第37話 文化部一同「「「「海ィイーーーーーッ!!」」」」
「ねぇ、ルミっちー。海行かなーい?」
「……あの、私、一応は大炎上中の魔法少女なんだけども」
みーん、みーん、と蝉が合唱を披露する炎天下にて。
ぴらっ、と可愛らしいデザインの水着を引っ提げて迫る漫研に、ルミが引き攣った笑みを浮かべる。
あの後、ルミは自身の過去を世間に告白した。
自身の家庭環境、自分が不良だったことに加え、限界まで追い詰められていたことまでもを暴露し、期間不明の休養に入ることを発表したのだ。
無論、同情の声もそれなりにはあがったが、圧倒的に批判の声が多かった。
それも無理はない。彼女は「最強の魔法少女」。それが抜ける穴は、あまりにも大きいのだから。
が。そんなこと知ったことか、と言わんばかりに、漫研はルミに迫った。
「大丈夫大丈夫!
同級生のプライベートビーチだから!」
「へー…。ペルセウスだけじゃなくて、金持ちのダチもいるんだな、お前。……なら行こうかな」
先日、彼女らのヒーロー活動を聞かされた時は流石に面食らったが、「プライベートビーチを持った友達がいる」くらいであれば驚かない。
プライベートビーチならバレないかな、思いつつ、ルミは漫研から水着を受け取った。
その決断を、秒で後悔することになるとも知らず。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……こ、こ、ここっ、これっ、ほほほんとに、ぷぷ、ぷ、プライベート、びびびビーチにに、いいい、行くやつ…?」
「行くやつ」
呂律が回らない。
鼻腔をくすぐる上品な車内の香り。最大限寛げるよう、スペースが確保された空間。
そして、それらを彩るように、嫌味を感じさせない高級感が漂うジュースが鎮座する。
何もかもが浮世離れしていて、まるでここだけ世界が違うように思える。
そんなルミの様子が気になったのか、帰宅部が漫研に問いかけた。
「なぁ。ルミのやつ、なんであそこでガッタガタ震えてんの?」
「こういう金かかったバス初めてなんだって」
「ンな緊張するもんでもねーだろ。
リヴェリアとフィーちゃん見ろよ。優雅に寛いでるぞ」
「リヴェちゃんは王族だし、フィーちゃんは面の皮がゾウの足レベルでブ厚いから参考になんなくない?
あ、帰宅部、それちょうだい。ポッ○ー」
「いちご味?ショコラ味?」
「いちごー」
修学旅行のようなノリで寛ぎ、騒ぐ彼らを前に、「こいつらマジか」と言わんばかりに目をひん剥くルミ。
少なくとも、そんなノリで寛げるような場所では決してない。
菓子の箱を受け取り、封を開けた漫研が「食べる?」と差し出してくる。
とても食べる気分になれないルミは、ぶんぶんと首を横に振った。
「な、なぁ…。これ、ホントにプライベートなやつなん…?
なんか、お金持ち御用達の観光地に行くとか、そういうのじゃ、ない…よな?」
「大丈夫大丈夫。バスもビーチも茶道部の私物だし。
ねー、茶道部ー?」
言って、漫研が後ろの座席に座る少女…茶道部に顔を向ける。
無地の着物を纏った彼女は、その袖で口元を隠し、くすくすと笑みを浮かべた。
「ええ。ちょっとくらいはプライベート用の土地を持った方が、箔がつくかと思って」
「…えっと、親御さんの私物じゃなくて?」
「私が買いました」
「…………お小遣いで?」
「稼いだお金で」
「……なにやってんの?」
「企業の代表ですわ。
適当に『茶道グループ』と名付けたのですけれど、ご存知かしら?」
「…ファーーーーーッ!?!?!?」
茶道グループと言えば、ここ数年で急成長した企業グループであったはず。
その卓越した技術力と経営センスは、専門家をもってしても「五世紀は先を行ってる」と言わしめるほど。
そんな大財閥を率いている人間が、目の前で定価200円もしないようなポッ○ーを食べてる。
あまりの情報量の暴力を前に、ルミは溢れんばかりに目を見開いた。
「お前らの人脈どーなってんだ!?!?」
「どーなってんだって言われても…ねぇ?」
「小学校の頃からの友達ってだけだし」
「ねー」
「この子らの人脈についてツッコむの、やめた方がいいよ。疲れる」
「アメジスト先輩はもーちょっとツッコミましょうよ!!
