第36話 帰宅部「説明鬼面倒くせぇーーーッ!!」

私が生きるこの世界には、「嫌い」がたくさん存在する。

ほわん、ほわん、と音が変に響く空間にいる蛇。あの頭から出てくるあったかい水が、耳に入ってくるのが嫌い。

具合が悪い時、ご飯の中に混ざる、変な味のツブツブが嫌い。

いつもの姿の時はそうでもないが、人間の姿の時はいろいろと面倒臭いから、いろんなことが嫌い。

私の方が可愛いのに、自分は世界一可愛いと触れて回るあの女が嫌い。


お気に入りが辛そうな顔を浮かべて、私を撫でてくる姿が、大っ嫌い。

そんな辛そうな顔をさせたやつは、もっと、もっと、大っ嫌い。


私はそんな「嫌い」が許せない。

「嫌いなことでも受け入れなきゃ、人間の世界は生きられない」って、帰宅部なるオスに聞いたことがある。

なんで、「嫌い」を受け入れる必要があるんだろう。

「嫌い」は「嫌い」。だから、いらない。

そう思うのは、悪いことなんだろうか。

私にはよくわからない。…よくわからないけれど。


「死ぃねぇえええっ!!」


目の前のババアは、「いらない嫌い」だ。

ぶっ飛ばしてもいい、大っ嫌いだ。

だって、たくさんのお気に入りが泣いた。たくさんのお気に入りが、辛そうな顔をした。

お気に入りへと伸びる蛇を2匹、ご主人様にもらった手で掴む。

おもちゃの蛇とは違う、嫌な感触。

これも嫌いだ。だから、壊す。

ぎゅっ、と力を込めると、ぶちゅっ、と嫌な音を立てて蛇がちぎれる。

が。目の前の「大嫌い」はそれを気にせず、さらに数多の蛇を繰り出した。


「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い」


ウネウネしてるのが気持ち悪い。嫌い。

ぶちゅっ、と、ご主人様が料理する時に使う肉みたいな感触がする。嫌い。

アイツの体が揺れるたび、なんか気持ち悪い気がする。嫌い。

とにかく、今この時。この空間を形作る全てが、大っ嫌いだ。


「ちぃ…、鬱陶しいね、猫っころがぁ!!」

「違う。それ、お前」


こいつ、お気に入りばっかり狙う。

あの女はどうでもいいけど、少しでも傷がついたら、帰宅部なるオスが悲しそうな顔をする。

それは嫌だ。だから、嫌だけど守る。

これが、「嫌いを受け入れる」感覚なんだろうか。

…やはり、「嫌い」は「嫌い」のままだ。

でも、「好き」の前の「嫌い」だから、そんなに嫌じゃない。

だって、コイツをぶっ飛ばせば、1番のお気に入りが褒めてくれるから。

放つ蛇を次々と潰し、「大嫌い」を観察する。

…コイツ、この攻撃に慣れてない。

だから、あそこから動かないし、無闇矢鱈と蛇を放つ。

これなら、帰宅部なるオスが操るおもちゃの方がよく動く。

ぎゃっ、ぎゃっ、と両手を擦り合わせ、軽く息を吐く。


「私、『好き』が好き。

だから、『好き』が嫌いなお前、大っ嫌い」


姿勢を低くする。

爪を研ぐように、力を全身に巡らせる。

確か、相手をぶっ飛ばしたい時には、首輪を押せばいいんだっけか。

装備越しに、首輪に収まる宝石に触れる。

瞬間。全身に巡る血液にすら感覚が生まれたような、そんな全能感が私を包み込んだ。


「じゃあ、お前が『好きなもの』、ぜぇんぶ殺してやるよォッ!!」


女が右腕の腕輪に、指を押し当てる。

瞬間。夥しい数の蛇が私たちを取り囲んだ。

いつもなら、これだけの蛇に囲まれたら、怖くなってしまうはずなのに。

何故だろう。全然怖くない。


「シュレちゃん、アタシもたたか…」


それを前に、新しく出来たお気に入りが声を上げる。

私は言い切られるよりも先に、首を横に振った。


