第10話 工学部「ヒーロー辞める気、ないよね」帰宅部「ないな」
「……はは。あはは…」
怪獣の出現から数分後。
少女は眼前に広がる光景に、乾いた笑みを浮かべた。
銀の軌跡が空に線を引くたび、怪獣の体が分解されていく。
『陳腐な表現で気に食わないが…、クライマックスといこうか』
銀の影が満身創痍の怪獣を前に吐き捨てると、その姿が消える。
瞬間。怪獣の下から衝撃が走り、その体が天へと舞い上がった。
『これ、情緒もへったくれもない技で嫌なんだけどなぁ』
(これ楽なんだよ。当てやすいし)
愚痴と共に放たれたのは、天穿つ光条。
怪獣を包み込み、塵すら残すことなく焼き尽くす、暴威の光。
それが怪獣ごと曇天も払い、陽の光が差し込むと、銀の影が地面へと降り立った。
『カーテンコールがないのは些か寂しいね』
(舞台公演じゃねぇんだぞドアホ。
いいから帰らせろ。まだコーヒー飲んでねぇんだぞ)
『…君、無粋だねぇ』
「っ!?」
気づかれたのだろうか。
そう思い至るや否や、ビクッ、と肩を震わせ、後ずさる少女。
実のところ、帰宅部の意見に演劇部が辟易してるだけなのだが、彼女がそれを知る術はない。
銀のシルエットは「まあ、いいか」とだけ言うと、世界へと解けていった。
「…あれが、ペルセウス」
届かない。敵わない。
そんな否定的な意見ばかりが反芻する中、ぽこっ、と腰ポケットに入れていた携帯から通知音が響く。
彼女は、ばっ、と手早く携帯を手に取り、そのロックを開いた。
「………っ」
そこには、想像通りの罵詈雑言が並んでいた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「スタイリッシュワンパンビーム、バズってますよ。いよっ、有名人」
放送部が揶揄うようにヤジを飛ばし、かちゃかちゃとゲーム機を弄る。
その手元には、開きっぱなしのスマホが置かれてあり、先ほどの光景が映像として流れていた。
「…こういう顔出さないタイプの有名人にゃなりたかないんだけど。
兄ちゃん、デビュー1週間で身バレして苦労してたし」
「身バレ早くない?」
「工学部。他人事見たく言ってるけど、お前の姉ちゃんの飛び火だぞ」
「愚姉がご迷惑をおかけいたしました」
コーヒーを啜る帰宅部に、身内の恥を禊ぐために深々と土下座をかます工学部。
と。ゲームを操作しながら、携帯の画面をスワイプしていた放送部が、その動きを止めた。
「…まーた燃えてますね、『シャイン・アメジスト』」
「ここいらを担当してる魔法少女?
…そりゃ、炎上の原因みたいなのがここに居るからねぇ」
「おい。自分を棚に上げんな」
シャイン・アメジスト。
光を操り、敵を殲滅する姿が可憐だと人気だった、帰宅部たちの生活圏を担当する魔法少女である。
現在は連日続くペルセウスたちの活躍…否。文化部らの悪ふざけの割を食い、SNSが可哀想なほどに燃え上がってしまっている。
あまり面白くない光景が広がる画面を前に、帰宅部は顔を顰めた。
「うっわ…。俺らと同い年だろ?
メンタル大丈夫か?」
「潰れてくれたら、新しい魔法少女が来て万々歳だと思いますがね。
私の家を40回もぶっ壊す失態を『元通りに直すからごめんなさい』で済ますヤツなんて」
「それ言ってるの、魔法少女自身じゃなくて、ボンクラ事務員どもだろ。
シャイン・アメジストは、被害を防ごうと頑張ってた派閥だぞ。
『あるもん全部使って戦うから、家とか壊すけどいいよね!』派閥とは違う」
「現実は結果が全てです。
現に、私の家が壊される頻度は、ペルセウスが完成してからかなり減りました。
シャイン・アメジストでは、この地域の防衛にあたるには実力不足だったということです」
「……確かに、まだ早いと思う程度には動きは拙いし、すっトロいな。
そこについては擁護しねーよ」
放送部は自分が貶せる相手しか貶さない。
要は、「自分より程度の低い結果しか出せない」と思える人間だけを選び、辛辣という表現すら生ぬるい言葉で批判するのだ。
どれだけ帰宅部がシャイン・アメジストを擁護しても、「ペルセウスの方が結果を出せている」という絶対的な事実がある以上、放送部に撤回を求めるのは無理だろう。
一生懸命やってるのに報われないな、と思いつつ、帰宅部はコーヒーを啜った。
「…帰宅部ってさ、魔法少女のこと嫌いじゃないの?」
「人類守るっつってんのにフツーに街ぶっ壊して戦うアホは嫌いだ。
アメジストはそうじゃねーって知ってっから、俺のせいで燃えてるのが居た堪れねーんだよ」
「……ヒーロー辞める気、ないでしょ?」
「ないな。お前らを消化不良にしといたままの方が怖い」
そのうち、世界の理にすら干渉できるスーツを作れてもおかしくない。
荒唐無稽ではあるが、あり得ないと切り捨てられない可能性を前に、帰宅部は辟易のため息を吐いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……ただいま」
扉を開けると、腐臭が鼻腔をくすぐる。
この臭いが家に染み付いて、何年経っただろうか。
シャイン・アメジストとして活動していた少女が玄関へと足を踏み入れると、がぁん、と脳天に衝撃が走った。
からん、と転がったものを見下ろすと、赤く染まった灰皿が転がっている。
そこに付着した血液が自分のものと理解するまで、そう時間はかからなかった。
「なんだよ、この額はァ!!」
少女は心を殺し、怒鳴り声を受け止める。
リビングからゴミを弾きながら現れたのは、ぶくぶくに膨れ上がった醜女。
演劇部がこの場にいれば、即座に「生きることに希望が持てない」とすら思えるほどの罵詈雑言を浴びせたことだろう。
その右手にはタバコ、左手には少女がシャイン・アメジストとして稼いだ給料の明細書が握られていた。
「なんで今月こんなに少ないんだよ!?
明日にゃ新台出るんだぞ、クソガキ!!」
「……ごめんなさい」
「あのぽっと出に仕事とられたから天引きされてんじゃねぇだろうな、ええ!?」
「…………ごめんなさい」
「謝るだけなら猿でも出来るわ!!」
がっ、がっ、と拳が少女の頭骨を叩く。
反抗心すら芽生えない。
床を濡らす赤いシミが増えていくのをよそに、少女は小さくつぶやいた。
────みんな、死んじゃえ。
「……へぇ。いい素材がいるねぇ」
その背を見つめていた存在に気づくことなく。
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