第11話 放送部「パパにいやらしい娘って思われたぁ!!」
「……ごはん」
その日の夜。
家から追い出され、ふらふらとおぼつかない足取りであてどなく彷徨う少女。
身なりはそれなりに整えてある。少し前までは人気を博していたのだから、身売りをしようと思えばできる見た目でもある。
また炎上するかも知れないが、餓死よりはマシかな、と思っていると。
ふと、どこかから小さな声が聞こえた。
「……マジにいうんです?」
「お前が言い出したんだろうが。
『ルドーで最下位だったやつは、エグい下ネタを公園で叫ぶ』って」
「い、いや、演劇部あたりが負けるかなと思ってて…」
「ダントツビリだったじゃん、放送部。
ほら、ほら。渾身の『エグい下ネタ』とやらを言ってごらん?」
「ぬ、ぅ、ゔぅ…」
品のない会話に、少女は思わず眉を顰める。
あまり関わりたくない手合いの人たちだ。
どこか落ち着ける場所に行こう、と踵を返したその瞬間。
「わ、わた…。……わ、わっ…!私はぁ!
オ○ニーすると汚いオホ声出るから、数万かけて部屋に防音加工しましたぁ!!」
「お、ぉなっ…!?」
2秒後には声の主が自死を選びかねない暴露が響いた。
最初こそためらっていたものの、もう逃げ場がないと判断したのか、ヤケクソ気味に言い放つ少女…放送部。
あまりに卑猥極まりない文字列を前に当惑していると、少年の淡々とした声が響いた。
「知ってる」
「…は?」
「店長が『悩みがある』ってめちゃくちゃオブラートに包んで義姉さんに相談してきて、義姉さんがめちゃくちゃ言いふらしてた」
「…………うわぁぁああん!パパにいやらしい娘って思われたぁぁあああっ!!」
気にするの、そこなんだ。
どこかズレた子たちだな、と思っていると、ふと、1人の少女と目が合った。
絶世の美女。そんな表現をすることすら失礼に値するほどの美貌を持つ少女だ。
中身が「ウルトラ自己中ナルシスト」という最悪のクリーチャーであることを知らない少女がそんなことを思っていると。
その少女…演劇部が口を開いた。
「放送部。君の痴情、バッチリ聞かれてたよ。シャイン・アメジストに」
「……ぁえっ?」
「なっ…!?」
バレた。バレてしまった。
私のような嫌われ者が、彼らの楽しげな雰囲気に水を差してしまった。
不安が喉に詰まる感覚を逃がそうと、少女は言葉を紡ごうとする。
が。彼らは少女に不快な顔をすることなく、マジマジとその肢体を見つめた。
「やっぱ生で見ると細いよな。
ほぼ皮と骨じゃねーか」
「んー…。栄養失調寸前だね。
魔法で治癒しきってない打撲痕からして、灰皿と拳で殴られてる。…あ、タバコ押し付けたみたいな焼き痕もあるね。
天下の魔法少女も、虐待とかいじめとかって受けてるのかな?」
「魔法少女のプライベートは管理されてませんしねぇ。
そこらへんの整備されてるのは東京とか大阪とかの都心だけで、ここいらみたいなド田舎は追いついてないのが現状ですし」
「…仮にも防衛の要なのに、いろいろと杜撰すぎね?」
「しゃーないですよ。
なにかと用途不明の税金を決めて、私腹を肥やすか、すでに盤石な膝下を整えるくらいにしか使わない能無し共が上なんですから。
これだから、『膝下だけ整えたー!満足ーっ!』ってバカどもは…」
上司がボロクソにこき下ろされている。
てっきり、失望と軽蔑が混じった、冷ややかな視線を向けられると思っていた。
だが、彼らは自分を見ていない。
見ているのは、自分を取り巻く環境にいる誰か。
十七年生きてきて初めての経験に、少女が当惑していると。
パーカーの少年…帰宅部が、懐から携帯を取り出し、耳に当てた。
「あ、店長?今から客連れてくっから、消化に良さそうなもん頼むわ。代金は俺持ちな。
…ん?そうそう、そんな感じ。…いやいや、兄ちゃんじゃねぇんだし、ンな七面倒なことにゃならねーって。
あ。あと、ソイツ泊めてやってくんね?
ちと訳ありでよ。メンタルケアとか必要っぽいから、放送部の部屋ぶち込んでくれ」
「…は!?なんで私が!?」
「演劇部だとメンタルケアにゃならんし、店長は見た目が完全不審者だろ」
「は?パパはこの世のイケメン全員が『自分はウジ虫です』って平伏するレベルのアルティメットイケメンですが?」
「はいはい。とにかく頼んだぞファザコン」
「……学校前のラーメン、トッピング全乗せ替え玉3回」
「軽く1500超えるじゃねーか…。いいけど」
当人であるはずの自分だけが置き去りに、次々と予定が埋まっていく。
オロオロと困惑を露わにしていると、放送部が行き場なく彷徨っていた少女の手を取った。
「いつまで狼狽えてんですか。行きますよ」
「……で、でも」
「パパがお前に料理用意してるんだ。食べもせずに帰れると思うなよ?」
「なんつー脅ししてんだボケ。
義姉さん経由で知ったお前が使ってるオカズ、店長に晒すぞ」
「わびゃぱぁッッッ!?」
珍妙な叫び声を上げたのち、帰宅部を睨め付ける放送部。
帰宅部はそんな視線などまるでないかのように、「引き返すぞー」と踵を返した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はい。熱いカら、ふーふーしテ食べテネ」
「あ…、えっと、はい」
カウンター席に置かれたのは、お粥。
まだ湯気が立ち上るそれと、カウンターの奥で作業に勤しむ益荒男を見比べ、少女は本日何度目かもわからない困惑を浮かべた。
と。そんな彼女を見かねたのか、工学部たちとポーカーに興じていた帰宅部が声を張り上げた。
「どした?食わねーの?」
「…え、と…。その、店長さん、見た目…」
「あがり症な上に、仮面がないと話せないコミュ障なんだよ。あんま気にすんな。
そういう不思議の国の人だと思っとけ」
「パパがイケメンすぎて暴動が起きるから隠してるんだよボケ殺すぞ」
「……どっち?」
どちらが真実を言ってるのか、なんとなくはわかるが、一応は聞いておこう。
と。少女のその問いに、工学部が首を捻り、言葉を探す。
「イケメン…かなぁ?」
「イケメンではないね。どっちかというと、いかつい仙人の若い頃みたいな顔だ」
「全員表出ろ。ブッ殺してやる」
「えー、今晩のオカズはー…」
「すみませんでした」
伝家の宝刀を抜きかけた帰宅部に、即座に暴走を止め、スライディング土下座をかます放送部。
少女は苦笑を浮かべつつ、レンゲで少しばかりとろみのついた粥を掬う。
ふっ、ふぅー、と拙いながらも息を吹きかけると、少しばかり湯気が飛ぶ。
まだ熱い気もするが、早めに食べてしまおうか。
そう考えた少女は、小さいながらも口を開き、粥を頬張る。
「クッ○パッドのレシピだカら、マズくはナいでショ」
「おいこら喫茶店の店主」
仮にも、飲食店の店主を務めている人間が使っていいアプリなのだろうか。
帰宅部がそんなことを思っていると。
カウンター席に、数滴の涙が落ちた。
「……っぐ、ぐすっ…。ぅ、うぅ…」
「あー…。粥を奢っただけでこうなるレベルで家庭環境悲惨な上に、SNSで大炎上か」
「現代社会ってガチでクソでは?」
ボロボロと涙をこぼし、粥をゆっくりと食べ進める少女。
その姿を見てか、文化部たちはそこから気まずそうに顔を逸らした。
原因の一端を担ってるせいか、心が痛い。
痛むほどの良心は残っているイカれポンチどもが、複雑な表情を浮かべていると。
少女のポケットから、コール音が鳴り響いた。
「……あっ。お仕事の電話…」
ずぴっ、と鼻を啜り、携帯を取り出す少女。
通話を開始し、画面を耳に押し当てると、あからさまに顔を歪めた。
「………はい。…すぐ、帰ります」
「…なんて?」
「聞いた感じ、『どこにいるん?お母さんから電話あったから即帰れ』って」
「……ちょっとスマホ貸してー」
「え?」
演劇部がひったくるようにスマホを奪うと、ロッキングコンテナと呼ばれる箱に入れ、工学部に渡す。
「これ、山に埋めてきて」
「あいわかったー」
「え…!?えっ、ちょっと…!?」
「いやぁ、ごめんねー?
大丈夫だと思ったら返すからー」
「か、返すからって…」
「お残しは許しませんよ。
パパが作った粥を一粒残さず平らげるまで、絶対に立ち上がらせませんから」
「は、ぇ、えぇ…?」
翻弄され、困惑を露わにする少女に、帰宅部と店長が同情の視線を向ける。
結局、なすがままにスマホを奪われた彼女は、なんとも言えない表情で粥を食べ進めた。
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