「いらない。私、あなた、辛い、嫌。

好きに生きる、べき」

「……っ」


新しく出来たお気に入りは、フリフリを着てる間は辛そうな顔をしてた。

多分、あのフリフリが大っ嫌いなんだ。

お気に入りの嫌いは、私も嫌い。

ぶわっ、と、頭の毛が逆立つ。

下から風が吹いているみたいだ。

…いや。吹いている。私の足にまとわりつく変なのから、びゅぅ、びゅぅ、と風が噴き出すような音がする。

今なら、星すらも掴めそうだ。

私はそんな感覚に身を委ね、近場にいた蛇の喉へと飛んだ。


「ゔにゃぁあああああああ゛あ゛ッ!!」


吠える。切り裂く。吠える。切り裂く。

最後の1匹の首を刎ね、私は沈み行く蛇の体を蹴り抜く。

残るのは、あのババアだけ。

私は両手に「冷たい」と「熱い」を纏い、ババアを取り囲むように飛び回った。


「虚に消えろ。『ホロウ・パラドックス』」


こう言えばカッコいいって、ご主人様が言ってた。

ぎゃぎゃぎゃっ、と「大っ嫌い」を鉤爪で引っ掻いていく。

その衝撃に悲鳴すら上げれず、宙へと飛んだ女へと飛び上がり、拳を引き絞る。


「ふしゃぁあ゛ーーーーッ!!」

「がぶっ!?」


そのいけすかない顔に拳を突き刺し、思いっきり地面へと叩きつける。

人間の体は、拳が強いとこだけは好きだ。

ずぅん、と沈んだ女を前に、私は鼻を鳴らした。


「おにあい。倒れてろ、くそばばあ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


少し時は過ぎ。廃工場から3キロほど離れた路地裏にて。

開いた空間の穴から、フィシィを背負った帰宅部が降り立つ。

帰宅部は電話を耳にあて、その奥にいるであろうボドゲ部に告げた。


「報告。作戦終了。リヴェリアの姉ちゃんの私物、きちっと盗めたぜ。

潜入するまでが面倒だったけどよ」

『ご苦労』


帰宅部は盗んできた物を入れた袋を揺らし、苦笑を浮かべる。

まさか、自分が盗みを働く日が来ようとは。

そんなことを思いつつ、ボドゲ部の問いに答える。


『何を盗んだんだい?』

「DNAが欲しいとか言われたから、とにかく手当たり次第だな。

めちゃくちゃに荒らした上に、フィーちゃんが下着ごっそり盗んだから、たぶんブチ切れるぞ」

「似合わないレベルで派手だった」

「『言わんでいい』」


顔も知らない他人の下着を知って興奮するほど、倒錯していない。

…いや、別の意味で倒錯してはいるが。

そんなことを思いつつ、帰宅部はボドゲ部に報告を続ける。


「お前の言うとおり、自分の痕跡になるだろうモンがほっとんど無かったぞ。

昔の写真とか持っててもいいだろうに、そういうのも見当たらねーし」

『やはり、彼女は一流に近い二流だね。

痕跡をまるごと消すと言う手は悪くないけど、「相手に利用されるだろう痕跡を、自分で先に利用してしまう」という発想はないみたいだ』


言って、くすくすと笑うボドゲ部。

帰宅部はそれに眉を顰め、ため息を吐いた。


「じゃ、その二流とっとと見つけろよ。

俺は頭使ったことはできん。パンピーだし」

『ぱん…、ぴー……?』

「おいこら。なんで言い淀む」

「帰宅部。パンピーは手刀でスイカとかアボカドとかカボチャとかを切り分けない」


そんなコントを繰り広げていると、帰宅部の頭に衝撃が走る。

帰宅部が「うおっ」と声を漏らし、軽くよろめく。

ふわふわとした感触にこの重さ。

間違いない。シュレディンガーだ。

帰宅部は頭の上に佇むシュレディンガーを抱き上げ、向きを変えて目を合わせる。


「おー、シュレちゃん。もう終わったの?」

「なぁん」

「よーしよし。えらいねぇ〜。

あ、○ゅーる食べる?○ゅーる」

「にゃっ」


えっへん、と言わんばかりに胸を張るシュレディンガーを撫でまわし、懐に忍ばせていた猫の餌を取り出そうとした、その時。

魔法少女としての変身を解いたルミが、こちらを見ているのに気がついた。


「…フィーちゃん。

代わりにシュレちゃんに○ゅーるやって」

「ん」


フィシィへと猫の餌を渡し、シュレディンガーをその場に下ろしてルミへと向き直る。

こちらをじっと見つめてくるルミに、帰宅部が言葉を探していると。

唐突に、ルミがその場を駆け出した。


「らぁっ!!」


鈍い音が響く。

帰宅部は切れた口内に溢れた血を吐き出し、殴ってきたルミをまっすぐに見つめた。

それに対し、ルミは吠え、二発、三発と帰宅部の顔を殴る。

五度ほど鈍い音が鳴ると、ルミはその手を下ろし、帰宅部から距離を置いた。


「……殴って、ごめん。

でも、こうしないと、お前とちゃんと話せないって思った」


言って、深々と頭を下げるルミ。

帰宅部は所々腫れた顔を抑えることもせず、同じように頭を下げた。


「こっちも、ごめん。

自分勝手に終わらせようとして」

「……ホントだよ。

お前殴っただけで、ハッピーエンドなんてこと、ないんだよ…」


ルミは言うと、ぼろっ、と相貌から涙をこぼす。

これからは「好き」に生きたい。

だからこそ、「嫌い」と向き合わなくてはいけない。

訳の分からない涙を拭いながらも、ルミは続けた。


「私さ、私…。ずっと我慢してた…。

正直、潰れそうだった…。

自分の大事なとこ、全部無くなって。

自分の大事な物、全部消えちゃって。

このまま、『ビューティ・ルビー』に、全部を塗りつぶされるんじゃないかって、ずっと不安だった…」

「うん」

「好きに生きてるお前が、羨ましかった。

ずっと、ずっと。私のチームを潰したあの時からずっと、自由そうなお前が憎かった」

「うん」

「ずるいよ…。お前だけ…、お前らだけ、好きに生きれて、ずるい!」


家族と会う居場所に縛られ、チームという居場所に縛られ、魔法少女という居場所に縛られ続けた。

ずるい。好きに生きてるこいつを許せない。

ルミは胸の奥につかえた言葉を吐き出し、通しの良くなった喉に空気を吸い込んだ。


「だから、私も『好き』に生きる!

もう魔法少女なんか知らない!ビューティ・ルビーなんて名前もいらない!!

好きなものを食べて!

好きなゲームやって!

好きに気に食わないやつをぶっ飛ばして!

好きなやつを助けたい!!」

「……難しいぞ、それ」

「わかってる!だから…、頼むっ!

『好きな生き方』を教えてくれ!!」


言って、再び頭を下げるルミ。

帰宅部はそんな彼女の顔を覗き込み、薄く笑みを浮かべた。


「おう。たっぷり教えてやるよ」

「……、ありが…」


と、彼女が礼を言いかけた、その時。

帰宅部が引っ提げていた袋が破け、そこから下着だけが散乱した。


「あ゛」

「…………おまっ、お前っ…、えっ…?」

「いや、違う。こればっかは誤解だ。

フィーちゃん!お前からもなんか言ってくれ!!」

「DNA残ってそうだった」

「え、え?おまえら、変態…?泥棒…?」

「いや、こ、これは不可抗力で…。

……あーっ!んだァーっ!もォーっ!!

説明鬼面倒くせぇーーーッ!!」


結局。その誤解が解けるのに、二時間ほどかかってしまったのは、言うまでもない。

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