を着せずに言うと、魔神軍の末端は愚物が揃っているのでしょう。

獣のようにただ破壊の限りを尽くすだけ。

軍を名乗ることすら烏滸がましいと思える有様ですが…、彼らが末端で好き勝手してるとなれば、この粗雑な破壊行為の数々に納得ができるかと」

「……つまり。私の家は、無能が手柄を急いたせいで毎度毎度壊されてると?」

「気の毒ですが、そうなりますね。

相手は国。こんな愚策が罷り通るほど、頭にウジが沸いているわけがない」

「なんてこったい畜生」


実のところ、ボードゲーム部の推察は、恐ろしいほどに合致している。

魔神軍…もとい魔神帝国とて一枚岩ではない。多様な勢力がひしめき、様々な思惑が錯綜する「国家」なのである。

無駄に物資を消費できる余裕など、あるわけがないのだ。

日々の破壊活動は、例えるならば、「やることないけど、仕事してないと怒られるな…。せや!これやっとこ!」という感覚で引き起こされたものなのである。

放送部など、被害を受けている人間からすれば、堪ったものではないが。


「ついでに言うが、僕らの活動はなんの嫌がらせにもなってないだろう。

彼らが最も嫌うことは、彼らの破壊活動の阻止ではない。

本命の活動に邪魔が入ることだ」

「ふむ…。試しにマナリアの遺跡、片っ端から探してみますか」

「それがいいだろうね。あわよくば、魔神軍にとって致命的な情報を…」


ボードゲーム部が策謀を巡らせかけた、まさにその時だった。

すぱぁん、と引き戸を開き、オカ研が飛び込んできたのは。


「みてみてー!フィールドワークしてたら、こんなの見つけちゃった!」

『これを見ている方…。どなたかはわかりませんが、どうか私の話を聞いてください。

あなた方が暮らす世界は、魔神帝国と呼ばれる国家により、滅亡の危機に瀕しています』


彼女の脇には、いつぞや見たものと同じ石像が抱えられていた。


「……Oh。ナイスタイミングなハプニングですねぇ」

「君たちのこういう理不尽なところ、本当に見てて面白いですね」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……ホントにこんなとこに魔神軍が来るんだよな?」

『いいことを教えてあげよう。情報は武器だよ。例え、虚偽だとしてもね』

「…ボドゲ部。お前、誘導したろ」

『正解』


かしゃ、かしゃ、と洞窟に駆動音が響く。

スーツを纏った帰宅部は、かつてオカ研と探索した洞窟に訪れていた。

彼はボドゲ部と通信を交わす最中、前回見つけた隠し扉を目的地に歩みを進める。


「シュレちゃんの方はどうだ?」

『君がいなくて機嫌を損ねてるよ。

…あー。いつにも増して惨憺たる有様になっているね。

彼女、猫だからか加減を知らないみたいだ』

「街は壊してないんだろ?

だったら、魔法少女よかマシだろ」

『それもそうだ。私の実家も、育てていた桃の木が「武器に使う」とかいうふざけた理由で12本ほど叩き折られたからね。

しかも、まだ弁償されてない』

「あー…。お前ん家、桃農家だもんな」


収入源を破壊されて「ごめん」で済まされるわけがない。

沸々と湧き上がる怒りを語気に乗せるボードゲーム部に、帰宅部が表情を引き攣らせていると。

たっ、たっ、と、自分のものではない足音が響いた。


「……マジで来たよ」

『工学部の技術で、マナリア文明のメッセージと座標の数値を魔神軍のサーバーに送ったからね』

「なるほど。そらぁ、罠ってわかってても来るわな」


帰宅部がそんな軽口を叩いた瞬間。

彼の眼前に、紫色のエネルギー弾が迫った。


『花火は人に向けて打つなと習わなかったんですかね?』


放送部の声に合わせ、帰宅部は弾に向けてデコピンを放つ。

ちっ、と、虫の羽が壁に掠った時のような音を立てて、弾が消える。

その奥に立っていたのは、忌々しげにこちらを睨め付ける男性だった。


「ペルセウス…!どうしてここが…」

『そりゃ流したの私ですしねぇ。

まんまと引っかかってくれたようで安心です、マヌケ』

「『アイデルの遺産』の価値も知らぬ人間如きが…!!」


その遺産、イカれ文化部たちに「大したことない」ってこき下されてましたが。

そう言いかけるも、帰宅部はなんとか口を閉じる。

一方、男はそんな帰宅部の内心などしらず、身の丈ほどもある大剣を手に、帰宅部へと駆けた。


「『カノン、ブレイド』ォ!!」

『仰々しい名前つけてますけど、これただ単に切ってるだけじゃないですか』

(あっぶねー…!あんなん食らってみろ…!余裕で死ねるわ…!!)


男の一撃を避け、放送部の煽りが炸裂する。

大砲にも勝る斬撃なのだが、当事者ではない放送部からすれば、ただ包丁を振り回しているのと変わらない。

…無論、帰宅部からすれば、冷や汗が止まらなかったのだが。

その態度が逆鱗を撫でたのだろう。

男は凄まじい勢いで斬撃を繰り返し、帰宅部を追い詰めにかかった。


「『ガトリング・カノン・ブレイド』!!」

『ふぁ、ぁあ…。あくびが出るくらい変わり映えしませんね。

もう少し捻ったほうが良くないですか?』

(もうお前黙れ。マジで黙れ)


頼むから黙れ、と思いつつ、できた隙を縫うように、掌底を放つ。

拳で殴ってもいいのだが、この間は握った途端にスラスターやらが展開され、怪獣が木っ端微塵になる威力のパンチが放たれたことから、少し躊躇ってしまった。

「ぐっ」と蹌踉ける男の足を払い、帰宅部は装備の手のひらから剣を構築する。

ナノマシン技術によるものらしいが、詳しいことは知らない。

…「ナノマシンは現代科学ではとても作ることできない」ということも、知らないふりをしておこう。

その切先を男の喉元に向け、放送部に任せる。


「……殺さないのか?」

『ええ、殺しはしませんよ。

ふむふむ…。その制服の意匠、情報が間違ってなければ、魔神帝国軍第三師団ですね?

まー、結構な上澄だこと。それがこんな不様晒して、成果もなく逃げ帰るって、どれだけ屈辱的でしょうねぇ?』

「……………は?」

『いやあ、「盛大に失敗しましたー。こっちの重要情報、訳のわからんやつに握られちゃいましたー」…ってお上に報告するアンタを想像するだけで、ご飯6杯いけますわ。

…この嫌がらせをするためだけに、私はあなたを生かします。

残念ですねぇ。「情報取られちゃった」って情報を持っちゃった以上、報告しなきゃダメなんで、自殺も無理ですねぇ』

「な、なぁ、なぁあ…っ!?」

(エ…グっ)


居た堪れない光景である。

帰宅部は武器を解除すると、男の首根っこを掴んで持ち上げる。

男はせめて抵抗しようとエネルギー弾を放つが、悲しきかな。

科学部が作り出した特殊合金の前には無力であった。


『せいぜいどんな情報を取られたか、想像して震えてくださいね?』

(こんな性格悪いヒーローいる?)


帰宅部はそんなことを思いながら、男の腹に拳を入れた。

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