第7話 工学部&帰宅部「今日タピオカ飲みに行くんだけど?」

「ほれ、妾のことはなんと呼ぶ?」

「くそあま」

「……隣のやつは?」

「きたくぶ」

「なんでじゃぁあああああっ!!」


がぁん、と額をホワイトボードに叩きつけ、叫び散らす生物部。

彼女の前には、ちょこん、と人の姿となったシュレディンガーが座っており、ミミズのような模様が並ぶノートを広げている。

彼女は荒ぶる主人を前に、「してやったり」と言わんばかりに笑みを浮かべ、くすくすと喉を鳴らす。

改造された恨みはそれなりに根深いらしい。

シュレディンガーの隣に座っていた帰宅部は、ホワイトボードを血液で赤く染めんばかりに頭を打ち付ける生物部に、あきれた視線を向ける。


「俺、これから工学部とタピオカ飲みに行く約束してんだけど」

「お主の用など、妾の知的好奇心の足元にも及ばぬ細事!

今はどうやってシュレディンガーに妾を『ご主人様』と呼ばせるかを考えんか!!」

「シュレちゃんに対する改造をやめろ」

「ヤじゃ!!」

「しね」

「どゔじでぞんな酷いごど言うの!?」

「理由明白だろ」


シュレディンガーから発せられたシンプルな罵倒に負け、その場で泣き崩れる生物部。

愛猫からの「死ね」は、倫理ガン無視のマッドサイエンティストでも流石に堪えたらしい。

さめざめと泣く…ふりをする生物部に、帰宅部は慰めることもなく問いかけた。


「お前らといて常識バグってきたから聞くけどさ。このスーパーヒーロー案とかって、アメリカとかそのあたりやってねーの?」

「やっとる訳あるか。

妾が言うのもなんじゃが、ここの文化部どもが使っとる技術は、少なくとも五世紀は未来の技術じゃ。

だいたい、既存の文明がマナリアの産物に大敗しとる時点でわかるじゃろ、アホ」

「あ、やっぱり?…いやさ、高校生ができるんだからやってるんじゃねって思って」


帰宅部のその一言に、生物部は心底呆れたため息を吐いた。


「我らの文明でも扱えるレベルに落とし込むのが無理じゃから、どこの国も『魔法少女』なんて、そこらに自生しとる天然物に頼っとるんじゃろうが。

武装も魔法少女が含有するエネルギーを武器の形にしとるだけじゃし、あのフリッフリな服もその技術の応用じゃ」

「そう聞くと魔法みたいに聞こえるな」

「魔法のように見えとるだけで、中身は立派な科学技術じゃぞ。

凡人のお前にもわかりやすいように噛み砕いて説明しとるんじゃ。感謝せい」


ふふん、と鼻を鳴らし、自慢げにたわわな胸を張り上げる生物部。

その態度が気に食わなかったのか、シュレディンガーは手を振り上げ、彼女の胸を思いっきり叩いた。


「なまいきっ!」

「あだぁっ!?」


相当な勢いだったのか、ぶっ、とブラジャーのホックが千切れる音が響く。

激しく揺れる生物部の胸部を前に、帰宅部は冷たい視線を向けた。


「………なんじゃ、その顔?

女の胸がゆっさゆっさ揺れたんじゃぞ?」

「見る価値もない。お前みたいなサイコパスの胸で興奮するとか、末代までの恥だろ」

「シバき殺すぞボケ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「さて。勢力図を見直そうか」


その頃、ボードゲーム部が使っている和室にて。

畳に広げられた紙を挟み、座った工学部が、おずおずと手を挙げる。


「…あの、ボドゲ部さん?

僕、これから帰宅部とタピオカ飲む約束してんだけど…」

「彼、生物部に引き摺られていったよ」

「ふぁっきん自己中」


この場に帰宅部が居れば、「お前が言えた話か」というツッコミが入ったことだろう。

ボードゲーム部は閉じた扇子を口元に当て、市販の消しゴムを置く。


「赤色カバーが魔神軍、青色カバーが魔法少女勢力、カバーなしを我々文化部軍としよう。

まずは三者間の関係を洗おうか。

…こういうのは漫研が好きそうだね」

「締切に追われて学校休み」

「知ってるよ。資金繰りメンバーとしての仕事を優先してもらおう」


今頃、自室でひいこらと悲鳴をあげているであろう同級生を想起しつつ、紙にペンを走らせるボードゲーム部。

1分と経たずに書かれた相関図を前に、工学部は眉を顰めた。


「…ざっくりすぎない?」

「ざっくり書くものだからね。

魔神軍からすれば、どっちも殺したい敵。

魔法少女勢力からすれば、魔神軍は倒すべき敵で、私たちは味方寄りの所属不明軍。

私たちからすれば、魔神軍死ね、魔法少女は相手しなくてもいい存在。

この程度の認識で合ってるだろう?」

「合ってるけど、なんかそういうと軽いことのように思えちゃうよね」

「我々にとっては細事だろう?

