第12話 帰宅部「この世の地獄全部詰まってたりする?」
「意外だな。お前ら、いつ気遣いとか出来るようになったんだ?」
夜道を歩く最中、帰宅部が工学部と演劇部の2人に問いかける。
と。2人は、きょとん、と目を丸くしたのち、首を横に振った。
「いや?あからさまに『闇堕ちする』って筋書き見えてたから、面倒なことになる前に防ぎに行っただけだよ?」
「どんな理由で帰宅部に脅されるかわからないから、帰宅部の真似してただけってのもあるね」
「ああ、うん。そんなこったろうと思った」
コイツらが常識人っぽく振る舞う時は、大抵が帰宅部の真似をしてるだけだ。
それを改めて思い出した帰宅部が辟易のため息を吐くと、工学部が「それに」と付け足した。
「ちょうど魔法少女のサンプル欲しかったんだよね。
新しい素体にできそうだし」
「生物部にいい土産が出来たね」
「本人の許可なしにやるなよ?」
「「はいっ!!」」
そこらの石を拾い、ごしゃっ、と音を立てて、あっさりと握りつぶす帰宅部。
ゴリラ顔負けの腕力を前に、2人は即座に背筋を伸ばし、声を張り上げる。
常識人ぶってはいるが、帰宅部も大概、人間をやめている。
「……で。毒親の方はノータッチなのか?」
「そりゃあね。こっち側に引き込むため、もうちょっと利用しろってボドゲ部が」
「発想がもう悪役のソレなんだよ」
「僕も生物部も、『サイボーグ系魔法少女』ってインスピレーションがだね…」
「人を勝手にサイボーグにする算段を立てるな」
ヒーロー側とは思えない発言の数々だ。
幼馴染のマッドサイエンティストっぷりに呆れつつ、帰宅部はロッキングコンテナから取り出したスマホを操作する。
ロックはすでに、工学部によって解除されてる。
あまり人のスマホを覗くのも良くないが、彼女の闇を知る必要はある。
帰宅部は各種SNSに加え、メッセージアプリを使ったプライベートでのやり取りを流し見た。
「…こーりゃ相当闇が深いぞ。
生物部に検査させた方がいいな」
「なになに?なんかヤバい情報あった?」
「妊婦の可能性ある」
「………ワッツ?」
「親に稼げって言われて、相当ヤバいことしてるな」
「…………良い子は絶対に見ちゃいけないタイプのエロ漫画かな?」
帰宅部に見せられた画像を前に、工学部が茶化すように苦笑を浮かべた。
薄い本の中でしか見たことがないような画像が、メッセージアプリの至る所に貼り付けられていたのだ。
サイコパスたちも流石にこれにはドン引きなようで、表情を引き攣らせる。
「そりゃ毎度毎度放送部ん家壊れるわけだ。
だって、保身とセッ○スしか頭にないハッピーなヤツらが、『こっち優先しないと画像ばら撒く』とか言ってんだもんね」
「深夜枠の魔法少女かな?」
深夜枠でもここまで酷い気はしないが。
そんなことを思いつつ、帰宅部は生物部にチャットを送りつけた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
深夜、ラボにて。
放送部の家から運んできた少女の体を、隅々まで検査していた生物部が顔を顰める。
「妊娠云々はセーフ…と言ってええんかわからんな。体が薬でイカれとる」
「……ヤバいヤツ?」
「ドーピング系の薬物じゃな。それもヤバめの。
治癒能力あってこんだけ成分残っとるとか、ヤバヤバのヤバじゃな」
「んな語彙ゼロで言えた事態じゃねぇわ」
「だって、妾からしたら他人事じゃし。
…しっかし、魔法少女というアドバンテージ込みでこの状態なら、常人ならとっくにオーバードーズでお陀仏じゃの。
コイツの環境を考えるに、本人が進んでやっとるわけじゃなかろう。
おおかた、無理やりに打たれたんじゃろな。
せいぜい半年でくたばるぞ」
「この世の地獄全部詰まってたりする?」
生物部のあげ連ねた情報に、思わず帰宅部からツッコミが飛び出た。
そうとしか思えないレベルで悲惨すぎる。
すぅ、すぅ、と寝息を立てる少女を前に、帰宅部が表情を引き攣らせていると。
検査をしていた生物部が、なにやらよくわからない液体が入った注射器とメスを取り出した。
「おい待て。何しようとしてる?」
「改造手術。半年でくたばる人間見捨てたら、お前が何するかわからんじゃろうが」
「せめて本人に許可取れ。目が覚めたら改造人間て、昭和じゃねーんだぞ。
あと、どう足掻いても俺らが倒される側になるだろソレ」
「説明しても信じんじゃろ」
「………せめて人間寄りにしろよ?」
「安心せい。魔法少女としての力を何倍にもブーストするような形で改造するからの。
ちょーっとナノマシン仕込むから、武装と衣装が機械チックになるだけじゃ。
ほら、始めるからちゃっちゃと退け」