あのペルセウスを作っちゃうような奴らですよ!?シュレちゃんが人間になっちゃうような技術もあるんですよ!?」
放送部と菓子を食べ合うアメジストに、ルミが声を張り上げる。
が。それで現状が変わるはずもなく、ルミは不満げに置かれたジュースを手に取り、一口啜った。
と。それを見計らってか、放送部が小さく呟く。
「……一口一万」
「んぶっ…。い、いや、それは流石に…」
「行きますわよ。一口一万」
「怖い怖い怖い怖い!!すごいって感想よりも怖いって感想のが強いんだけど!?」
飲み物が一口一万円ってどういうことだ。
ルミがエネルギッシュに叫ぶのを前に、帰宅部が「海着く前に疲れるぞー」と宥める。
ルミはそれに顔を顰めつつ、諦めたようにため息を吐いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「「「「海ィイーーーーーッ!!」」」」
「はしゃぎ方小学生かよ」
数十分後。
海を前に一列に並び、叫ぶ文化部たちを前に、ルミが呆れた表情を向ける。
凛とした態度だった茶道部まで叫んでいる。
そういうノリなのかな、と思いつつ、ルミは辺りを見渡した。
「はー…。きれー…」
「ボクの方が美しいけどね」
「そっすね」
色っぽく髪を靡かせた演劇部を適当にあしらい、ルミは寝泊まりするであろう、唯一聳える建物へと目を向ける。
どう見ても一泊何百万はしそうな、商業用の高級リゾートホテルである。別荘とは思えない。
金の掛け方が豪快過ぎる。漫画の中の金持ちかよ、と思いつつ、更衣室として用意したのであろうテントへ入っていく女性陣に続く。
「さーて、着替えるとするかの」
「……もうツッコまん。ツッコまんからな」
更衣室に入った途端に現れた生物部の尻尾と狐の耳に、凄まじい形相を浮かべるルミ。
アメジストがツッコまなくなった理由もわかる、と彼女に目を向けた。
「お姉ちゃん、この水着どう?」
「ま、まま、ま、まっ、マイクロビキニじゃないですか!?
あんた、逆バニー着せた上にまだ私を辱めるつもりなんですか!?」
「いいじゃん。似合ってると思うし」
「似合ってるとか似合わないとかそういうもんじゃねーでしょーがよこんなモン!!」
「ッスゥー…っ」
あの日、尊敬した先輩はそこにいなかった。
いたのは、クソレズのド変態だった。
先輩のこんな一面、知りたくなかった、と思っていると。
ふにっ、と自身の少しばかり膨らんだ胸が歪んだ。
「………えいっ」
「きゃんっ!?」
裏拳を放つと、嬌声に近い悲鳴が聞こえる。
ルミがそちらへと目を向けると、尻餅をつき、恍惚とした表情を浮かべた半裸の少女が、身を抱いてる姿があった。
「ああ、容赦ない一撃…っ。
このヒリヒリと肌が痛む感覚ぅ…!
最高っ、最高っ、さいっこーっ!!」
「………ストレートな変態出てきた」
「ストレートな変態て」
なんとも情操教育に悪そうな光景を前に、思わず罵倒を漏らすルミ。
文化部たちは慣れているのか、倒れ込んだ彼女を無視して服を脱ぎ、水着をバッグから取り出していく。
どうしたものか、とルミが眉を顰めていると、演劇部がその両脇に手を回した。
「はいはい、新入りに洗礼浴びせてないで、とっとと着替えるよー」
「あー、待って!もっと、もっとルミちゃんのすごいの受けたぁい!!」
「吹部。興奮するのは演奏の時だけにしとけ。見苦しい」
「あぁんっ!もっと言ってぇ!!」
「…無視しても1人で盛るし、注意してもこの通りだし、どーすりゃええんじゃコイツ」
「知らん」
吹部とは、吹奏楽部のことだろうか。
こんなストレートな変態までも居るとは。
親戚は交友関係を今一度見直すべきだと思う。
そんなことを思いつつ、ルミはリヴェリアたちに視線を向けた。
「…む、むぅ…。ホントにこんなのを着るのか…?アイツの前で…?」
「むぅ…。全然大人っぽくない。不本意」
よかった。まだ普通だった。
…いや、元は人類の敵であった彼女らの方が普通そうなのはなんなんだ。
そんなことを思いつつ、ルミは用意してもらった水着へと着替えるべく、服を脱ぎ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます