第30話 科学部「それっぽいのが帰宅部に絡んでクレープ奢られてる」
「おま、おま…ゔ、ゔぅ…!
おまえ、のせいで…ゔぇっ、げほっげほっ!」
「……なんかすっげぇめんどくせぇことになったわ。どうしよ」
「私に言われても…」
感情がぐちゃぐちゃになってしまったのか、険しい表情のままぼろぼろと泣き出すルミを前に、帰宅部があっけらかんと問いかける。
絶世の美女の顔面を容赦なく殴れるイカれポンチが女の涙に弱いはずがなく。
あまりに泣き過ぎて「げほ、げほっ」と嗚咽を漏らすルミに、ひどく渋い表情を向けた。
「えっと…。おっちゃん、泣かした女ってどんなふうに慰めりゃいい?」
「元凶が何を言っても火に油を注ぐだけだ。
落ち着くまで待つのが吉だろう」
「落ち着くまでっつってもなぁ…。
リヴェリア、どうする?先帰ってるか?」
「いやだ」
不機嫌をあらわにするように、ぶすぅ、と頬を膨らませたリヴェリアが、帰宅部の腕に手を回す。
ふにっ、と柔らかい感触が伝うという、童貞を殺しにかかるシチュエーションが帰宅部を襲う。
が。そこは知人にすら不能認定されてしまう程のクソガキ童貞。
リヴェリアの抱擁を気にすることなく、帰宅部はため息を吐いた。
「えっと…、話せるようになったらいいから、事情説明してくんね?
俺に原因あるんだろうけど、どれがどれだかわかんねーし」
「……2年前。夏。夜。河川敷」
「…あー…。うるさくてキレた時のやつね」
脳裏に浮かぶのは、寝ようとしたタイミングで騒がれて頭に血が上り、2階にある自室の窓から飛び降りた時の景色。
確かに、あの時はやり過ぎた自覚がある。
なにせ、漫研のデスマーチに付き合わされ、3日も碌に寝ていなかったのだ。
その状態であの騒音はキレる。
が。目の前の少女からすれば、突如として発生した竜巻のような理不尽的存在。
いくら帰宅部が言い訳を並べようと、「仕方ない」で片付けられるはずもない。
帰宅部がどうしたものか、と悩んでいると。
話についていけてなかったリヴェリアが、帰宅部の肩を突いた。
「私にもわかるように言え」
「んっと、2年前、俺が寝不足で気が立ってた時に潰した不良グループがあってな。
こいつ、そのメンバーだったっぽいんだよ」
「…仇討ちでもする気だったのか?」
「文句言いに来たんじゃね?
もしくは、昔の漫画よろしく決闘的な」
「……それにしては、敵意があまり感じられないような…」
リヴェリアの指摘が、ルミに突き刺さる。
ぴくっ、と反応したルミに気づかず、リヴェリアは言葉を続けた。
「まるで、『都合のいい相手を見つけた』と言わんばかりの目だった気がするぞ」
「………っ」
ルミは全身の毛穴が閉じるほどの寒気を覚え、思わずリヴェリアから距離を取る。
そんなわけがあるか。相手はチームの仇。何に対して「都合がいい」と思うのか。
彼女の言葉を否定しようにも、どこかそれを認めてしまう自分がいる。
そんなルミの戦慄など知らずか、リヴェリアは、じっ、と彼女の瞳を見つめた。
「ふむ……。なぁ、金に余裕はあるか?」
「あるけど…、どした?」
「すまないが、こいつにクレープを奢ってやってくれないか?