くっくっ、と喉を鳴らし、笑みを浮かべる生物部。
不安しか残らないが、余命半年の人間をこのままにしておけないのも事実。
帰宅部は生物部に促されるがままに、部屋から出た。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「この店だね…」
その頃、放送部の自宅前にて。
1人の影が、街灯の光から逃れるようにして身を隠しながら、まじまじとその全貌を見つめる。
一言で言ってしまえば、彼は魔神軍の幹部であった。
その悪辣さは、曲者揃いの魔神軍の中でも群を抜いており、同僚からもあまりいい目では見られない。
それもそのはず。彼はこれまで、まるでつまみ食いでもするかのように、何人もの闇を抱えた魔法少女を唆し、駒として弄んできた。
男は今回もまた、たまたま目についた魔法少女を弄ぼうと画策していたのだ。
「…まさか、僕が接触するよりも先に、人間に懐柔されちゃうとはね。
まあ、もういいや。あれだけ劣悪な環境で育ったなら、好意を僕に向かせるのは簡単だろうし。
ただ、憂さ晴らしくらいはさせてもらおうかな?」
男は言うと、右手を異形のものへと変貌させる。
この家の人間を殺せば、狙いの魔法少女は更に心に深い傷を負うだろう。
そこに付け込めば、操るのは容易だ。
男はこれからの展望を考え、くっ、くっ、と喉を鳴らした。
「にゃあっ!!」
「がっ!?」
次の瞬間、そのしたり顔に飛び蹴りが炸裂するまでは。
彼を蹴り飛ばしたのは、ヒーローとしての装備を纏ったシュレディンガー。
アスファルトの上に転がる男を見下ろし、彼女は手を覆う装甲の爪部分を擦り合わせた。
「お前、におい、嫌い…!
お前、まじんぐん…!!」
「おいおい、マジかよ…!?
シュレディンガーがなんだってこんなタイミングでここに…!?」
幸か不幸か、「飼い主がいなくて退屈」と家を抜け出し、夜中の散歩に出ていただけである。
なんとか立ち上がった男は、両腕を異形のものへと変え、霜を纏う。
対するシュレディンガーは、装甲の隙間から青い炎を放ち、爪に纏わせた。
「しぃー…っ!!」
「ここまでメタってんのかよ…!」
別に、彼を対策をしているわけではない。
ただ偶然、彼の能力に対応できる機能がガントレットに付属していただけである。
シュレディンガーは敵意剥き出しの呼吸と共に地面を蹴り、その姿を暗闇へと溶かす。
炎が描く軌跡こそ追えるが、肝心のシュレディンガー自身を認識できない。
このままでは、一方的にやられる未来しか見えない。
男は舌打ちすると、声を張り上げた。
「みんな!僕を守ってくれ!!」
瞬間。カラフルな色合いの弾幕が、シュレディンガーへと降り注いだ。
シュレディンガーは咄嗟に身を翻し、電柱の上へと飛び乗る。
周囲を一瞥すると、夜の闇に溶け込むように、黒い装束の魔法少女たちが、手のひらをこちらに向けているのが見えた。
「………ムカつく」
魔法少女のくせに、魔神軍の言うことを聞いてるのは何故だろうか。
そんな疑問が浮かぶも、即座に苛立ちの中に掻き消える。
シュレディンガーは苛立ちを吐き捨て、こちらへと向かってくる魔法少女の頭を掴んだ。
「は、離して…っ!」
「ない!おしおき、する!!」
悪い子にはおしおきをするもの。
帰宅部も行きすぎた行為をするご主人様に「おしおき」として、よく顔を殴っている。
であれば、魔神軍に与する彼女らへのおしおきは、それより痛くなければいけない。
そんな単純な理屈により、シュレディンガーは頭部を掴んだ魔法少女を、思いっきり地面へと投げつけた。
「あがっ!?」
「悪い、だめ!ごめん、する!!」
「……っ、あ、アンタに、私の何が…」
「知る、ない、あほ!!」
壊滅的な語彙ではあるが、バッチリご主人様の性格の悪さは継いでいるらしい。
魔法少女の抱えた闇を「知るかアホ」でバッサリ切り捨て、次々と襲いくる弾幕を掻い潜る彼女。
この程度、ご主人様が作った玩具にも劣る。
そんなことを思いつつ、シュレディンガーは手当たり次第に魔法少女たちを地面に叩きつけ、意識を刈り取った。
「……にゃ?」
と。ここでシュレディンガーは、怪しい男がこの場に居ないことに気づく。
気配を探るも、既にこの場から遠く離れた場所に消えたようで、感じ取ることが出来なかった。
ご主人様の友人が使っていた、「ワープ」とかいう技術だろうか。
訝しげに思いながらも、彼女は倒れ伏した魔法少女たちを放り、踵を返した。
「まんぞく。帰る」
退屈凌ぎは出来た。
シュレディンガーは猫の姿に戻ると、塀の上へと登り、とてとてと帰路についた。
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