第8話 帰宅部「て、てめぇ、一発殴らせおぼろろろろろ」工学部「わ゜ーーーーーッ!?」

「これが、第三のヒーロー…ねぇ」


その表面に走る光沢に、帰宅部は訝しげな視線を送る。

スリットのないタイヤが取り付けられた四輪に、風の抵抗を受けないようにするための曲線を描く車体。

メタリックブルーの車体に、黄金のラインが走る以外は、フォーミュラカーと呼ばれる車のそれと合致したモノが、そこに鎮座していた。


「どっからどう見てもF-1カーなんですけど、どっかのトランスするマシンみたいに人型になんのか?」

「いや。人型にはならないけど、タカになるし、イルカにもなるよ」

「………どういうセンス?」

「こういうゴリッゴリのマシンが動物に変形するのってかっこいいと思って」

「だとしても、イルカはねーだろ…」

「潜水艦としての役割だよ」

「…俺が着てるあれ、海底でも活動できるし、空も飛べるだろ?意味なくね?」

「オカ研とかが調査で使ったりはするね。

サポートロボって言っても、君のサポートじゃなくて、僕らの方のサポートメインだから」

「あー…。スーツみたく、俺専用機ではないのね。よかっ…」


帰宅部が胸を撫で下ろし、息を吐きかける。

と。ふとあることに気づき、帰宅部はその動きを止めた。


「いやよくねぇ。免許どうすんだ?」

「ああ、その点は大丈夫。

中身は特撮でよく見る『人間とそんな変わらない聖人みたいなロボット』だし、自動走行してくれるよ。

ほら。『これから一緒に戦う相棒に乾杯』ってな感じでコーラ出してくれてるし」

「もっと別のことに活かせよこの技術。もらうけど」


運転席から伸びたマジックアームに収まった紙コップを手に取り、中身を呷る帰宅部。

ちょうどいい具合に冷えている。

工学部たちの頭脳から生まれたとは思えない気遣いだ。

そんなことを思いつつ、帰宅部は空になった紙コップをゴミ箱に捨てた。


「で、名前は?」

「メカ三郎」

「ヒーローとしての名前も必要だな、うん」


壊滅的なネーミングセンスに、間髪入れずに提案する帰宅部。

いくら多様性を重視する社会であるとはいえ、ヒーローの名前が「メカ三郎」は流石に締まらないだろう。

「こういうのは漫研か文芸部に任せた方がいいんだがな」とこぼしながら、名前を考えていると。

当の本人(人ではないが)が、カーナビを兼用するモニターにて、文字を表示させた。


「……『疾風迅雷』って、渋いな」

「見た目的に『ライトニング』とかの方が似合いそうな気がするけど」

「『疾風迅雷がいい』って」

「んー…。技名みたいだから、もうちょい別のにした方がよくない?

和名はこの際受け入れるからさ」

「『じゃ、韋駄天丸』だと」

「んー…。せっかくだし、塗装を和風テイストに変えて、動物形態の顔に兜を被せてみよっか。

メカ三郎、ちょっとこっち来てねー」

「喜んでんのか、エンジン吹かしてるな…」


和風テイストのF-1カーって存在するのかな、と思いつつ、帰宅部はメンテナンスルームへと向かうメカ三郎と工学部の背を見届けた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「うん。結局乗るんじゃねぇか」


数時間後。

ラボ内に建てられた試運転用のスペースにて、帰宅部はスーツを着た状態で、メカ三郎の運転席に座らされていた。

叫んで文句を言う気力もないようで、帰宅部は憎らしさを全面に表した笑みを浮かべた。


「一応は運転に慣れてもらおうかなって。

大丈夫、大丈夫。運転しやすいように、ハンドルやら操作やらはオートマの普通車と同じようにしてるから」

「普通の免許すら持ってねぇんだわ。

18にもなってないから取れねぇんだわ」


これなら仮面を被ったヒーローの如く、バイクの方がまだマシだった気がする。

そんなことを思いつつ、帰宅部はモニターに映るマニュアル通りにエンジンをかける。

…エンジン音で喜怒哀楽を表現できるのだから、必要ない気もするが。


「もっと無駄削らね?ロマン云々もわかるけど、やっぱ手間だわ」

「我々はロマン主義者なので」

「明確な改善点あるのに改善しないクソ上司の下についた人の気持ちがよくわかったわ」


たぶん、そこらの社会人と同じくらいの苦労はしてると思う。

冷ややかな目線を工学部に送り、帰宅部は次の操作へと移る。


「サイドブレーキ…んで、アクセルを思いっきり踏む…と」


帰宅部が軽い気持ちでアクセルを奥まで踏んづけた瞬間。

衝撃と共に、ラボの天井近くの壁に風穴が空いた。


「…………あ゛!?