私が奢ろうと思ったのだが…、その…。情けないことに無一文でな…」
「あいよ」
「………はぇ?」
二人のやりとりを前に、張っていた緊張が解けてしまったのだろう。
ルミは間の抜けた声をあげ、体から力を抜いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、少し離れたベンチにて。
様子を見ていたフィシィが、これでもかと目を鋭くし、ルミを睨め付ける。
余程、気が立っているのだろう。
目は完全に据わっており、こめかみにはくっきりと青筋が浮かんでいた。
「……リヴィのあほ」
「普通、デートに水差したやつにクレープ奢るか?」
「前のリヴィだったらそんな提案しない。
あのゴリラに頭パァにされた」
「語弊を生むだろ、その言い方」
「近い未来にベッドでパァにされる運命。語弊はない」
「何年後だ、その未来?」
小2のクソガキが女を覚えるまで、少なくとも10年近くかかると思うが。
そんなことを思いつつ、科学部はルミの肢体をまじまじと見つめる。
150センチ後半だろうが、その身長にしては少し線が細いような気がする。
肉をわざと落としているというよりは、ストレスで体重が減った人間のそれだ。
加えて、彼女の佇まい。
一見、粗暴ではあるものの、よくよく見ると人に魅せるような動きを心得ている。
…流石に演劇部のように、理不尽な美しさを伴う所作ではないが。
滲み出る既視感と違和感に眉を顰めていると、フィシィが声を漏らした。
「……あいつ、テレビで見たのに似てる。
あの『ビューティ・ルビー』とかいうの」
「は?………いや、まさか」
まさか、最強の魔法少女と名高い彼女が元ヤンなわけがない。
もし仮に魔法少女だったとしても、ビューティ・ルビーと違い、どこか場末を担当しているそっくりさんだろう。
そんなことを思いつつ、科学部はルミの体をまじまじと見つめる。
見れば見るほど酷似している気がする。
面倒ごとの予感を前に顔を顰めた科学部は、携帯を取り出した。
「…………ちょっ…と、待ってろ」
「ん」
携帯を耳にあて、数秒待つ。
と。涙に震える放送部の声が、鼓膜をつんざいた。
『助けてください穢される!!』
「お前に用はない。妹の方に変われ」
『その妹のせいで大ピンチなんですよこちと…、ちょっ、ちょっと待って…!?
え、それ本気で着るの…!?
いや、だって、ま、丸見えっ…、あ、ちょっ、ほんとにまっ…』
「いいから変われ」
『ちょっとくらい助ける素振り見せ…ぅきゃぁああああっ!?』
絶叫と共に、びりっ、と布が裂ける音が響くのを最後に、放送部の声が小さくなる。
その数秒後、やけに弾んだアメジストの声が、放送部の吐息をかき消すように響いた。
『もしもし?科学部ちゃん、呼んだ?』
「呼んだ。お前、ビューティ・ルビーと面識あるか?」
『あるよー。あっちもここら出身だし、地元トークで超盛り上がったね』
奥で放送部が「むーっ!むーっ!」とくぐもった叫びを上げるのを無視し、アメジストに問いかける科学部。
あっけらかんと答えたアメジストに、科学部はさらに問いを重ねた。
「ひとつ聞きたいんだが…、ビューティ・ルビーって元ヤンか?」
『あれ?なんで知ってんの?』
ほぼ確定だ。
面倒くさいことになったな、とため息を吐き、科学部は端的に状況を整理する。
「それっぽいのが帰宅部に絡んでクレープ奢られてる」
『……………どういう状況???』
こっちが聞きたい。
状況のややこしさに辟易していると、横で聞いていたフィシィが携帯を奪い取る。
科学部はそれを叱ろうとするも、フィシィから滲みでる威圧に負け、口をつぐんだ。
「なんとかして。邪魔」
『なんとかしてって…。
私、一応は雲隠れ中なんだけど』
「早く」
『ごめん。無理なもんは無理』
「帝国の風俗にあったエロい服のデザイン」
『即座に向かわせていただきます。
じゃ、お姉ちゃん。そのまま待っててねー』
『こ、このまま放置する気ですか!?』
「がんばれ、放送部」
『逆バニーで放置されんのお前のせいなんだけど!?覚えてろよアバズレ!!』
「スラム出身なんだから、アバズレなのは当たり前」
放送部の罵詈雑言を軽く流し、アメジストの買収を終えたフィシィ。
科学部は今頃、悲惨なことになっているであろう放送部を思い浮かべ、軽く吹き出した。
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