第9話 放送部「私のことが嫌いなヤツ全員死ね」

「…帰宅部ってさ、よく僕らに付き合ってくれるよね」

「どした、藪から棒に」


放課後、とある公園にて。

「ぶちまけた詫びに」と奢られたいちごのクレープを頬張りつつ、工学部が帰宅部に話を切り出す。

唐突に問われた帰宅部が訝しげに眉を顰めると、工学部が「いやさ」と続ける。


「言っちゃアレだけど、僕らって他人に理解されないタイプの理不尽天才じゃん?

そんなのとよく付き合えるよねって」

「今更だろ。俺ら、もう何年も付き合ってんだろうが」


帰宅部と工学部、加えて科学部と放送部は幼馴染である。

付き合いもかなり長く、オムツがまだ取れない時期からであるから、かれこれ15年ほどになるだろうか。

正確な年数は忘れたが、兎にも角にも浅からぬ、または気の置けない関係を築いている。

今更なその疑問に呆れつつ、帰宅部は抹茶アイスの乗ったクレープを頬張った。


「何年も付き合ってるからだよ。

生物部も君と会うまでとんでもない終末思想持ってたくらいだし、君みたいなのって珍しいのかなって」

「歳の離れた兄ちゃんの影響かねぇ?

Vtuberしてんだけどさ、周りにめちゃくちゃ捻くれた変人しかいねー上にそいつら共々クソ重い過去持ちでよ。

だから、あんまりお前らのこと変だと思えねーんだよ」

「…お兄さん、あの人か」

「こないだ娘が産まれたんだぜ?

ただ…、兄ちゃん、これまでが最悪すぎるせいか、娘が不幸体質継いでないか心配で、『せめて魔法少女適性ありませんように』ってビクビクしてんだよなぁ」

「たまに君、僕らでもびっくりするようなこと言うよね」


こちらも出鱈目という自覚はあるのだが、彼も大概ではなかろうか。

そんなことを思いつつ、工学部は重ね重ね問いかけた。


「…ああ。だから護身術習ってたんだ。

あんな人生送ってる兄がいたら、そーりゃ弟に護身術叩き込むよね」

「お陰でお前らに駆り出されてるけどな」

「いいじゃん。お兄さんみたく不幸が降り注がなくって行き場無くしてた技術なんだし」

「兄ちゃんと不幸のベクトルが違いすぎるだけだわ」


言って、クレープの包み紙を剥がす帰宅部。

誰かの携帯から、男のくしゃみが聞こえたような気がする。

気のせいだろう、と流しつつ、帰宅部は露出したクレープ生地に歯を立てた。


「何不安がってんだ。

仲良くねーヤツ相手に、タピオカとかラーメンとか奢らねーよ」

「…それもそっか。

あとでコーヒー奢ろっか?」

「奢るんなら、兄ちゃんが昔バイトしてたカフェな。お前にわかりやすいように言うと、放送部ん家」

「えー…。あそこ微妙に高いじゃん」

「いいだろ。お前、奢るの珍しいんだし」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「顔も知らん誰かの評価が目に見えるって、普通に考えてクソじゃありません?」

「ホントそれ」


数十分後。

目当てのカフェに訪れた2人を出迎えたのは、思想も言葉も尖りまくった会話だった。

こんな会話を交わすのは、2人しかいない。

自分大好き、放送部と演劇部である。

「また面倒な会話してるな」と、帰宅部たちが踵を返そうとするも、悲しきかな。

目敏く彼らを見つけた演劇部が、その背に声を張り上げた。


「ね、君らはどう思う?」

「…なんでンな会話になってんだよ」


帰宅部と工学部は観念し、近場にあった席に腰掛ける。

それに対し、演劇部は目だけは笑っていない笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「いやね、ネットで活動してるボクにも彼女にも、ある程度のアンチがいるわけだよ。

で。自分大好きなボクらからすれば、『自分を肯定してくれないヤツらなんて全員死ね』レベルで嫌いなわけ」

「でも、その方法は後処理が面倒だし、見ないようにすることも出来ない。

『普通に考えて、このインターネットとかいう劇物、クソの塊では?』と思ってたわけです」

「魔法少女もコレで病んで闇堕ちとかしてるしね」

「…普通、兄ちゃんがVtuberしてるヤツに言うか、それ?」


自己中もここまでいくと病気である。

というより、『「自分を肯定しない人間全員死ね」を実行できる』と言外に言ってる時点で、もう手遅れである。

帰宅部が表情を引き攣らせていると、カウンターから声が響いた。


「思うくラいならイイんじャナい?

流石に言葉にしタり、SNSに書キ込むとかハダメだケど」


帰宅部がそちらを見ると、筋骨隆々な体に、似合わないウサギの仮面を被った不審者が居た。

彼がここの店長とわかっていなければ、即通報案件である。

店長の指摘に対し、その娘である放送部は頬を膨らませ、親指で首を切り落とすジェスチャーをした。


「パパは甘いです。自分のことが嫌いな奴なんて、精神の健康上、排除すべき悪です。

全員死ねばいいんです。人間が思いつく限りエグい死因で」

「……人と上手く付キ合うプロを側デ見テ育って、なンで『自分のこと嫌いな奴全員死ね』なんて危険思想が芽生えるノ…?」

「兄ちゃんは人と上手く付き合うのが上手いんじゃなくて、人と合わせるのが上手いだけだぞ」

「それ、帰宅部が言う?」


かつてないほどにキレッキレである。

やはりというべきか、相当ご立腹らしい。

帰宅部はため息を吐くと、放送部の脳天に手刀を振り下ろした。


「あだぁっ!?」

「そいつらが気に食わんのはわかったから。

顔も知らんやつに『死ね』ってわざわざ言うほど虚しいことねーぞ。

思うだけならタダだから、それだけにしとけ」

「……すみません、どうかしてました」

「どうせなら台本に組み込もう。

そいつらみたく、『「自分が評価する側だ」って優越感に浸って、他人をそれっぽく批評して否定するしか出来ないボンクラどもが、めちゃくちゃ悲惨な死に方するパニックホラー』とか、けっこうウケそうじゃない?」

「あ、それいいですね。採用」

「性格終わりすぎだろ」


自作ホラーゲームの被害者に、自分をいじめてたいじめっ子を選ぶような陰湿さである。

あいも変わらず、果てしない性格の悪さに帰宅部が呆れていると。

スマホからけたたましい警報音が鳴り響いた。


「……俺、コレからコーヒー飲もうって思ってたんだけど」

「後で淹れてあげルかラ。ウチの店、壊さナいよウにしてネ」

「…え?店長も知ってんの?」

「動きがわかリやスかっタし。

大丈夫大丈夫。ボクにしかバレてナいカら」

「アンタ、割に迂闊だから心配したんだよ。

絶対に誰かにバラすなよ?」


帰宅部はそれだけ言うと、スーツを纏い、視認できないほどの速度で店を去った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…大丈夫。きっと、きっと…」


その頃、とあるビルの屋上にて。

暗い表情を浮かべた少女が、街に向かって暴威を振るう怪獣へと視線を向ける。

その手にはスマホが握られており、画面には罵詈雑言が並ぶSNSが映し出されていた。


「……コレを倒せばきっと、みんなが褒めてくれるんだから…!!」



──────

あとがき

はい、繋がってましたー。

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