もしかしなくても、表示してたの『変形マニュアル』だった!?」


望まぬ空の旅から帰ってきた帰宅部に、とんだドジを踏んだ工学部が吐瀉物をぶちまけられるまで、あと十分。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…上空で仕掛けてくるなんて、今まではなかったわね」

「魔神軍もいよいよ、本気を出してきたってことだね」


その頃、日本海上空にて。

空を飛んでいた2人の魔法少女が、遠くに見える影を前に、不敵な笑みを浮かべる。

1人は魔神軍撃退成績トップの魔法少女…ビューティ・ルビー。

もう1人はその相棒である魔法少女…クール・サファイア。

二年前により設立された防衛省魔法少女隊に所属する彼女らは現在、レーダーにて発見された魔神軍の対処に駆り出されていた。


「あれ…。見た感じ、ドラゴンかしら?

中国の龍に近いわね」

「どんなのが来ても、ぶっ飛ばすだけだよ」

「もう…。少しは警戒しなさいよね」


眼前にある蛇に近いシルエットが、徐々に大きくなっていく。

磨いた石のような、光沢のある鱗。

雄々しく伸びるツノに、先端が掠っただけでも致命傷になり得るのではと思わせるほどの鋭利さを誇る牙に爪。

そして、鋭い剣のような瞳孔。

そのどれをとっても脅威であろうそれに、2人の魔法少女は気を引き締めた。


「かかってきなさい、トカゲもどき!!」

「ここから先は通さな…」


と、その時だった。

眼前にまでせまったそれが、ずがぁん、という轟音と共に大きく揺らいだのは。


「「………は?」」


あまりに唐突な出来事に、2人して唖然としていると。

手痛い一撃をもらった竜が、その怒りを速度に変え、自身に体当たりをかましたシルエットへ顎門を向ける。

が。そのシルエットは目にも止まらぬ動きで顎門を避け、二撃、三撃と叩き込んでいった。


「な、なに!?何が起きてるの!?」

「わからないけど…、あれは…、鳥?」


かすかに見えたのは、まるで用途の見えないタイヤが付いている翼。

そう。竜を圧倒していたのは、タカに変形したメカ三郎こと「韋駄天丸」であった。


「あ、あの、韋駄天丸…?

ち、ちょっと…俺、気持ち悪くなって、き…たから…、加減して、ほしいなーって…」


その背には、乗り物酔いを発症したのか、仮面の裏で青い顔をする帰宅部が居た。

もう勘弁してくれ。

帰宅部が絞り出すような声で韋駄天丸に懇願するも、悲しきかな。

その声をマイクが拾うことはなく、韋駄天丸は思いのままに竜に体当たりを続ける。

都度、体を揺らす衝撃に、帰宅部の喉元に熱く、酸っぱいものが込み上げてくる。

が。ここでゲボを撒き散らすシャワーになるわけにはいかない。

必死に堪えようと口元に手をやろうとするも、悲しきかな。

「危ないから」という至極真っ当な理由で、ハンドルから出てきたマジックハンドによって、手が固定されてしまっている。


「……帰ったら、殴る…」


その一言を最後に、帰宅部の意識は吐瀉物を抑えることに集中し始める。

が。自身の背で帰宅部がゲボと奮闘を繰り広げていることなどいざ知らず、韋駄天丸は大きくよろめいた竜を前に、声帯代わりのスピーカーから咆哮を放った。


「た、タカ…!?」

「ペルセウスが、背中に…!?」


2人の驚愕など知ったことかと言わんばかりに、韋駄天丸が天高く舞い上がる。

それに対し、竜は顎門を開き、空を埋め尽くさんばかりの炎を放った。

流石のペルセウスでも、無事では済まない。

そう考えた2人が叫ぼうとした、その瞬間。


「も、無理……」


帰宅部の堤防と引き換えに、激しく回転した韋駄天丸が、炎をあっさりと引き裂いた。

不自然に風穴の空いた炎に絶句する暇もなく、韋駄天丸が竜の口腔へと突っ込む。

と。数秒もしないうちに、竜の体を串刺しにするように線が走った。


「は、はやぐ、ゔっ…、が、がえ、帰して…、んぶっ、ぐだざい…」


とうの昔に限界を超えている帰宅部を無視し、韋駄天丸が方向転換する。

体を貫かれ、絶命した竜に向け、韋駄天丸はその鋭い両足の爪を向けた。


『疾風迅雷』


モニターに文字が表示されると共に、竜に無数の線が走る。

韋駄天丸が竜の顎門に背を向けると共に、竜の体がバラバラに砕け散る。

その背では同じように、グロッキーになった帰宅部が倒れ伏していた。


「あ、あの…、も、帰って…」


帰宅部の絞り出す声をようやく聞き取れたのか、韋駄天丸は頷き、空を駆ける。

取り残された2人の魔法少女は、行き場をなくした拳を下ろした。


「……もっと、強くならなきゃ、ね」

「……うん」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ご、ごめん。その、実は、表示してたの変形プロセスのマニュアルで…」

「て、てめぇ、一発殴らせおぼろろろろろ」

「わ゜ーーーーーッ!?」


尚、魔法少女2人の決意など知らず、帰宅部は工学部に吐瀉物をぶちまけた。

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