そもそもこの活動は、『放送部の憂さ晴らし』と『私たちの興味』という利害が一致した結果だ」

「…ああ。帰宅部も最初は乗り気だったし、一応は利害の一致になってるのか」

「今はもう、放送部とかがゴネるのが面倒で続けてるのだろうけどね」


「ノーと言えない日本人」の典型だな、と工学部が思っていると。

ボードゲーム部はそれぞれの消しゴムの足元に、再びペンを走らせた。


「で、次は目的を洗うのだけど…、まずは分かりきった方から行こう。

魔法少女勢力の最終目標は『魔神軍の殲滅、およびそのルーツの解明』。

ルーツの解明=原理の解明となるからね。

魔神軍が扱う生物兵器を倒せる程の力を、国がほっとくわけがない」

「…現代技術じゃ再現無理ってなって、どこも匙投げてたけど」

「キッカケさえあれば再開すると、君が一番わかってるだろう?」

「まーね。僕ら抜きにしたらぜっっ…たい無理だろうけど」

「溜めたね」

「だって事実だもん」


今一度言おう。彼らがおかしいだけである。

一応、彼らも自分たちの頭がおかしいという自覚はある。

常識外の存在だからこそ、人間社会で生活できるよう、ある程度の一般常識と倫理観は持ち合わせてはいる。

ただ、興味のある分野となると、その堤防が風に煽られたビニール袋並みに簡単に吹っ飛ぶだけで。

帰宅部がこの場にいれば、イカれポンチどもによって、さんざっぱら振り回されている魔法少女勢力に同情を送ったことだろう。

だが、悲しきかな。この場にいるのは、イカれポンチ2人のみ。

彼らはそんな気など使うことなく、次の話題に移る。


「私たちは言うまでもなく、『嫌がらせ』。

彼らを適度にイラつかせ、『世界を救った英雄』という称号を横取りするのが目的だ」

「聞けば聞くほど性格悪いね」

「ヒーローなんてそんなものだ。悪役にとって、最大の邪魔となる存在。

それを支える誰かが狡猾さを抱かなければ、ヒーローは『英雄』にはなれないのさ」

「どっちも同じ意味じゃない?」

「ニュアンスの違いだよ。

日本において『英雄』という言葉は、ヒーローよりも重いんだ。

少なくとも、私はそう思ってる」

「面倒くさっ」


工学部の歯に衣着せぬ物言いに眉ひとつ動かすことなく、ボードゲーム部はペンを赤色カバーの消しゴムに向ける。

それに沿うように視線を動かした工学部は、訝しげに眉を顰めた。


「……これマジ?」

「オカ研が見つけてくれた資料を鵜呑みにするなら、だけどね。

彼らが魔神軍の目的を見誤っている可能性も無きにしも非ずだが…、おおまかな目標は当たっていると思うよ」

「いや、にしても…。ないわー…」

「私もそう思っているよ。

『魔神の創造』。神の領域に至った生物を創り出し、制御下に置くなんて、夢物語にも程がある」


現実味が一切合切欠落した目標を前に、表情を引き攣らせる工学部。

と。彼は何かに気づいたように、ばっ、と顔を上げた。


「あっ。アイツらがマナリアの遺跡漁ろうとしたのって、やっぱ…」

「やはり、マナリアの技術は正確に伝わってはいないのだろうね。

狙いがわかれば、対処は簡単だ。

ヒーローを2人作ったのは正解だったね」

「もう1人くらい増やしてもいいかな?」

「んー…。増やすなら移動手段にもなれるロボットみたいなのはどうかな?」

「お、いいね。採用。今作ってるサポートロボをちょっと改造すれば行けそうだし」


結局。工学部も帰宅部も、この日はタピオカミルクティーを飲むことができなかった。

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